Chapter 57:コラボ商品会議 前編



「企画担当のリブラです。

 お越しいただきありがとうございます」

「代表の奈須なすです。

 本日は宜しくお願いします」


 俺を出迎えてくれたのはリブラと名乗るヨーロッパ系の顔立ちをした女性と奈須と名乗るアジア系の顔立ちをした男性だった。


 それ以外にも机に向かっている人種は様々で肌が黒い人もいれば透けるほど白い肌の人もいる。


 リュシオンの話では仕事上で使うアバターは本人のDNAを基にして形成されているらしい。


 スーツを着るのと同じで当人達にとっては仕事用のフォーマルなアバターという認識なのだという。


 代表を名乗った奈須さんは無地のスーツ姿だがジャケットの下はTシャツだし、リブラさんは半袖のブラウスにパンツスーツ姿だ。


 アバターになりだいぶラフな見た目だけど、スーツという文化はそのものはなくならなかったらしい。


 それにDBプロジェクトに参加した人々の一番最初の世代はもう1000年近く前にみんな寿命で亡くなっている。


 その次世代以降はAIナビゲーターを通じてマザーサーバーからの共通教育を受けており、人種による言語的・宗教的・文化的差異はなくなっているらしい。


 だから職場に多種多様塗な人種の人達が一緒に働いていることはもはや日常風景なのだという。


「3DVパフォーマーのカクタスです。

 今回は素晴らしい企画に参加させていただきありがとうございます。

 こちらこそ宜しくお願いします」


 丁寧に頭を下げた二人に応じて自分も腰を折った。


 咄嗟に癖でスーツの内ポケットに手を伸ばそうとしてしまったが、慌てて戻す。


 名刺交換は必要ないし、そもそもカクタス用の名詞は作っていない。


 代わりに差し出された奈須社長の手をワンテンポ遅れて握り、握手を交わした。


「では会議室へどうぞ」


 二人の案内で部屋をつっきり短い廊下を通って小さな会議室へ移動した。


 いつもは朝礼やミーティングで使われていそうなその部屋は3人で打ち合わせをするなら十分な広さだった。


 俺が勤めていた『i+f』も決して従業員が多くなかったので、そのサイズ感が妙に落ち着く。


 奈須社長に勧められて椅子に腰を落ち着けると軽い雑談交じりに今までのカクタスの活動内容をさらっと伝える。


 何せ毎日アップロードしているので、先方もさすがに全ての内容をチェックしてはいないだろう。


 だから自己紹介代わりに自分のこれまでの活動をざっと説明し、奈須社長の方からも会社と開発商品についての簡易的な説明を受けた。


 リュシオンの事前調査の通り、奈須社長が仲間たちと協力して起業した製菓企業らしい。


 手軽に食べられるスナックを中心に何種類か販売しているらしい。


 これに関してはリュシオンと一緒に食べながら次の戦略会議をしたので一通りその味や食感は知っている。


 美味しかったかどうかについては…あえて語らないけど。


 ただ奈須社長達の名誉の為に言っておくと、決して食べられないほど不味かったわけじゃない。


 むしろ娯楽としての食文化が衰退の一途を辿っているこの世界では頑張っている企業だろう。


 5000年前の多種多様な食文化に慣れきった俺の舌には…ちょっと合わなかっただけで。


 おさらい程度に会社の情報を確認しつつ、二人と明るく談笑する。


 カクタスと名乗ったせいでいつもの撮影時のスイッチが入ったのか、それとも過去の営業経験のおかげか、この頃には自室を出る前に感じていた緊張感はすっかり忘れていた。 


「それで3DV内で専用コーナーを作った後の3DVの視聴回数の伸びの経緯を統計データでお見せいただきたいのですが」


「はい。リュシオン」


 奈須社長に話を振られた俺が胸ポケットの中のリュシオンを見下ろして促す。


 すると俺とお揃いのスーツ姿のリュシオンが頷いて該当の統計データのグラフを表示するモニターサイズのウィンドウを机の横に浮かべた。


 AIナビゲーターが不可欠な生活を送っているこの時代の人間にとって、フォーマルな場面でもAIナビゲーターは欠かせない。


 5000年前でいうところのスマホの役割はおろか、別の場所に移動しようとするだけでもAIナビゲーターの助けを必要とする。


 スーツの胸ポケットがAIナビゲーターの定位置となっているという文化がそれを物語っているだろう。


 目の前の二人の胸元にもそれぞれAIナビゲーターが控えていた。


 朝、しれっとスーツ姿に着替えたリュシオンに着替えられるならどうして今まで教えてくれなかったのかと尋ねた。


 もし知っていたらもっと早い段階でリュシオンには着替えてもらっていたし、俺の古傷を無駄に抉ることもなかっただろう。


 リュシオンからは“着替えの必要性を感じませんでしたので”といつもの涼しい顔で返答された。


 分かっててしれっとしているのか、それとも本心なのかわからない。


 俺の方も今ではすっかり慣れてしまったけど、今後はリュシオンに好きな服に着替えてもらおうと思う。


 俺の心の平穏の為にも。


「初めてポンタ専用コーナーを設けた3DVを公開した日がこちらです。

 そこから本日まで毎日このくらいの伸び率で平均視聴回数は伸び続けています」


 ポンタの専用コーナーを作る前はおよそ30°くらいの傾きだった折れ線グラフが、俺の指さした日を境にぐっと60°に近い傾き方に変わっている。


 最近俺の3DVの視聴を始めた人たちが遡り視聴しているらしい傾向もあるので視聴回数そのものはまだじわじわ伸びる可能性が高い。


 そもそもポンタコーナーを作ろうと提案したのは俺からだったが、正直ここまでの数字の伸びは期待していなかった。


 店内のポンタ人気をみて、ポンタの愛らしさは飼い主バカになっている俺じゃなくても虜になるものなのだと理解してはいたけども。


 当時は乗り気じゃなかったリュシオンを説得して専用コーナーを設けて本当に良かった。


「正確なデータをありがとうございます。

 弊社でも提案前に調べさせていただきましたが、あれからまた視聴回数が伸びたんですね」


 企画担当者のリブラさんが笑みを浮かべながら褒めてくれる。


 社交辞令かもしれないがこうしてリュシオン達とこれまで頑張ってきた成果を褒められると悪い気はしない。


「良縁に恵まれたおかげです。

 こうして御社からご提案いただけるようになったのも多くのサポーターに支援されてこそですし」


 現在のサポーター登録者数はあれからじわじわ増えておよそ28万人。


 平均500万再生を達成させるためにはまだまだ足りないが、日々増えていくサポーター登録者数と3DVの視聴回数を見るとやる気が湧いてくる。


 人気を底上げしてくれたのは間違いなくポンタだし、柊さんが超激レアアイテムを俺にポンとくれていなかったら、ポンタには会えなかっただろう。


 商人ギルドで初めて出会った時、いやクロス・ファンタジーを始める前はここまで数字を伸ばせるとは俺自身も考えていなかった。


 そう考えると、本当に神がかり的な成長具合だと思う。


「御社とのご縁も大事にさせて頂きたいと思ってます」


「こちらとしましても食品アイテムで有名なカクタスさんと企画をご一緒できて嬉しいです。

 ぜひ企画を成功させましょう。

 では早速ですが、今回ご提案させていただいた商品について説明致します」


 微笑むリブラさんが机の反対側に大きなウィンドウを表示させる。


 そこには既存の商品の一覧と今回のコラボ企画の内容が画像と共に書き連ねられていた。


 リュシオンと一緒に食べた球体型のスナックの味違いの三種類が並び、その隣にカメラ目線のポンタの画像が添えられている。


 玩具付き菓子のように既存のスナック菓子に期間限定でポンタをセットにして売り出そうという企画らしい。


 期間限定でというのは希少性を高めるという意図があるのだろう。


 今買わなければ手に入らなくなるとなれば、ポンタ好きなプレイヤーからしたら買いたくなる商品になるだろう。


「では具体的な話に移らせていただきます。

 1/10サイズの家犬ポンタのグッズ化にあたり、ゲーム中のデータ量を教えていただけますか?」


「はい。

 ポンタのデータサイズはおよそ1憶2千万ニューロンです」


「1億…」


 あらかじめ必ず聞かれるだろうと思う質問についてはリュシオンが予想してくれていたので、その情報は俺の頭の中に入っている。


 すんなり答えた俺の目の前で奈須社長とリブラさんが絶句した様子で互いを見つめ合っている。


 そのあまりのリアクションの凄さに俺の方がちょっとビビる。


 1憶というのは数としては大きいがニューロンという単位がいまいち掴み切れていないので、実際にどれだけ凄い数字なのかというのがよくわかっていない。


 俺としてはポンと受け取ってしまったアイテムで作った物なので、どれだけ苦労すればそれを手に入れられるのかというのも分からない。


 規模こそ小さいかもしれないが法人が手を出すのに臆するほどの情報量を秘めていたデータクリスタルは、リアルマネーに換算したら一体いくらになるのだろう。


 空調を必要としない過ごしやすい室温だというのに、どこからともなく冷や汗をかいてしまう。


「えっと…サイズは1/10なんですよね?

 だったらニューロン数だって必然的に同じ位少なくていいんじゃないですか?」


「それは、そうなんですが…。

 元のデータ量が1億2千万だとすると、それを模したものを作ろうとすれば外見サイズが1/10でも2千万ニューロンは必要になるでしょう。

 我が社がレンタル契約しているデータ領域の大半をあてがうことになったら、他商品に影響が出てしまいます」


 リブラさんがとても難しそうな顔でそう告げた。


 レンタル契約?と俺が疑問を持っていると視界を遮らない位置にウィンドウが表示された。


 胸ポケットに目をやると俺を見上げているリュシオンと目が合う。


 相変わらず仕事が早い。


 早速ウィンドウに目を通して俺は今レンタル契約が何なのかを知った。


 マザーサバ―の巨大記憶領域というのは、基本的には3年単位でそこそこ大規模な範囲単位でしか取引を行わないらしい。


 単価が何十億となってしまえば大企業はともかく中小企業にはとても手が出せない。


 そこで同じような規模の企業が集まって共同購入する企業が増えているということらしい。


 彼らは記憶領域をプールし、必要なデータ領域を必要な期間だけレンタルしている。


 もちろん手数料はかかるものの、一括で数百億の買い物をしなければならないのに比べれば天と地の差だろう。


 けれどもしその希望した期間やデータ領域に他の企業が名乗りを上げることになったら、当然競争が起こる。


 同一期間のニューロンが同じ金額では取引できなくなるということだ。


 二人の顔色が悪くなっているのはそのデータ領域のアテがつかないか、或いは値上がりした時に必要量を買い占められるだけの金銭的な負担が厳しいからだろう。



 困ったなぁ…。



 数多の3DVサポーター達の中からまだまだ知名度の低い俺をわざわざ指名してくれたんだ。


 その恩に報いるためにも、この企画は是非とも成功させたい。


 成果を出せれば今後のカクタスの活動にも追い風になるだろう。


 何より自信がある。


 この世で最も家犬ポンタを必要としているのは俺だ。


 異論は認めない。



 …絶対欲しい!


 待ってろよ、ポンタ…!




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