第4話 勇者と先々代巫女
ノード島は、浮島の中でも神聖な場所だ。ここには、世界の欠片がある。この世界石を手に入れると、新しい世界を想像できるとまで言われている秘宝。ノード島に入れるのは、世界樹と親和性が高いの巫女だけ。彼女は、その時々に一人しかいない。ところが、先代の巫女ミレーネ・ホーンが、絶滅に瀕している地球に転移したため、次代の巫女候補ポーラ・ロロ・キドルが、世界樹に巫女として選ばれた。その後、ミレーネは、地球を救うために世界樹を召喚した。しかし、間の悪いことに、その直前ミレーネの両親は、世界樹を守っている野生のワイバーンによって惨殺された。ミレーネは、ワイバーンを飼っている世界樹に復讐を誓った。現在世界樹の巫女は、二人存在する。一人は、世界を守るため。もう一人は世界を滅ぼすために、ノード島を目指していた。
この世界最大危機を地上で知る者はいない。異能の巨大な力を持つ魔王たちでさえその例外ではなかった。しかし、一人だけ、その危機を察している小さな魂がある。ひかるは、この最終決戦ともいえるノード島の戦いの前に、ロロから、世界樹の魔石を貰った唯一の人。ひかるは、膨大な魔力を持つ世界樹と繋がってしまったため、世界の破滅を予感することになった。現在、ひかるは、その重圧に押しつぶされそうになっている。
ウラジオストク郊外にあるマトリョーシカホテル。このホテルの地下には、ロシア陸軍の巨大な核シェルターがある。ロシア陸軍は、獣王ライオネル率いる魔王軍によって壊滅状態。獣王ライオネルも、ロシア軍の攻撃によって壊滅という大惨事の為、この核シェルターの存在を知る者は、ここに逃げ込んだ日本人50人のみ。現在48人。この日本人グループのリーダーをしていた菅原夫妻は、ワイバーンによって惨殺された。生き残った息子のひかるは、この時、魔王ロロによって命を救われ、世界樹の魔石を託された。現在、この魔石の出所が分からないため、世界樹の欠片だとは、誰も知らない。分かっているのは、世界樹が出現してから、妖精に変化してしまったミーシャに、魔力の食事を与えることが出来ると言う事だけだ。この日、全員がシェルターの講堂に集まって、ひかるの両親の死を悼んでいた。その直後、ひかるは気絶した。寝室に運ばれたひかるを看病するミーシャは、ひかるの魔力が上がるのを感じて「マスター」と呟き、ひかるを畏怖した。
ひかるの魂は、世界樹をめぐり、決戦の地、ノード島に飛ばされた。ひかるにとっては夢の出来事。しかし、世界にとって、これは、絶滅の危機だった。ひかるは、この現場を目撃することになる。
ロロが魔王になった為、世界樹の恩寵が、ひかるに流れ込んでしまった。膨大過ぎるマナ。ひかるの魂の器は、これに悲鳴を上げた。
しっ、死ぬ
ひかるの魂は、もう、何度死んだか分からないぐらい、世界樹のマナに耐え切れず破裂した。それなのに世界樹は許してくれない。ひかるの魂を修復しては、また、魔奈を注ぎ込む。死よりつらい苦しみ。ひかるは、生きることを、もう、とっくに諦めているのに、この地獄が続く。この苦しみに、男が耐えられないから、巫女が選ばれる。竜人の巫女は、とても強い魂を持っている。その巫女でさえ、何度も何度も失神する苦行。男なら、とっくに正気を失っているこの苦しみに、ひかるは、なぜか意識を保ち続けていた。それは神にも等しい在り方。現人神がいる日本ならではの伝統なのか。営々と続く八百万の神の恩寵なのか。ひかるは、この状態の中で、自分を失わず、決戦の地ノード島を俯瞰していた。
ノード島には、ロロと真逆に見える女性が、日本人の武士と一緒に居るのが見える。彼女たちは、おにぎりを食べていた。
ミレーネ・ホーンは、先代の世界樹の巫女。その魔力は、歴代の巫女の中で圧倒的なのだが、本人は、のほほんとしており、その魔力のほとんどを支援や回復につぎ込んでいる癒しの乙女である。見方を変えるとこの能力は、筋肉僧侶的なスキルともいえる。彼女が怒ったところを見たことがないので実証できないが、多分超怪力の持ち主だろう。
その彼女が、世界樹から託宣を受けた。地球という星の人々が、魔族に変化させられている。彼女は地球を救うべく、世界樹の恩寵を地球に与えようと地球への道を開いた。ミレーネがいる惑星パグーと地球という生命にあふれた惑星が繋がった。ここに、20人の魔王が渡って行った。それを見た彼女は、自分のしたことに責任を感じて今の職を捨て、その地球を救うべく、地球に落ちて行った。その先は、日本のとある剣術道場の庭。その庭で、一人稽古をしていた師範、宮本直哉のところにチュドーンと落ちてしまった。この激しい出会いに二人は恋に落ちた。
ミレーネは、蒼眼金髪で、ボンキュボンの美女。それも巫女衣装は、一枚布を体に巻き付けた日本人から見たらセクシーなもの。対して直哉は、ミレーネから見て、異世界人なのに他人とは思えない輝きを目の奥に持っていた。たぶん竜人の先祖返り。一生独身を誓って異世界に渡ったのに、その誓いは、数秒で破られた。
その頃の世界は、魔王の侵略によって阿鼻叫喚だったが、日本は、変化した亜人獣人もそのままに、いつもと変りない生活をしていた。自衛隊、海上警備隊は、海の魔物たちと、事を構えることなく日本の港に寄港して、その後、政府と人魚の話し合いの後、海中の平和は、彼ら魔族に丸投げで、いつもの業務に戻れた。それは、漁師たちも一緒だった。ミレーネは、平和な日本を見て拍子抜けした。
異世界人を簡単に受け入れる現地の人。そして、先祖返りした同じ竜人の直哉としばらく平和に暮らしていた。そして、日本の生活にずいぶん慣れたころ、世界の窮状を知った。なんせ、宮本家にはテレビがなかったので世界情勢など分からなかったからだ。古風な家で、パソコンもほとんど使わない。それでも、ご近所に友達ができたとき、おしゃべりで世界情勢を聞かされ、ネットで情報を見てやっと、救世のために立ち上がった。彼女は、のほほんとした性格のため、そして、日本に慣れるために、宮本家の手伝いをしていて、前時代の家を、普通だと思い込んでいた。そして、直哉と幸せな日々。世界は、滅亡の危機に直面していた。ミレーネは、その時初めて、自分の使命を直哉に打ち明けた。それなのに、お腹には、直哉の子供が。直哉は、ミレーネの前に出て戦うことを誓う。ここに、ラブラブ勇者パーティが結成された。
宮本家は、家の関係で、皇室につてがある。二人は、いきなり陛下に謁見を許され、対岸の朝鮮半島に巣くう小鬼どもの討伐の許可を貰った。その時、陛下は、直哉に、名刀火六を下賜された。この刀にミレーネの付与魔法が加わると、核爆弾でないと死なない魔王を切ることが出来る。二人は見事、鬼たちの長、ガイオウを一刀両断にした。
魔王討伐。このニュースに世界が沸いた。実は、鬼たちを殆ど倒したのは、海の人魚たちだ。日本は、海王である両性の人魚に対馬を貸していた。勿論そこに日本人の住民もいるという不思議な関係。鬼族たちは、海を渡らないと日本にたどり着けない。全員、人魚や魚人たちに、海に引きずり込まれて全滅。直哉とミレーネが、釜山に到着した時は、いきなり頂上決戦だった。このとき世界樹は無い。みんなドローンで観戦した。直哉の日本刀で両断される魔王ガイオウの姿を全世界が目撃した。もちろん魔王たちも自分たちを簡単に一刀両断するであろう勇者を見た。そして、ついでに、直哉とミレーネのラブラブぶりも。魔王たちは、核爆弾でしか死なないほどの強靭なガイオウをいともあっさり倒した勇者に恐怖した。この後、魔王たちは人間の武器核爆弾を日本に向けて発射させたが、日本は、ICBMをいつの間にか大量に準備していて、簡単に防衛してしまった。
それでも、勇者は、日本に迷惑が掛かるといけないと言い、悪い魔王を倒す旅に出た。
中国のオーク王は、人を使って暗殺をたくらみ、人垣で自分を守り、そうして二人から逃げまどい、知らず知らず二人に、精神攻撃をして疲弊させていた。
これに対して、元世界樹の巫女ミレーネが直哉に提案した。人の魔物化は、惑星の守護木『世界樹』があれば、収まる。世界樹さえあれば、魔王に変化させられようとも、人だった時の意識は戻る。その代わり、世界樹の上空に竜の巣が漏れなくついてくる。その中でも六龍は、今の化学兵器より強い。魔王より強いが、。世界樹に危害さえ加えなければ温厚だ。六龍はそうだが、他の下等な竜たちは、テリトリーを侵されると怒る。その代わり、世界樹の恩寵により、今後、人は、亜人獣人や魔族や化け物にされることは無くなると話した。
「それでもいい、あなた」
直哉はミレーネに、他の人にはちょっと言えない世界樹の秘密である生体も聞かされたが、「科学と魔力がある世界の方が、今より面白いんじゃないか」と、軽く了承。二人のラブラブオーラが膨らんだのは間違いなかった。
二人は、日本に帰ってこの話を郷田首相に提案した。その話の中で二人は、言っても今更だと、世界樹の生態の話はしなかった。郷田首相は、出所があやふやな情報ではあったが、人の亜人獣人化もそうだが、それより不味い魔族化も収まるとはありがたい。出来るのならやってもらいたいと、この提案を受け入れた。そして日本政府は、世界の主要国にも相談した。世界は、これを受け入れた。
世界樹は、人魚の魔王に守られている日本海に出現した。同時に日本は、人の世界で鎖国状態になってしまった。海を魔王に、空を飛竜に守られていると同時に、一部の者しか世界に出て行けず、入国は困難。唯一、ネットで世界と繋がるだけとなった。不幸中の幸い。ネットのおかげで世界は、日本と繋がることができ、正気を維持し続けることが出来るようになった。
世界樹の導入により、人vs魔族の戦いは、本当に膠着状態になった。そして竜が闊歩する世界に。
しかし、世界樹をパグーから地球に召喚したことで、別の問題が起きた。ミレーネの後継者になった世界樹の巫女、ロロの両親が、ワイバーンに殺された。そして、間が悪いことに、その直後、世界樹は、地球に召喚されてしまった。地球は、召喚された世界樹に守られることになる。逆に他の惑星の死んだ魂を召喚することは、ほぼ不可能。パグーの世界樹は、まだ種の状態。パグーで、ロロの両親が復活することはない。ロロの両親の魂は、惑星パグーで輪廻の輪に戻ることになった。
ワイバーンに両親を殺された世界樹の巫女ポーラ・ロロ・キドルは、両親をパグーに置き去りにしたまま世界樹と共に、地球に召喚されることになる。彼女は、世界樹の生態を呪った。そして、魔王の一人、吸血王ジル・ブラッド・レイに近づき、自ら魔王になる。ブラディは、バンパイヤ種族共通祖先。ロロは、暗黒竜の竜人になった。
ロロの怒りはすさまじく、世界樹の巫女を捨て、世界樹を破壊することにした。彼女は、世界樹の10万Km上空にある小惑星、竜の巣を世界樹に落として、世界樹共々、地球上の生物を消滅させることにした。
「でも、そのロロって子も可哀そうだな。世界樹を守る巫女なのに、世界樹を守っているワイバーンに両親を殺されるなんて、世界樹を恨みたくなるさ」
「だからって、地球の生物を絶滅させるなんて、それでいいと思う?」
ミレーネに真っ直ぐ見られて直哉は、困った顔をした。世界では、勇者とか持ち上げられているし、日本人も神輿を担ぐのが好きなので、そんな感じになってしまったが、自分は、人としては、いたって凡人だと思っている。
「そりゃあ、世界樹が、強大過ぎたからだろ。その、ロロちゃんだったっけ、怒りが収まれば、話し合えるって」
「そうなっていないから、私たちは、ここにいるんでしょ。竜の巣が落ちたら、みんな死ぬのよ。それにロロが、ユーラシア大陸に居た時は、心の声が聞こえていたの。今は、何度も死んでいるような叫びばかりが耳につくわ」
「やっぱり魔王になったのか」
「それは、もっと前よ。暗黒竜なんて竜人の域をはるかに超えてる」
「切るしかないのか。コスモとナイトは、何て言ってる」
「二人ともだんまり。なんだか別のものに興味があるみたい。でも、ほら、火六に強力な付加魔法が掛けられているでしょ。私たちに付き合ってくれているわ」
火六とは陛下に下賜された日本刀。コスモとナイトは、ミレーネが、地球に渡るときに出会った未知の魔石の中にいた双子の意思。
コスモとナイトは、今も魂が破裂して死に続けているのに、平然と、世界樹と竜の巣の間にある世界の中心と言われるノード島を見下ろしているひかるに興味津々。ひかるの周りを飛び回って、おしゃべりしている。
― ねえねえ、いっぱい死んでるお兄さん
― もしかして、世界を救いに来たの
― 無理だろ、死んでるのに
― でも、ほら、また生き返った
― すごい
― すごいね
ひかるは、生の武士を見るのは初めてだ。それもネットで見た勇者とその奥さん。生の奥さんも金髪でとても綺麗だ。二人を見ていたいのに、なんだか、ふわふわした二つの光がうるさい。
― あーーーわかったよ。かまってもらいたいんだろ
― うんうん
― そうそう
― お前ら、何て言うんだ。名前だよ。おれは、ひかる
― そこは、ぼくたちが、もしかしたら魔石なんじゃないのって突っ込んでから名前を聞くんじゃないの
― でも実は私たち魔石じゃなくて宝石だよってボケたかったのに、ボケさせてくれない
こいつら、漫才コンビの魂かなんかか?いいけど
― それで、魔石のような宝石さんは、何て名前なんだ
― ナイトだよ
― コスモよ
― ナイトが男の子で、コスモが女の子か。なんで、魂だけのおれと話せるんだ
― わかんない
― ミレーネと話しているときもこんな感じ
― もしかして、勇者の奥さんと話しているのか。だったら聞きたいんだけど、物凄い大惨事が起きそうな予感がするんだ。この島の真下に、大きな樹があるだろ。世界樹って言うんだけど、樹のくせに、死ぬのを怖がっているんだ。ミレーネさんは、世界樹の前の巫女だろ、なんて言ってた
― ロロを倒すって言ってるわ
― 直哉は、嫌がっているけどね
― 勇者が?なんで?
― ロロは女の子じゃない
― ロロは、お父さんとお母さんをワイバーンに殺されたから怒っているだけなんだ
― ごめん、おれも、さっきワイバーンに、父さんと母さんを殺された。ロロの味方をしていいかな
― そしたら、人類は滅亡するよ。天空を見てよ。ロロは、あの、竜の巣を地球に落とす気なんだ
― 大丈夫、地球は死なないわ。でも、竜も地表にいる生き物も全滅ね
― それは困るな
地球は大丈夫って、なに基準?
竜の巣は、月より小さいが、地球に近いため、月より大きく見える。あれが地球に落ちてきたら、人類など、ひとたまりも無いと思う。
― あんな大きなものどうやって・・・
― この島に、ワールドが眠っているんだ。ワールドだったら、竜の巣を落とせるよ。だって、竜の巣は、ワールドが作った異界が、現実化したものだから
― 世界石のエネルギーを分けてもらうだけでも重力魔法で落とせるわよ
― そうだね。ロロだったら、寝ているワールドから力を引き出せると思う
― 見て、ロロが来たわ
ロロは、ひかるが見た時よりもさらに禍々しいオーラを放っていた。
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