第2話 様変わりした世界で2

2039年 地球は、未曽有の大災害に襲われた。


 2039年、世界中の人々が、亜人獣人魚人に変化する奇病が蔓延。それは、野生生物にまで及ぶ大パンデミックを起こした。そして、彼らは正気を失った。人に近い亜人や獣人は、まだいい。しかし、災害種になったゴブリンやオークは、人々を襲う。悪い人間ほど、悪に染まって、平気で人を殺す。軍は、彼らを征伐し始めた。そこに、異世界から、多数の魔王が、地球に侵入。世界は、混沌とした。


 最初、異世界から20の魔王が現れた。その時人は、魔王の眼中にはなく、20人が覇を競って戦おうとした。ところが人の科学は、魔と同等の戦力を持っていた。

 人間は、武器。魔族は魔法で戦う。人間の武器は下等な魔族には、驚くほど効果的だった。でも、魔王は、核を使わないと死なない。それでは、人間も滅びる。最初は、人の兵器が圧倒的に強いと思われたが。最後の最後で、膠着してしまった。


 冷静に考えたら、殲滅していた雑魚は、かつての人。異界から来た魔王は、核ミサイルで殺された数体のみ。その為に、多くの人が巻き添えになり、更に放射能により、その場所に、人は住めなくなった。核戦争の後、魔王は、15体に減っていた。倒したのは陸の魔王のみ、海の魔王は、全員存命だった。

 大災害から数日。最初は、亜人獣人となった人と人類との殺し合い。そこに、魔王が自分の世界から召還した眷属が魔王軍に加わることになる。人類は、苦戦した。ここまで戦ってきた人類の世界人口は、以前の1/5になっていた。人類の総人口は、中世末期時代まで減少した。魔族になりえる素体は、底を尽き、純粋に人対魔族の戦いになる。魔族は、人がいなくなったスペースに魔物を呼び寄せ、新たな生態系を作り。人類に対する直接的な攻撃ではなく、外堀を固める作戦に変えた。これにより、人類の生活圏は、大幅に狭められた。



 世界で唯一、魔族が現れる前のままの国がある。それも、総人口の2割しか亜人獣人魚人にならず。そうなって自殺したものや海外に逃げた者を除いて、その者たちまで人として生きている国。日本は、魔族とさえ共生している。日本は最初、魔族と共生しているために、世界のつまはじきになった。

 しかし今では、世界の希望になっている。ここには、すべての科学が残っている。そして何より、ここに勇者が生まれたからだ。勇者は、姿かたちで相手を殲滅しない。悪いものは、罪に服させ、本当に悪い魔王や、魔王が連れてきた眷属のみを殺した。それも普通の刀で。本人も剣道ができる普通の人間だと認識している。しかし、彼は、魔族を刀で切り殺した。陛下から下賜された日本刀を科学者が調べても、それは、他の日本刀と変わらない。分かっているのは、彼が魔族を切ると切れる。それだけだった。


 これに魔王たちは恐怖した。核爆弾を使わないでも魔王やその眷属を殺すことが出来る敵。世界に散らばって、自分の王国を作っていた魔王たちは、人の武器を使って日本を核攻撃した。しかし、攻撃が届かない。ICBMなど、日本人は、いつの間にか、核攻撃に対する迎撃設備を整えていた。


 それでも、勇者は、日本に迷惑が掛かるといけないと言い、悪い魔王を倒す旅に出た。


 しばらくして、世界の窮状を見た勇者は、一度日本に帰り、日本の首相に話を通して陛下と国民に、ある提案をした。人の魔物化は、惑星の守護木『世界樹』があれば、収まる。世界樹さえあれば、魔王に変化させられようとも、人だった時の意識は戻る。その代わり、世界樹の上空に竜の巣が漏れなくついてくる。その中でも六龍は、今の化学兵器より強い。魔王より強いが、。世界樹に危害さえ加えなければ温厚だ。六龍はそうだが、他の下等な竜たちは、テリトリーを侵されると怒る。それでもいいか。その代わり、世界樹の恩寵により、今後、人間は、亜人獣人や魔族や化け物にされることは無くなると提案した。出所があやふやな情報ではあったが、人の亜人獣人化より不味いと思われていた魔族化も収まるとはありがたい。出来るのならやってもらいたいと、この提案を受け入れた。そして日本政府は、世界の主要国にも相談した。世界は、これを受け入れた。世界樹は、人魚の魔王に守られている日本海に出現した。同時に日本は、人の世界で鎖国状態になってしまった。海を魔王に、空を飛竜に守られていると同時に、一部の者しか世界に出て行けず、入国は困難。唯一、ネットで世界と繋がるだけとなった。不幸中の幸い。ネットのおかげで世界は、日本と繋がることができ、正気を保つことが出来た。


 世界樹の導入により、人vs魔族の戦いは、本当に膠着状態になった。そして竜が闊歩する世界に。竜さえ受け入れる日本以外の人類は、更に委縮することになる。日本の首相は、最初に同意を得た主要国以外の各国の首相にも世界樹を導入した経緯を丁寧に説明した。事は、急を要する案件だったことを世界中の首脳に理解してもらい協力を求めた。もう、その時、各国は、日本ほど力を持っていなかった。核を魔王に利用されて日本を攻撃してしまった米中露仏印は、これ以上魔王に核を利用されないよう、核の封印作業をしていた。これを使うのは最後の手段。「我々は、勇者の覇権を心待ちにしている」。それが各国の答えだった。




 シェルターの講堂に、久々に全員が集まった。ここには人以外、オーク、ホブゴブリン、そして、足が有り、地上でも生活できる人魚2人と、常に濡れていないと命の危険に晒されてしまうイルカタイプの亜人がいる。イルカタイプの亜人、源蔵さんを、海に戻してやりたいのだが、大量の水が必要だ。それも、ロシア軍にばれないように海に運ぶのは困難。水槽生活を余儀なくされている。それでも、ここのリーダーだった父の死にざまを聞きたくて、無理してやってきた。みんな集まったところで、佐久間さんが話しだした。


「皆さん、菅原夫妻が、亡くなったのは、聞いたと思う。夫妻は、ワイバーンに殺された。ワイバーンが、魔物を餌にしているのは、聞き及んでいる話です。まさか、亜人も襲うとは思いませんでした。そして人も今後は危険だと思った方がいい。今回の食料調達は、タクミさんと菅原さん一家だけで行ってもらいました。もう、あのあたりに人はいません。タクミさんは、十人力です。あのとき菅原さんは、少人数がいいと、4人で出かけたのです」


 タクミさんは、佐久間さんの後ろにならんで、肩を落としていた。両親の死の詳細は、もう口伝えされている。あれが、不測の事態だったのは誰もが知っているところだ。しかし、改めて、公の場で、その話を聞いていると、落ち込まずにはいられない。しかし、佐久間さんは、あえてこの話をする。ここを節目にして、みんなで前に進みたいからだ。


「最初、食料を抱えたタクミさんが襲われました。タクミさんは、我々が地下坑道を使って、このホテルのシェルターに逃げ込む時に、大勢の女性を救ってくれた人です。そのタクミさんが、ワイバーンに襲われた。体が勝手に動いたのでしょう。菅原夫人は、タクミさんに、逃げてと駆け寄ります。ワイバーンは、目の前だったんです。それを見た菅原さんも奥さんの名前を呼んで駆け寄ったのです。後は、一瞬の出来事でした。お二人は、ワイバーンに食い散らかされました」


 講堂では、悲痛な声やため息が漏れる。父と母は、本当にみんなに頼りにされていた。


「その刹那、現場に現れた魔人の少女が、ワイバーンに黒い影の手を伸ばして惨殺しました。ここにいるタクミ君とヒカル君を救ったというより、ワイバーンを憎んでいた。そんな殺し方だったそうです。魔人の少女と、一緒に来ていた、おどろおどろしい魔人と、少女の魔人は、その後、世界樹に向かって飛んで行ったそうです。世界樹の情報は、日本から入ります。今は、この二人が何をしに行ったかはわかりません。不幸中の幸い、タクミ君とヒカル君は、助かりました」


 自分も、佐久間さんの後ろに控えている。タクミさんは、この話を聞いて、更に肩を落とし、おれは、前を向いた。父と母は、おれの誇りだ。


「世界樹が、人の魔人化を防いでくれていると言っても、それを守護しているワイバーンは、野生です。我々を餌ぐらいにしか思っていない。自衛の手段が必要です。ワイバーンの生態は、まだ、少ししか分かっていません。我々は、日本の救助を待っていた。今までは、魔物の生態すら検証するどころでなかったことは、皆さんも御承知のことと思います。その上、ワイバーンに制空権を取られたんです。船での、こちらからの脱出は、とても危険です。ロシア海軍が、日本海ではないが、北海の海王と睨み合っているからです。我々は、ここに居れば安全だと思っていました。しかし、そうはいかないようです。日本への帰途の道も更に厳しくなった。しかし良いこともありました。魔人化させられた亜人や獣人の人は、世界樹のおかげで人の意識を取り戻しています。菅原さんは、我々だけでなく、現地の人も助けたいとおっしゃっていました。まだ、情報不足のため危険は犯せませんが、近々、そんな話もみなさんと具体的に話し合いたいと思っています」


 元々、現地の人を救助する話は良くしていた。シェルターに閉じ籠ってばかりいたら、気が滅入ると、父や佐久間さんに賛同する人もいれば、外は危険だと、委縮する人もいる。人助けをするのは賛成だが、このシェルターは、1000人が限度。人に押し寄せられても困るという人もいる。だけど、今日、こんな込み入った話をする人はいない。


「菅原さんに代わって、私が、リーダーを務めたいと思います。よろしいでしょうか」


「やっとその気になったか」

「私は、ロシア語が分かりません。佐久間さんにお任せするしかありません」

「異議なし。それで、サブリーダーは?」

「タクミだろ。前にいるんだから」

「タクミさんには、雑用をやってもらわないとねぇ」


「リーダーは、私で構いませんか。賛成だったら挙手してください」


「全員一致です。一生懸命務めさせていただきます。副リーダーは、タクミ君でいいですか。挙手でお願いします」


 京子ちゃんは手を上げていたが、驚いたことに、女性陣の挙手が少ない。


 講堂は、賛成の男性陣と反対の女性陣でもめだした。反対理由は、タクミさんが、本当に女性陣の雑用をしていたからだ。女性に弱いホブゴブリンって。でも、日本人らしいか。信頼は、男性陣より厚い。その時、珍しく気弱なタクミさんが挙手した。みんな、タクミさんに注目して静かになった。


「ぼく、菅原さん夫妻に、命を助けられました。菅原さんの後を継ぎたいです。雑用も今まで通りします。だから・・」

「皆さん、賛成ですか?」


 一斉に上がる手、手、手。タクミさんは、満場一致で、副リーダーになった。でも、男たちは、「タクミ、それでいいのか」と、逆に不満顔。こういうほっとけない人が、副リーダーだと、日本人らしい結束になるんじゃないかと思った。両親の遺志は、受け継がれた。

 この後、喪主であるおれのところに、みんな声を掛けに来てくれた。タクミさんが、唯一の遺品である腕時計を皆さんに見せる。それに触る人、泣いてくれる人。今は、まだ、墓も作れない状況だ。父さん母さん、みんなを見守ってよ。そう、一人一人の顔を見ながら思った。


「さあ、行きなさい」

 ドンと、ミーシャが、お母さんに押し出された。

「自分を信じて」


 みんなびっくりしている。殆どの人があいさつを終えた最後の一人。銀髪のミーシャは、おれの前で、儚げに佇んだ。


「わ、わたしっ・・」

「みんなごめんね。うちの子は、あの、大きな樹が現れてからなんだけどね。人じゃあなくなったのよ。でも、ほら、見た目が変わらないから、黙っていたの。ところが、さっきから、ひかるちゃんが、気になるって言うのよ」

「お母さん!」

「ごめんごめん、とにかく力が沸いて来たんだろ。触らせてもらいなさい。しょうがないねぇ。ひかるちゃん、うちの子の手を取っておくれ」


 おれの横で、タクミさんが、「姉御肌のお母さんと気弱な娘さんって、萌える~」と、言っている。今までの女性陣の高評価を、地獄まで突き落とすような言葉を聞きながら、ミーシャのお母さん、由枝さんの言われるがままに、ミーシャの手を取った。

 すると、ミーシャの銀色の髪に、ぽっ、ぽっと、儚い光の玉が現れ、それから、ミーシャが光り出した。


「この子、食事もできるんだけど、多分、魔力を食べるのかねぇ。今までは、ひかるちゃんの側にいても何ともなかっただろ」

「でも、お母さん、これ」

 みんな集まって来た。

「ミーシャちゃん。光ってないか」

「浮いているっぽいわね」

「お姉ちゃんだよね」と、京子ちゃん。


「ひかる君、どうゆう事だね」

 佐久間さんが、おれとミーシャを見比べながら、頭をひねっている。おれは、助けを求めてタクミさんを見た。タクミさんは、何かを愛でるようにミーシャを見ている。なんて言うかな、眩しくて近寄りがたいけど、ずっと見ていたいという感じ?

「タクミさん!」

「うほっ」

 ダメだこりゃ。でも・・・あれかな

「これのせいだと思います。父さんと母さんが、ワイバーンに殺された時助けてくれた魔人の女の子が、これをくれたんです」

 おれは、ミーシャの手を放してポケットから、緑の魔石を取り出した。

「あれっ、光ってる」


「魔石だね」と、佐久間さん

「魔石ですね」と、おれ


 うほほー

 こういう時、タクミさんのお宅の知識が役立つはずなのに、タクミさんは、どこか彼方に行ってしまっている。


「タクミさん!!!!!」

「うん、あぁ、ごめんごめん。なんだったっけ?」


「何でミーシャちゃんは光っているのかね」

「そ、それはですねぇ、彼女が、妖精族だからです」

「この魔石が光っているのは?」

「そりゃあ、ミーシャちゃんの属性と同じだから同調したんだね。魔石から魔力が溢れているのが証拠さ。ミーシャちゃんも、これだけ光っているんだ。魔法が使えるんじゃないかい。オット、力を籠めたり、踏ん張ったりは、無しで。そうだね、手のひらを上にして、手の上に力を込めてみて」


「ミーシャ」

 お母さんの由枝さんが、ミーシャの背中に手を置いた。ミーシャは、中学一年生。日本で、母子家庭のように育った。家では、天使のように明るいのに、髪が銀髪で目立つ容姿をしている性で、注目を集めやすいのが仇となり、外では、人見知りな性格になった。

「うん」


 ミーシャが、手のひらを上にすると、ポッと、黄緑の光が輝やいた。


「タクミさん、これは何だい」

「わからないです。ひかる君から貰った力なのは間違いないから、ひかる君なら触っても安心かな。触ってみてよ」

「これを?」

「いいから」


 指先で、突くぐらいならと思って、そうすると、その緑の光の塊は、講堂の高い天井に吹き上がり、この部屋全体に拡散した。


「何だか癒されるね」

「悪いものじゃないよ」

「樹の香かな」

「ああ分かった。森林浴だよ」

「殺菌とか消臭の効果が有るってこと?」


 みんな、好きずきなことを言っている。


「良き樹の魔力解放って、世界樹しかないよ。この魔石は、世界樹関連だよ。ミーシャちゃんは、世界樹の巫女かなんかかな」

「じゃあ、これは、ミーシャが持っている方がいいんじゃないか」

 そう言って、ミーシャに魔石を渡したが、さっきまで光っていた魔石の光が消えた。


「魔力を感じない。いらない」

 魔石をミーシャに押し返された。そして、おれが持つと、また、薄っすら光り出して、また、魔石から力がミーシャに流れる。ミーシャが満足した顔をすると、その光が消えた。そうなってもミーシャは、おれから離れようとしない。


「あらあら、人見知りの、この子がねぇ。ひかるちゃん、うちのを面倒見ておくれ」

「ひかるも、人じゃなくなったのか」

「ひかるちゃんって、魔法使い?」

「ひかるちゃん、こんな、かわいい子にモテてー」

「ひかるちゃんも、なんか、やって見せてよ」


 おばさんたち、ひかるちゃん、ひかるちゃんって言うな。これでも、大学生だぞ。童顔なのは、仕方ないだろ。〈女の人には逆らえないので、心の声〉


「おれは、ただの人間ですよ」

「魔人の女の子に、それを貰ったって言ってたよね。ちょっと貸してみ。ミーシャちゃん、どうだい、何か感じるかい」

「タクミさんが太っているってこと?お腹が、揺れたよね」

 がくっ

「あー、うん、何でもない。軽く傷ついたけどね。はぁ~、つまり、これは、ひかる君のものってこと。たぶん、魔人の娘に渡された時に、魔石とひかる君を結び付けたんだろうね。みんなも、この魔石を持ってみてよ。ミーシャちゃんの反応で、実証できるから」


 全員、興味津々で試したが、誰も反応しなかった。


「ミーシャ、ひかるちゃんと結婚するかい」

「お母さん!」

 真っ赤になるミーシャを可愛いと思ったが、おれは、由枝さんの冗談を無視した。

「つまり、どういうことですか」

「ミーシャちゃんは妖精かな。属性は風。二人で、能力(ちから)を色々試してみなよ。風属性は、攻撃が苦手なんだけど、支援や防御やヒールが、得意だと思うよ」


 このヒール(いやし)の能力に、佐久間さんが反応した。

「ヒールって、癒しの力があるってことかい。皆さん、ミーシャのことは秘密にしてください。バレると、物凄い数の人が押し寄せてきます。それに、彼らは、まだ、亜人や獣人を排除しようとしています。今だと、これが、争いの火種になりかねない」


 タクミさんの話を聞いて佐久間さんが警告する。みんな、顔を見合わせて頷いている。現在民間の医療機関は、機能していない。生き残った人に、医者はいると思うが、安心して、その活動をしている人はいない。医者は、人の戦力を復活させる。魔族に狙われるからだ。人々は、軍の施設で治療を受けている。我々渡航者も人なら治療を受けられる。しかし、亜人獣人化させれた人々は治療を受けられない。おれたちは、この差別に、心を痛めている。

 タクミさんは、「妖精は異人種になるけど、彼らに区別は難しいか」などと、独り言を言っている。

 あのとき他の亜人獣人化させられた人は、野生化していたけど、なぜか、身近の日本人は、元の意識を保っていた。あのとき現地の人に区別できなかったのは仕方ないことだとと思う。あれは、不幸な出来事だった。


 世界樹の出現で、野生化した獣人亜人たちは、意識を取り戻した。しかし区別の状態が改善されない。つまりそれは、差別に変遷していた。人から差別されていることを知った彼らは、自分たちの種族でコミューンを作り出した。彼らは、人より頑丈だが、それでも病気になる。獣人族は、薬局を襲い大量の薬を盗んでいった。おれたちから見たら、仕方ないことだし、多くの薬屋のうちの一軒じゃないかと思うのだが、人々の感情はそうでない。

 もし、ミーシャに癒しの力があるのなら、優先されるべきは、軍の医療機関が使える人族ではない。だからと言ってミーシャは、まだ中一だ。彼女の力がはっきりするまで、そして、安心してその力が使えるようになるまで、他言無用にするしかなかった。


 佐久間さんが決断した。

「全会一致でいいですね。ウラジオストクが崩壊したと言っても、まだ、亜人獣人を含めて民間人が1万人以上います。ミーシャは、一人しかいないんだ。亜人獣人だって、中には、略奪や暴行を繰り返している種族もいる。みんなで、ミーシャを守ろう。とにかく様子見だ」


 佐久間さんの一言で、みんなの意見がまとまった。様子見とか、アバウトな口約束で、守秘義務を守るのが日本人。その上で、ミーシャのお母さんは、ミーシャを好きにさせる気でいる。おれとタクミさんは、その日から、ミーシャの魔法遊びに付き合うことになった。


 それで、佐久間さんの音頭で、「おーー」とみんなで声を掛け合った。それは、ミーシャの悲鳴で打ち消された。

 明かりが消えたはずの魔石が、らんらんと光り出し、おれを包む。

 ドタン

 キャアーーーー

 ひかるは、壇上で、前のめりに俯伏した。

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