Stage8 堕ちた“player”たち

 ここに夜はない。昼もない。厚い岩盤を穿って連なる大小の坑道からできているここは、いつも闇に閉ざされている。


「なんだ。久しぶりに会ってみたら、『闇』がなんとか……。あいかわらずクラいんだね」


 彼女がいった。片方しかない目がそれでも笑っていた。パラケルスス――錬金術師の名をもつシニカルな魔法使いは、それでもおれを拒絶したりはしなかった。


「『鍵』を手にした途端、仲良くしようだなんて、一匹オオカミから宗旨替えか。だらしない」

「皮肉はもう結構だ。実際、おれを狙うやつは増えた」


 おれを狙う“player”は増えた。おれが『鍵』を手に入れたという噂は、またたくまに広がっていた。本来のゲームの趣旨からすれば、この迷宮を徘徊する怪物クリーチャーを倒して『鍵』を手に入れるのが筋だ。それがこの階層の目的なのだし、そのために怪物は存在しているのだ。


 しかし、どこにいるどの怪物が『鍵』をもっているのかは分からない。10体倒しても、100体倒しても『鍵』は手に入らないかもしれない。ゲームの趣旨に従っていては効率が悪いのだ。だから、“player”による『鍵』をもったplayer狩りが起こる。持っているとわかっているヤツを狩ればいい、効率的だ。


「おれは、狩られたりしないぞ。――パラケルスス」

「もらえるものをもらえりゃあ、なんだってするさ。あんたを守れというなら守るし、ケツを舐めろというなら舐めてやる。所詮、あたしは堕ちた“player”だ」


 パラケルススは、三つに分かれた左腕を振り上げ、銀色に輝く太い尾を地面に打ち付けて歯をむき出した。彼女は笑ったのだとあとになって気づいた。


 彼女は以前この迷宮で命を落とゲームオーバーした“player”だ。もうゲームを続けることはできない。しかし『Mssing Quest』に魅せられたゲーマーのなかにはこの迷宮から去ってゆくことを拒否する人もいる。そんな彼ら――堕ちた“player”にとってゲームはクリアされるべき物語コンテンツではない。


 それは人生そのものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る