Chapter 56:試食会
「その案件、受けようか。
幸いポーションジュースを好きって言ってくれるプレイヤー達が集まってくれているから、スナック菓子も好きかもしれないだろ。
せっかく俺に声をかけてくれたっていうのもあるし」
《相変わらず向こう見ずですね。
まずは集められる判断材料を集めてから判断するべきです。
提案されている商品を購入します》
リュシオンは呆れた様な目で俺を見下ろすとウィンドウに指先を滑らせた。
パパっと商品を購入したのかすぐにキーボードが置かれているデスクの上にスナック菓子が出現する。
最初見た時は魔法のようだと思ったけど、もうすっかり慣れてしまった。
袋詰めされているスナック菓子の袋の接着面を剥がすように展開する。
広げた包装紙の上にちょこんとのっかっている菓子に手を伸ばす。
ボール状のそれは特に匂いもなく、口に入れて噛んでみると湿気たような食感の奥に妙な粉っぽさがあって眉が寄ってしまう。
未来世界の食品事情というものには慣れたつもりでいたけど、今まで菓子類には手を付けたことはなかった。
でもやはりスナック菓子も十分にアレな感じだった。
食料品業界が落ち目だと囁かれて久しいのは、単に美味しくないから購入客が増えないというのが大きいのかもしれない。
この未来世界では食事は一切必要がなく娯楽の一種だ。
しかも一度その食品データへのアクセス権を購入してしまえば半永久的にそれを食べ続けられるため、リピーターというものも存在しない。
例えばラーメンを好きな人がいたとして、醤油味や塩味、みそ味やとんこつ味のラーメンがあったら各ラーメンを買ってはくれるだろう。
でもラーメンのデータは何度でも取り出すことが出来るから、何杯食べても無くなることはない。
だから一人でまったく同じ味のラーメンを複数購入する人はいない、ということだ。
俺が暮らしていた世界で言うなら、ダウンロードコンテンツを二重購入する人が居ないのと同じ。
だからますます食品業界が冷え込んでいる、という悪循環の中にいるのだろう。
「リュシオン、スライスチーズ出して」
《わかりました》
俺が頼むとリュシオンは返事と同時にスライスチーズを菓子の隣に出現させてくれた。
フィルムを剥がしてちぎり、それをスナックにのせて口に放り込んでみる。
スライスチーズも俺が良く知っているスライスチーズとは味が違う。
塩分は若干の甘さを感じるほど控えめ、表面はしっとりしていて硬さはゼリーよりずっと緩く、味は滑らかだ。
それをスナックにのせて口に入れると、文字通りとろけたチーズがスナックに染み込んで程よく絡み、中心部分の妙な粉っぽさも感じなくなる。
結果的に蕩けたチーズにコーティングされた触感の強いスナック菓子という食べ物に変わった。
手放しで美味しいと言えるほどではないが、これは…これでアリかもしれない。
「これなら悪くない…かな」
食パンにのせて食べるのにスライスチーズを購入したのだが、意外な使い道を発見してしまった。
リュシオンの意見も聞きたくてもう一つ作って差し出してみたが、リュシオンは首を横に振った。
《私には味覚が搭載されていませんし、優劣の判断も下せません》
「いいから」
更にずいっと近づけるとリュシオンはようやく渋々といった様子で俺の指からスナック菓子を受け取った。
サイズ感が違うせいで俺にとっては一口サイズの球状のスナック菓子がリュシオンが受け取ると肩幅と変わらないくらい直径が大きい。
せめて半分にしてあげれば良かっただろうかと後悔したけど、リュシオンは憮然とした表情を浮かべたまま食べにくそうにそれにかじりついた。
どう考えてもそんな小さな一口では中央部分の粉っぽいところまでは到達できないだろうと思うのだが、リュシオンは律義に咀嚼してくれた。
完全に無表情。
「どう?
そのままよりはちょっとマシかなって思うんだけど」
《その比較は食べ比べてみなければ分かりませんし、そもそも味覚は設定されていませんと説明しましたが》
ですよねー。
なんか、申し訳なくなってきた。
リュシオンにも味覚を感じられたらいいのに。
《でもマスターにとっては味覚がなくとも“同じ釜の飯を食う”ことが重要なのは理解しています》
…お?
おぉっ!
リュシオンが俺の真意を理解してくれているらしいことにちょっと感動する。
嫌がってるリュシオンに一方的に押し付けているだけでは自己満足でしかない。
だからリュシオンが俺を理解し、歩み寄ろうと努力をしてくれているというのは有難い。
「リュシオンがそこまでわかってくれる日がくるなんて。
いや~、感慨深いな」
出会ってから今までの思い出が思い出される。
リュシオンとも随分仲良くなれたものだ。
《“同じ釜の飯を食う”時には“腹を割って話す”というのも文化でしたね》
「う、うん…」
リュシオンにそんな風に言われると思わずドキッとしてしまう。
リュシオンは常日頃から結構言いたいことをズバズバ言ってくるので、わざわざそんな前置きまでして言うってどんなことなのか想像できない。
思わず身構えてしまうのは、仕方がないだろう。
《そろそろ新しく次の戦略を練って実行に移していかなければ、今後確実に伸び悩みますしサポーターも離れていきますよ。
クロス・ファンタジーのゲームの実況だけではそろそろ限界でしょう》
「……」
案の定、ぐうの音も出なかった。
それは俺もここ最近うすうす感じてきていた。
供給が追い付いていないこともあって、新味のポーションを足してバリエーションを増やすことは難しい。
かといってただの作業になってしまうから、おいそれと他プレイヤーに声をかけて巻き込めない。
実のことろ、知名度が上がってきたお陰で店を手伝わせてくれと声をかけられることは増えた。
だがそのほとんどは俺がアップロードしている3DVで絡ませてくれということを匂わせているものが多い。
つまりある程度サポーターがついた俺の人気に便乗したい、ということなのだろう。
だがそれを条件に引き入れたところで、彼らは本当に真剣にジュース作りを手伝ってくれるだろうか?
正直、3DVの撮影や編集は俺とポンタと柊さんが持ち込んでくれてる新アイテムで現状事足りている。
毎日毎日ただただポーションジュースを作るだけだと知った途端に手を引くプレイヤーが多いことからも、俺の予想は的外れではないのだろう。
一方でそうでないプレイヤー達からは仕入れを手伝おうかと声をかけられることもある。
通常プレイヤー達はアイテムボックスに考えが至らないらしく、商品や材料の仕入れには人手がいるだろうと考えているらしい。
気持ちは有難いが、丁寧にお断りしている。
つまりただただポーションジュース作りを手伝おうという人はほとんど現れない。
現れたとしても少ない時給で休日だけでも毎日ログインしてくれないかというと大抵は断られる。
娯楽としてゲームをプレイしているのだから、当たり前の反応だろう。
しかも初心者パックを与えられた低レベル剣士の方が効率よく稼げるくらいの給料しか出せないのだから仕方ない。
製造工程によって生まれる利益を頭割りで計算するので、もともと薄利多売なだけに時給換算するととても少なくなってしまうのが原因だ。
でもオパールがいる手前、それ以上は出せない。
つまり、さぞ儲けているだろうという
そういうわけでオパール以外の人に手伝いを頼むことは当分ないだろう。
逆にそういう事情で新商品がなかなか出せないので、3DVとしての新鮮味も薄れてきてしまっている。
とはいえ、毎日のルーティーンを垂れ流すような3DVではないので、何かしら新情報を入れなければならない。
俺も市場にちょくちょく足を運んでいるけどそう毎日目新しいものが仕入れられるわけもなく、柊さんから仕入れられる新アイテムにもそろそろ限界が見えはじめている。
現状手に入れることが出来るのは公開されているアイテムだけなのでどうしても頭打ちになってしまう。
新アイテム開発に関しては伸びしろは十分にあるだろう。
けれどアイテムの発案から実際に店頭に並べるまでの工程が多いし、びっくりするほど時間がかかる。
売れる新アイテムのアイディアを考えるのも、職人プレイヤーから依頼してた品が納品されるのにも、全てにおいて時間がかかるせいだ。
つまるところ、そろそろ新しい3DV企画を考えなければならないというのは客観的な意見としては正しい。
今、まだサポーターが多い内に新企画の3DVを観てもらってファンが増やせなければ、平均500万再生なんて夢のまた夢だ。
「うーん…」
俺は唸りつつチーズをのせたスナックをもう一口口に運んだ。
今回の企業案件は有難く受けるとして、次の一手はなるべく早めに打たなければならない。
別のゲームで実況を始めるか、あるいはまったく別ジャンルで攻めるか。
「秋公開予定のゲーム一覧を検索ランキング順に並べたの見せて」
《わかりました》
リュシオンはすぐに動いてくれた。
相変わらず涼しい顔をしているが、目の前に広がったウィンドウに並んだゲームタイトルだけで何度もスクロールしなければならないほど多い。
この中から新しいゲームを選ぶだけでも骨が折れそうだ。
もし俺一人だったら心が折れていただろう。
リュシオンがいてくれて本当に良かった。
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