Stage12 幽霊の部屋
坂道をかけあがり、分かれ道をかけぬけて、いくつもの行き止まりを引き返し、小部屋や物置、がらんとしたホールを通りぬける。数えきれない数の枝道をとおってたどりついたその部屋の扉は、手をかけるとぎいと引きずるような音を立ててひとりでに開いた。このときに怪しいと感じるべきだった。
あかりを掲げると、かびくさい匂いと堆積したほこり、古びた椅子が数脚と小さなテーブル。この迷宮を掘り上げた坑夫たちの休憩所だったのだろうか。部屋に足を踏み入れて見回すと、粗末な飾り棚の上には異教のイコンがひとつきり据えられている。慈悲深いまなざしを投げかける見知らぬ神は、咎人を救うためだろうかこちらにその細い手を差し伸べていた。
おれはなぜだかパラケルススの顔を思い出す。慈悲深さとは対極にある彼女のひとつしかない瞳を。
――おれと彼女が似ている? まさか、ありえない。
壁には床にまで届く長くて大きい――異形の神々が描かれたタペストリーが掛けられている。吹く風もないのにそれがかすかに揺らめいたように思えた。
手に触れて確かめようと、壁際の棚にかつてここで働いていたであろう坑夫たちがそうしたように明かりを置き、タペストリーに近づいた。そのとき、視界の端に動くものが入ってくるのが見え、反射的に身構えて振り返ると、壊れかけのテーブルと椅子の間にぼんやりと人の形が浮かびあがっていた。
それは毛むくじゃらの猿のように見えた。両手をだらりと下げ、上目遣いにこちらを見ていた。わずかに揺らめいて見えるその姿をもっとよく見ようと目を凝らした途端、猿は消え、仮面の女が現れた。
顔全体を覆う黒い仮面。同じように黒くて豊かな髪。だが、それ以外は何も身につけていない女。白い肌が女を部屋から輝くように浮かびあがらせ、小ぶりな乳房も張りのある腰もすべてがあらわになっている。息を飲んだ途端――その女も消えた。
現れたのは銀色の甲冑を身につけた爬虫類、見上げるようなオオトカゲだ。太くて逞しい尾が身体を支え、自由になった前肢は胸の前で組まれている。兜の下から覗く顔や、前肢、後肢はぬめぬめと光るウロコに覆われて波打っている。それも、またたきをする間に消えた。
最後に現れたのは、ひどく背が曲がり、ぼくの背丈の半分にも満たない小男だった。水色の上着は色あせ、ズボンは薄汚れていたが、さしておかしな格好ともいえなかった。このまま街を歩いていてもおかしくないくらいに。もっとも、彼の口元はだらしくなくゆるみ、目は完全にイッていたが。
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