7.I'm Confessin'(That I Love You)

少なくとも、嫌ってるわけじゃない。


それどころか好意すら抱いてる。


私が良いと言ってくれたから。


私が必要だと、言ってくれた人だから。














私がなろうとしたものは何だろう。


きっと、古くはお花屋さんとかケーキ屋さんだろう。どれも専門学校とかに行った友達に言わせると男社会だって言うけれど。そして、今度はお嫁さんとか言ってたんだと思う。


別に、どれも悪いことじゃない。男社会の仕事だって飛び込んでいけるのは事実だ。ただ、私の中にあったのは幼心ゆえの憧れだっただろう。


それから、少しだけ年齢を重ねて、今度は彼氏のいる自分に憧れ出した。だからってあれはないけれど。


就職して、今度は何になりたかったんだろう。少なくとも、責任の持てる大人にはなりたかったはずだ。今、それにどれだけ近づけたんだろう。


そして、今の私は松戸さんの何になりたい?


それはきっと単純で。きっと、難しく考える必要も無くて。


私を欲してくれた人を、私は欲しているのか。それだけでよくて。


和泉家のリビングに通され、先に座っていた松戸さんの姿を見て、固めたはずの決意がどこかに飛んでいきそうにもなるけれど、それでも、決めたことだから、必ずそれを成し遂げようと思う。


松戸さんは今日まであのことをあまり言っては来ないけれど。きっと、申し出てくれた気持ちは変わっていないと信じたい。変わっていないと信じていなければ、今日どんな返事を出しても意味がなくなってしまう。


「松戸さん」


だから、私から声をかけた。


「おう。今日はお疲れ様」


「いえ、松戸さんもお疲れ様です」


そこまで言葉を交わしたところで忍さんから座るように言われたので、そのまま松戸さんの隣に座る。


普段なら、自分が一番の下っ端になるのでお手伝いを申し出るのだけど、今日に関しては「いらない」とはっきりと言われてしまったので、大人しくそれに従っている。


それに、私のことだ。お手伝いなんてしていると、折角固めた決意なんていとも容易く消し飛んでしまうことだろう。


「でも、災難だったな。流石にあれが理由で勤務評定が下がる、なんてことにはならないと思うが」


「いえ。やっぱりきちんと指導ができていなかったのは間違いではないので。それについて何らかの形で評価が落ちたとしても言い訳なんてしませんし、出来ませんよ」


首を振ってから、務めて明るい声を出してみる。


「そんなことより。今日は素直に楽しみましょうよ。和泉さんのお料理、楽しみなんですよ。忍さんたちがすっごくお勧めしてくれるので」


お腹も空かせてきましたし、と軽くおどけてみる。


でも、この路線もこれ以上は駄目だ。これを続けると完全にこの流れになる。ふざけて、流して終わっちゃう。


もしもがある。もしも心変わりが起きてしまっていると、いきなり今日の空気を壊してしまう。慰労会どころじゃなくなっちゃう。


それは嫌だし、でも、思うようには踏み切れない。


思い返せば、私からきちんと行動に移したことってあんまりない。あのクズ男の件だって、あっちから言ってきて、流されるままにOKを出して、今日だって言われるがまま連れてこられた。


答えを出そうって決意だけは固めたけど、これをどう口にしていいかわからない。


だからこそ、自分の退路を断とうと思った。


「松戸さん。お話があります」



























思い切ってみたものの、そこで固まってしまうのが意気地のない私のこと。


しかも、「ちょっと出ようか」なんて気まで遣われて外まで連れ出してもらう始末。


情けない。


「あの、さ。自惚れでも勘違いでもなければ、この前の返事をもらえるって解釈でいいのかな」


さらには向こうから切り出してもらう始末。このままでは駄目だ。これは良くない。


でも、ああして切り出してもらえて助かったのも事実で。


「は、はい」


慌てながらも何とか返事ができた。


一度でも意味のある言葉を発することができたからか、少しだけ思い切れた気がしてくる。


言うなら、やるなら今しかない。


「松戸さん、以前、お話してくださった件。 ……その、お付き合いの申し込みの件についてです」


「あ、ああ」


はっきりと言葉にしてみれば意外と躊躇わないもので。一方で、はっきりとした言葉にした所為か、今度は松戸さんが照れたような雰囲気になってる。


そんな彼の姿を見ていると、こちらのほうが冷静になってくる。それどころか、松戸さんのことを「かわいい」だなんて思えてきてしまう。


当然、そんなことを口にすれば本人が拗ねるだろうことくらい想像できるから言わないけど。


「もし、あれから心変わりも無いようなら、是非、お付き合いさせてください」


流石にはっきりと「好き」という言葉を使うのは恥ずかしくて、こういう言い方になってしまった。ちょっと卑怯だったかもしれない。


でも、これで伝わらない、とか言われてしまったらどうしていいかわからなくなる。


ここまでぼかしてみても恥ずかしいものは恥ずかしい。松戸さんの顔をきちんと見ていられない。


だけど、目を逸らしていたって何もわかりはしないのだ。少なくとも、今は松戸さんに対して誠実でありたい。


私は、顔を上げた。


「そんなに簡単に心変わりなんてしないよ」


松戸さんはどこか困ったように笑っていた。でも、その顔にはどこか隠し切れない喜びのようなものが浮かんでいた。


「ありがとう」


「いえ、こちらこそありがとうございます」


その表情がなければこの現状はあまりにも現実感がない。夢だと言われれば信じてしまうくらいには。


「改めて言わせてもらうよ。俺は君が好きだよ。今じゃなくていいけど、いつかは結婚相手として考えておいて欲しいくらいには」


だけど、この言葉は私を混乱させるには十分すぎた。


いや、このあたりの話は最初の告白の時点で聞いていた、分かっていたことだ。それをきちんと関係を改めてタイミングで言われて、どこか遠くの出来事に過ぎなかったことが急に現実味を増した所為だ。


「ま、松戸さ」


「こういうの、気付いたときや、大切なときに言わないと後悔するって教えてくれた人がいるから」


だからこれから何度でも言うよ、と彼は続けた。


私、これに慣れる日が来るのかな?


「そろそろ戻ろう。準備も終わってる頃だろう」



























出された料理は素晴らしいの一言に尽きた。


というか、和泉さんはこの腕前で会社員なんてしてるんだろう。


「今、他の男のこと考えたね」


そして、あっさりと私の思考を見抜くこの彼氏様もどうかしてる。


「隼は独占欲の固まりか? こっちは既婚者だし、出来立てのカップルでいきなり浮気とか有り得ん」


はい、ごめんなさい。ちょっとした現実逃避でした。


そもそも、宮下さんに「今日返事をする」という宣言をして、2人で戻ってきて、上機嫌な松戸さんを見れば誰だってわかる。きっと、他人という立場だったら私にだってわかる。


当然、そんな私達が肴にならないわけがなかった。


というわけで、本日の目的は慰労会から新しいカップルの誕生を祝う会に変わり果てたのだった。


「それにしても、この中でも一番の優良物件のはずの未央がずっとフリーなのは意外よね」


結果として、ここには夫婦とカップルがそれぞれ一組ずつとフリーの美人が1人ということになる。そうなると宮下さんが未だにフリーでいる理由がわからなくなる。


美人で気さくで料理だって普通に出来て仕事も出来る。普通誰もが狙うところだと思うんだけど。


「意外でもなんでもないわよ。私の場合それが理由で敬遠されるのよ」


当の宮下さんは自分がフリーでいる理由を自分でわかっているようだった。


「それな。男からすると、あまりにも出来すぎててちょっと引けるんだよ」


「そうだな。自分には手が届かない相手に見えるから逆にな。本人が軽いタイプじゃないってのも含めて」


「何で自分から自分を安売りしなきゃいけないのか私には理解できないもの」


男性陣からの解答に宮下さんの補足が加えられる。


何気に宮下さんの補足が一番耳に痛い。いや、流石にあの馬鹿に体を許したりはしていないけど。結果的にそのまま清いまま生きてきてしまったけど。


そういえば、松戸さんに重いとかって言われたりしないよね。


「そうね。女の身としては軽さって失うものが結構多いものね」


忍さんが何かを思い返すようにして言った。


「男の場合は見かけ上失うものがないから、多少軽くても気にならないのかもしれないけどね」


宮下さんの追い討ちに男性陣がちょっと気まずそうな顔をした。


というか、松戸さんも?


不審に思って視線を向けると、察したのか弁明が始まった。


「昔付き合ってた人がいるくらいだよ。ここ数年は相手はいなかったけど。学生の頃の話だって」


途中で宮下さんの厳しい視線が入ったので更なる弁明を重ねた松戸さん。


そりゃ、私よりも年上で見た目が変なわけでもなければ性格にだって問題はない人だ。昔付き合ってた相手がいて、関係を持った相手がいたって不思議じゃない。


それが面白いかどうかは別の話だけど。


「宮下、もしかして怒ってるのか」


「いえ、素直な嫌悪です」


「尚更性質が悪いんだよ、それ」


もしかしなくても宮下さんに相手がいないのはこの所為でもあるんだろう。


面白いかどうかは別として、相手に昔付き合ってた相手がいるのはある程度年齢を経ればおかしいことじゃなくなる。きっと、宮下さんもそれをわかってはいるけれど、感情がついてこないタイプだ。結構潔癖な人なんだ。


「未央の話はそれぐらいにして、今日はこの新しいカップルに根掘り葉掘り訊くとして」


いえ、そもそもこの話の発端は忍さんだったと思います。


「楽しくご飯にしましょう」


だけど、まずは目の前のこのご馳走を堪能しよう。


きっと、それだけでいい。


私にやって来た春がどうなっていくのかは、また考えよう。


























後書



タイトルについては愛の告白ですね。ただ、そちらについては括弧書きだったので、後半の未央のちょっとした暴露話にも適用ということで。


未央に手を出しにくいのはヤマシタトモコの『HER』でもちょっと語られています。気合が入りすぎていて「こわい」という表現ではありますが。こちらについては男目線で納得しました。気合が入りすぎている、完璧すぎて気が引ける、気後れする、それらが総じて「こわい」となります。


そのうち未央の話もしてあげたいな、とは思いますが。ただ、現状の遅筆さを考えれば本当に書けるのか不安しかありません。


これ以降はカップルとしての状態でちょっと話を作っていければ、と思います。ただ、これについては確定しているのですが、前作では結婚式の話をしましたが、今回はしません。別にこの2人を破局させる気はないのですが、そこまですると完全に前作の踏襲になるので。


何とかクリスマス当たりまで話を進めて聖者の行進をタイトルに据えて、最終話にこの素晴らしき世界を使いたいです。

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