Stage10 闇を食らう
それは、ふたりだった。
襲撃者たちは、地下水が勢いよくそのそばを流れる狭い通路でおれたちを待ち構えていた。暗がりに潜んでおれが通り過ぎるのを待ち、背後から襲いかかってきた。
不意打ちといってよかった。おれはまったくこの襲撃者たちに気づいていなかった。閃光と火薬の匂い。闇にひらめく短剣の輝き。喘ぐような息遣い。だが、そのためにおれが慌てることはなかった。おれには、やつがついているからだ――。
ふっ! 手に持っていたあかりを吹き消すと辺りは真っ暗闇に変わった。襲撃者たちが戸惑うのが分かる。おれは地面に伏せるように姿勢を低くした。これだけのことで、敵はおれのことを見失ってしまう。これでいい。こうしていれば、やつがくる。やつは闇を見とおせる。
やがて闇の中で空気が揺れた。風とは感じられないくらい微かに。そして、襲撃者たちのくぐもった叫び声が狭い通路に響いた。パラケルススがやってきたのだ。すみやかな死とともに!
ふたたび明かりを灯したときには、すべてが終わっていた。パラケルススは、四本の腕で“player”たちの身体を切り刻み、いましも死体の顔を食いちぎろうとしているところだった。
「無粋なことをするじゃないか」
「これでも気を利かせたつもりなんだぜ」
“player”を賞味する時間は十分にあったはずだ。舌なめずりするパラケルススの口元が血に濡れて真っ赤だ。
「あんたも食うかい」
「いや、おれは堕ちたわけじゃない」
ごろごろとパラケルススの喉が鳴った。笑っているのだ。
「誤魔化せないよ。一緒にいれば分かる。あたしとあんたは同じ穴のむじなよ」
「ちがう。おれは堕ちたりはしない」
ごろごろごろ……。銀色の太い尾がぎらりとオレンジ色に光った。
「ならいいさ。そう思っておきな」
彼女は思わせぶりな視線をおれに投げて、最後に一口死体を頬張った。唇の肉だった。
おれは「撒き餌」だ。闇夜に掲げられた松明に羽虫が引き寄せられるように、『鍵』をもつおれは、迷宮の出口を探す“player”たちを引き寄せる。
その場を立ち去るときに、死体となった襲撃者へ視線を送った。もう人としての形を失ったそれは地面に散らばる赤い肉塊に過ぎなかった。それを靴の爪先で蹴る。そばを流れる地下水の流れにひとつひとつ蹴り込んでゆく。ぽちゃんどぼん、ぴちゃんぼちゃん。あっというまに暗い水の中に消えてゆく。流れに押し流されてゆく。おれは無心に肉を蹴り続けた。水の流れはゆらゆらとおれと灯りを映していた。
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