6.My Foolish Heart

思わず、言いたいことを全て吐き出してしまった。


あれじゃ、あの2人には救いなんて残っていない。


確かに、救いようのない輩ではあったけど。


私もまだまだ子どもだね。














さあ帰ろうか、というところで私はいつもの人たちに捕まった。何のことはない。宮下さんと和泉さんだ。


「さあ、行くわよ」


どこに、とは訊かなかった。場所については私は全然知らないし、何をしに行くかについては訊くまでもないから。


目的は、当然のごとく、今日の慰労会だと思う。というか、それ以外に考えられない。


それに、私の両腕をつかんで離さないこの人たちは私が抱えた後悔なんてわかった上でこんな強引に事を運ぼうとしているのだ。申し訳ないとも思うけど、それと同じかそれ以上に、助かったとも思ってしまっている。考えなくてもいいということは、それだけ私に安堵をくれる。


「今日は特別。和泉家にご招待ね」


「色々全部吐き切って、明日からまたすっきりとしましょ」


だからこそ、何だろうか。それでも、何の手土産も用意させてもらえないままに先輩の家を訪問するのは気が引ける。


だけど、そんな私の葛藤なんてお見通しだったんだろう。宮下さんはとある爆弾を投げてよこした。


「新さん、忍の旦那さんはかなり舌が肥えてるから。間に合わせで用意したような手土産じゃ満足してもらえないし、絶対に持っていったものよりいい物を出されるから。寧ろ、何もしないくらいが丁度いいのよ、あの家に関してはね」


これはひどい。


たしかに、私の味覚は安心できる状態ではないだろう。そんな私が勧めるものでは、とても満足は得られない、寧ろ何もするなと仰る。いや、気にしますよ。


「手土産の類はいらないよ。もう新が作ってるはずだし、松戸君がお酒とか準備してるはず」


「あれ、松戸さんも来るの? 」


え、松戸さん? 私、交際申し込みを放置したままだ。


「うん。と言うよりも、今日の件がひと段落ついた時点で新に連絡してた。慰労会するって」


「手回しのいいこと。さすがに、好きな子相手なら行動が早いのね」


うん? 今、何て仰いました?


「あれ、春夏秋冬さん。もしかして松戸さんに何か言われてる?」


宮下さん。その顔は知っていて言ってる顔ですね。


うわぁ。どうしよう。敢えて意識しないようにしてたのに、こうなったらどこまでも意識してしまう。


「ああ、だって松戸君は樹ちゃんが気になってたけど、自覚したのが結婚式の招待状もらってからだったらしいからね。そんなことがあったら流石に行動は早くなるよ」


しかも更に聞かなきゃよかったと思える情報が流れてきた。だって、それってどう考えても私は桑畑さんと較べられている。本人は違うというだろうけど、周りに知られているのだとすれば、周りが較べる。


正直なところ、桑畑さんについてはこれから先、仕事でも、女性としても勝てるとは思えない。そんな人と較べられるのは辛いものがある。


「誰にも取られたくない反面、誰にでもその価値を認めてもらいたいっていうのは矛盾よね」


「その気持ちは分かるわ。昔は樹にそんなこと思ってた」


「流石は友人1号」


「本当は1号なんかじゃないわ。あくまでも、社内ではってこと」


そんな事を目の前で話されて。何度かこの人たちや松戸さんから聞かされて入るけど、昔の桑畑さんは人付き合いが本当に苦手で、自分に自信がないような人だったそうだ。


今の桑畑さんは少なくとも、人付き合いが苦手なようには見えない。ところで、こっちを完全に無視してるけど、忘れられてる? だとすればちょっと好都合。


「でも、風ちゃん。松戸君をどれくらい待たせてるの?」


桑畑さん談義で盛り上がっていたはずが和泉さんの一言でこちらに矛先が向いた。忘れられてはいなかったみたい。


「えと、言わなきゃ駄目ですか」


「できれば。本人がいる所で蒸し返して欲しくないなら尚のこと」


「…… 桑畑さんの復帰初日からです」


私はあっさり折れた。


だって、まだ松戸さんにどんな形であれど返事を返せる自信はないし、そんなことはないって信じてるけど、昔の失敗は今でも尾を引きずってる。そんな私は、当然ながら自分に降りかかる色恋沙汰が怖い。


「まだそんなには経ってないけど松戸さん、堪え性がないのよね。よく我慢できるものって賞賛してあげたいわね」


「いや、自分からアプローチしたからこそ我慢できるんじゃないかしら。風ちゃん、明らかに意識してるもの」


宮下さんが、どこか感心したかのように呟き、それに対して和泉さんが苦笑いしながら言う。


そう。意識はすごくさせられてる。だから仕事に逃げようともしたし、それどころじゃない事態を一瞬歓迎した自分に呆れもした。今日なんて考えなくてもいいなんて一瞬でも喜んだ自分がいたけど、被害者が桑畑さんだっていうんなら松戸さんは絡んでくるのは目に見えていた。それに、あいつらがあそこまで馬鹿なことをするもんだから、内輪だけで収まらなくなってしまった。


「私でいいんでしょうか」


これは、常に抱えてきた問題でもある。というか、私という個人を求めてもらえた経験があまり無いから出てくる不安だっていうことも自分で分かってる。


「あなたを求めた人は、あなたでいい、なんて言わないのよ」


「そうね。あなたがいい、そう言うに決まってるよね」


私でいい、じゃなくて私がいい、か。本当にそう思ってもらえてるかどうか、それが知りたい。いや、あの日きちんと私を求めてもらったことはしっかりと覚えてる。


だから、今の私にあるのは、自信の無さからくる不安でしかないんだ。自信の無い私があの人の隣に並び立っていいのか、そんな不安がずっと私の中にあった。


ああ、そうか。そういうことなんだ。


私は、松戸さんを十分すぎるほどに意識していて、あとは自分の気持ちさえ固まればいつでも答えられたんだ。ただ自分に自信がないとか、勝手に怖がっていただけで。


第一、求めた結果は、信じて祈り、行動した者にしか与えられないんだから。だから、自分から動き出さないと何も得られないんだ。


そう思うと、自然と勇気が湧いてきた。


「ありがとうございます。色々、固まったような気がします」


「そう。ならいいけど」


今日、というのは厳しそうだけど、でも、早いほうがいいよね。後回しにするとまた何か適当な理由をつけて蓋をしてしまいそうだし。



























そうして連れてこられたのはとある平屋の一軒屋。


「これマイホームですか?」


「借家。学生でも借りれそうな家賃だったからね。あの人も誰かを招いてご飯を振舞うの好きだし。そういう意味ではアパートやマンションよりもこういうのの方が都合よかったのよ」


何でも、家賃が5万少々だとか。それで2人共働きなのだから十分なんだろう。そういえば、私も学生の頃は近くの不動産情報を見ながら、もしもあの子と入学前に知り合っていればここでルームシェアしてたかも、なんて物件がいくつもあったっけ。ここはそういう物件だ。


ただ、もしも学生のときにそういう知り合いができたとしても、就職して離れ離れになるとまた身の丈にあった物件探しからスタートになる。それを思えば1人でよかったのかもね。


「風ちゃんはルームシェアとか考えなかったの? 多分、シェアハウスとか色々話題になった頃に学生してたでしょ」


とは宮下さん。今まさに考えていたことを突いてくるとは。


「考えたことがない、とは言いませんが。就職の後引っ越すのも面倒だったんで考えるだけでしたね」


こんな話をする私達の前では忍さんが1人家に入っていく。先に準備とか確認してくるんだそうだ。突発的だったからどこまで進んでるかわからないしって言ってた。


「私の場合、実家に帰ることはまったく考えていませんでしたし、それでまた遠くで就職するんなら引っ越さずに済ませられるここがいいなって」


こういうとき、学生専用の物件じゃなかったことも幸いした。


友達なんかは格安の物件だったけど、学生専用だったから卒業したら退去してた。


「そうなんだ。じゃあ、今住んでるのは学生のときと同じ物件なの?」


「はい。ちょっと狭いですけど、一人で暮らすにはそこまで不便は感じませんので」


6畳一間の1Kだけど、1人では十分。CDの置き場にはちょっと苦労はしてるけど。


気になったら何でも買ってしまうのが悪い癖で。でも、モンゴメリは失敗したなぁ。あれは私の好みじゃなかった。


「誰かを家に招いたりとかはなかったの?」


「ないですね。誰かにご飯を振舞うようなのでもないですし、集まるなら外食したり、カフェだったりでしたし。試験対策だって大体は大学で集まってましたから」


思い返せば我が家には家族以外入れたことがない。引越しだって荷物はそんなになかったから、お父さんに頼んで車に積んでもらっただけだったし。


「じゃあ、例えばの話だけど」


「はい」


「松戸君を家に上げたいと思う?」


一瞬、息が詰まった。


まだこの話続いてたんだ。


「さあ。男の人を家に上げるっていう状況がいまいち分からないので。それに、私の家なんて面白くもなんともいないですし」


「そう。でも、好きな人の家っていうだけでも気になるものだけどね」


ああ。そういう意味でも、前のあれは恋ですらなかったわけだ。卒業旅行を優先したし、彼の休暇中にだってこっちに呼んでみたいだなんて考えもしなかった。ただ、卒業と独り立ちという一大イベントを前に誰もが浮かれていただけなんだ。そのことをこれでもかと理解させられた。


向こうも私を好きではなかっただろうし、私もなんとなく付き合ってと言われて付き合っただけだったのだ。


「よくわかりません」


だから、私に返せる答えはこれくらいのものだったんだ。


「ふうん。ま、いつまでも家の前でっていうのもなんだし、上がって」


そう言った和泉さんに促され、私たちは中に入った。


築何年はわからないけど、しっかり手入れをされているからか、古いと感じてもぼろいとは思わなかった。建物全体の古さはどうしても隠せないみたいだ。それに、ここは流行のリノベーションとかもされてない。畳みや障子の張替えこそしてあっても、全体はそのままだ。所謂、今風のアレンジは一切入ってない。


「相変わらず、新さんの主夫力には呆れるわ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


宮下さんの言葉に和泉さんが笑って答えた。どう聞いても褒め言葉じゃない。本人は褒められてない。


「いいのよ、この人、いつまでも新婚どころか恋人気分が抜けないんだから」


とは言うけれど、きっとそれはそれでいいんじゃないかとも思う。結婚されて何年経ってるかとかは聞いていないけど、30くらいで子どももまだいないなら、まだ2人でいることを楽しむのは間違いじゃないと思う。


なんて、結婚なんてしてない、彼氏すらいない私が言うのはどうかしてるかも。


すごく軽く話してくれていて、今日の後悔について気にしてなかった。気にならなかった。ただ単純に面白くて、笑わされていた。


私は、いつかこんな先輩になれるんだろうか。こんな風に誰かに感謝されることがあるんだろうか。


『一女性として見ても十分すぎるほどに魅力的だよ、君は』


あの夜の松戸さんの言葉がよぎる。


『春夏秋冬さんをうちから切る理由なんてどこにもないよ。だっていい仕事してくれるじゃない。そういう人は、本当に必要だよ』


松戸さんは、私のことを仕事の面でも、女としても評価してくれていた。私を大切に想う人がいて、私自身もはっきりしないものはあれど想いはあって。


少なくとも、私を評価する松戸さんに胸を張れるようになりたい。なろう。


なれるんだろうか、なんて曖昧すぎる願望を並べたって何にもならない。なろうとしなきゃ、変わろうとしないと、人は何者にもなれないんだ。


「宮下さん」


「なぁに?」


きっと、この人は色々なものを見透かしていて、私の葛藤も、私の決断も、きっと何もかも見透かしていて。でも、それでも。


お願いするならこの人しかいない。


「決めました。皆さんがいますけど、私、今晩きちんとお返事します」


人はなろうとしたものに、なる権利がある。ただし、そのための努力を怠らなかった人にだけ。



























後書


2話で告白されているので引っ張りすぎるのもあれなのでそのあたりはきっちり決着つけてもらいます。今まで付き合い始めてからの話をあまり書けなかったので、そういうのも含めて書ければいいな、とは思います。


まぁ、魔法使いが何を言っているんだ、という話ではありますが。


あと、曲がりなりにも続編と銘打っているので前作に出ているメンバーや、いまだにいるだけの静季、名前すら出ていない真央といった人物達を拾ってあげたいですね。あと、こっそり世界観が繋がっているⅠ0勢をこちらに出してあげたいと思っています。


因みに、モンゴメリが駄目だったのは作者の主観です。ジョー・パスのギターソロが好みだったので、ギターのアルバムに興味を持って買ったのですが。

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