Chapter 37:クロス・ファンタジー実況 アイテム創造 前編
「ついにこの時がきてしまいましたか」
早朝6時。
多くのプレイヤーは夜のログインが多いなか、夜通しずっと狩り続けたらしい廃人プレイヤーがたまに点々と見える程度だ。
一昨日閉店してから数日分の録画をし、昨日はその録画データで3DV編集をして準備した。
ゲーム内掲示板や3DVでは数日間準備期間に入る旨をお知らせしたので、問題はない。
昨夜は早めに布団に入って今朝に備えた。
それというのも今、これから、ついにデータクリスタルを使用しようと思っているからだ。
アイテムを創り出す為には集中力とイメージ力が必要とされる。
より詳細なイメージを脳内で構築し、データとして書き出す。
その為には継続して集中力を切らさない必要があるらしい。
なにせ使えるデータ領域は俺がうすらぼんやり考えていたよりずっと広かったらしく、今まで3DVで紹介したどのアイテムのデータ量より多いという話だ。
貴重な消費アイテムだけに、出来れば領域限界まで使い切りたい。
その為に睡眠時間をたっぷりととってぐっすり眠った。
データ構築にどれだけの時間がかかるのかはわからないが、明日の朝までくらいならきっと集中してアイテム構築できるだろう。
リュシオンにはあらかじめアイテム制作中は何があっても止めないでくれと念をおしてある。
たとえ俺の集中力が切れて意識がブラックアウトしても、それで俺が思い描いているものが形になることのほうが重要だ。
あとで“あの時リュシオンに強制ログアウトさせられてなかったら”なんて恨み言も言いたくない。
当のリュシオンはといえば俺の心配をよそに“貴重な取れ高ですから”と涼しい顔をしていた。
“どうせ止めたところで、止まるつもりもないのでしょう?”とわざわざ嫌味まで付け加えて。
それはそうなんだけど、だったら俺がぶっ倒れた時もあんなに怒らなくたって…。
内心、ちょっと複雑ではある。
リュシオンにとっては「取れ高>>>超えられない壁>>>マスター」という価値観なのだろうか。
尋ねてみたいがハッキリ明言されて傷つくのも嫌で躊躇してしまう。
少し不安なのはアイテム制作中にアイテム創作中に残りのデータ領域やら現在の進行度がわかるのかということ。
使い方の手順を教えてくれたリュシオンにも、そればかりは実際に使ってみないと分からないと言われてしまった。
ぶっつけ本番だから失敗はしたくないが、こればかりは仕方ない。
いつも仕入れの時に使っているリュックの内部…アイテムボックスの中からデータクリスタルを取り出す。
直系15センチくらいの水晶玉の形状をしているのだが、同じサイズのダイヤモンドよりも高価なので触れている手が緊張で汗ばむ。
けれどそんなことを感じさせない笑顔のカクタスで3DV用のトークを展開する。
自分が手に持っているのがどんなアイテムなのか、丁寧にテンポよく解説していく。
入手経路については商人としての伝手であるとだけ伝え、これ以上の質問は投げられても答えられないと先に念押ししておく。
俺が3DVで紹介したアイテムは俺の露店に行けば買えると思っている視聴者が一定数存在している。
いつもであればその認識で間違いはないのだが、今回ばかりは品が品だ。
まず再入荷する予定がないし、仮に仕入れたられたところで怖くて値段なんかつけられない。
だからこのアイテムは俺が今から使用して、それをリュシオンに撮影してもらって、それで終わりだ。
それでも現在この広大なワールドマップに3つしか存在していないとなれば、取れ高としては十分に貴重なものだろう。
この3DVを観て今後新しいデータークリスタルが解放された時に活用して欲しい。
解説を終えて前準備が終わったところで一度目を閉じて深呼吸した。
透き通った水晶玉を持つ手がすっかり汗ばみ、緊張で鼓動を早く感じる。
それを落ち着けるために。
「では、始めます」
深呼吸して緊張を少し和らげると、データクリスタルを顔の前まで持ち上げて静かに両目を閉じる。
感覚はポーションを作成する時に使っている精霊魔法を使用するのに似ている。
呪文を唱えるのと同じように要求ワードを呟く。
「
ふっと一瞬で周囲の雰囲気が変わった。
手の中にあった水晶の形と重みが消え、座っている椅子の感触が消えた。
道の向こうを歩いていた疲れた風な冒険者の足音も、木の枝にとまってさえずっている鳥の声も、そっと頬を撫でていた風の感触も消えてしまった。
ゆっくりと目を開くと、俺は何もない空間に一人立っていた。
自分の手足はハッキリと見えるのに、立っているはずの床が見えない。
壁も、天井も、何も見えない。
自分が立っている空間が狭いのか広いのかさえもわからない。
まるで俺が未来に連れてこられた直後のような風景が広がっていた。
「リュシオン、聞こえますか?」
カットするつもりではいるが、一応撮影中なのでカクタスとしてリュシオンに話しかける。
けれどどれだけ待ってみてもリュシオンからの返事はなかった。
ゲーム中はリュシオンと普通に話せていたので、この空間はリュシオンがアクセスできない領域なのだろう。
でも裏を返せば今俺はデータクリスタル内にアクセスしているということなのかもしれない。
もしかしたらアイテム作成風景は録画できていないかもしれない。
3DVパフォーマーとしては惜しいと思ってしまう反面、カメラを意識しなくていいというのは変にプレッシャーがかからないということなので助かる。
「このままイメージしてみればいいんでしょうか」
特にアナウンスもないので迷ってしまうが、データクリスタルの使用法についてはリュシオンから聞いている。
アイテムを使用したら創り出したいアイテムをより詳細にイメージすること。
詳細であればあるだけ、それはより精巧なものとしてゲーム内に実体化することができる。
この何もない空間だからこそ何にも気をとられることなくイメージを構築できるということなのだろう。
「始めます」
誰に語り掛けるでもなく、俺は俺自身にそう宣言して再び瞼を閉じて意識を集中する。
何をデータクリスタルで構築するか、実は昨日眠る直前までずっと悩んでいた。
創り出すアイテムは時間経過で劣化することもなく、使用回数制限までも自分で決められる。
RPGなのだからイメージさえすることができれば、たとえばチート級の武器や防具を創り出すことも可能だろう。
もし俺が王道の冒険者としてデータクリスタルを手に入れていたらそうしていたかもしれない。
けれど俺は商人プレイを楽しんでいる。
チートな武器や防具を創り出しても、冒険者系の職業を選ぶまでずっとアイテムボックスで眠っていることになるだろう。
では最終兵器エリクサーではどうか?
ゲーム中では消耗品として使ったら消えてしまうが、その制限を取っ払ってしまって杖や水晶のような形にして使用回数を無制限にしてしまう。
それもRPGにおいてはチートアイテムにカテゴライズされるレベルだろう。
なにせ所持さえしていればMP消費なく全てのデバフを解除して全回復できる。
一撃で自分を倒すような無謀な相手を避けてレベルアップしていけば、他のプレイヤーよりずっと早く職業レベルやステータスを上げていけるはずだ。
あるいは同じ要領で、俺が今まで食べてきた美味しい料理を思いつく限り全て創造してみることも考えた。
俺は一人暮らしをしていたがそこまで料理にこだわってはいなかった。
不味くないものを作って腹を満たせれば、それで満足だった。
けれど食の必要性が失われ、味という概念が薄れた世界に連れてこられてきて思う。
俺がさして苦労しなくても美味しいものが食べられたのは、新鮮な肉や魚、そして野菜に至るまでを簡単に手に入れることができたからだ。
研究に研究を重ねた結果として得られた様々な調味料や便利な調理器具たちがあったからだ。
それら全てを手に入れられない世界では、それまで何気なく口にしていた料理を食べて味わうことができない。
それらの料理をイメージすることができれば、俺はこの未来世界において味に不自由することはなくなるだろう。
…だが、本当にそれでいいのだろうか?
本来の食品と同じように創れば消耗品だ。
食べて味わえばデータごと消えてしまう。
では今まで俺がショッピングサイトで購入した料理たちのように消耗品にしなければいいのでは?
それもやろうとすれば可能だろう。
だがどれほど数多くの料理を創りだせたところで、いつかは飽きる。
過去に食べた料理たちをどれだけ記憶を掘り返して詳細にイメージしてみたとこで、たかが知れている。
どんな大好物も毎日3食、一か月間食べ続けてみてくださいと言われたら飽きないだろうか?
期間限定品だの新商品だの、俺が暮らしていた時代には食をそそる刺激が絶えずあった。
そう考えると料理を創り出すということも、どうにも惜しく思えてきてしまった。
では、一体何を創り出すつもりなのか?
それは他の誰でもない、“俺にしか創り出せないもの”だ。
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