第6話

 真吾以外、今までとなんら変わりないというのに。

自分だけが、嵯峨に近づけなくなり、

自分だけが、嵯峨と話せなくなってしまった。

よりにもよってこんなに嵯峨を想っている自分だけが。


 あの夜を境に、嵯峨と真吾を取り巻く空気は一変してしまったのだ。

あの九百秒を境に。

あの九百秒が、最後の、幸せな時間。



 何がいけなかった?

 何が悪かった?

 ただ人に恋して、愛して、その想いを伝えたくて。

 それが、最愛の人を苦しめていたというのか。


 誰が悪い?

 一方的に重苦しい恋慕を押し付けた自分?

 煮え切らない態度でその気にさせて、迷惑だと直接伝えてすらくれなかった嵯峨?

 それとも、ことあるごとに邪魔をして、結果的に真吾を追い込んだ宇佐美?


…違う。

誰も悪くない。


 なんとも後味の悪い結末。

せめて花火のように、華々しく散りたかった。

せめて美しい思い出にしたかった。



 真吾はテニスサークルを辞め、映画サークルに入部。

新たな興味と出会いで頭の中を上書きして、一刻も早く嵯峨のことを忘れたかったのだ。


 映画サークルは楽しい。

メンバーもいい人ばかりで、先輩に顎で使われることもない。

映画の趣味の合う友人もでき、週末一緒に映画館へ足を運ぶなど、充実した生活を送っているかのように見えた。


 だが。


 真吾の心から、嵯峨が消えることはない。

記憶から消そうとすればするほど、

何かの拍子に思い出す

あの幾度となく助けてもらった優しさが

ずっと見ていたい笑顔が、笑い声が、

あの夜、赤や青に染まった横顔が

真吾を苦しめ続ける。


 己を見限った人間を想う時間など勿体ない、

真吾は己に何度もなんども呪文のように言い聞かせる。

そんな暇があるなら新しい友人と楽しいことを考えるんだ。


 でも、どうして。

ただ純粋に人を愛して、

拒まれ傷ついて行き場を失った自分だけが

こんなに悲しく苦しい目に遭って

拒んだ嵯峨や、

横槍を入れた宇佐美たちが

何一つ変わらぬ暮らしをしているのか。


 自分を不幸に陥れた人間たちが

今まで通り生活していることを

許し難い気持ちが真吾の心を占めている。


 自らの意思できちんと閉じることができなかった恋は、一生心に棲み着くといわれている。


花火は最期まで精一杯燃え尽き、時期が来ると自らポトリと落下する。

真吾の恋の花火は燃え盛っている最中に、無理やり誰かに踏み消されたようなもの。

煌々と花火が光を放っている最中、あと二本を残して宇佐美の乱入によって中断させられた、あの夜と同じ。



 愛情から憎しみへと姿を変えて、真吾は今も嵯峨を想い続ける。



【完】

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愚かな慕情の行く末は 海棠 楓 @upior_kaitou

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