Chapter 25:クロス・ファンタジー実況 時空魔法本編
「あっ…」
「どうも」
商業ギルドの建物に入ると柊は俺が待ち合わせ場所に指定した金色のヒヨコオブジェの前に立って待っていた。
どこか落ち着きなさそうに顔つきをしていた柊だったが、俺が声をかけると丸眼鏡の奥の人の良さそうな目が笑みを作る。
しかし侮ってはいけない。
虫すら殺せないような顔をしているのに、一週間かからずに“マラソン”を終えた強者だ。
欲しい物を手に入れるためなら努力を惜しまない、まさに廃人の鑑と言えるだろう。
「すみません。
お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、時間ピッタリです」
そう言って笑う柊さんは心なしか日焼けしたようにも見える。
気のせいだろうか?
「それにしても柊さん、目標金額に到達するの早くありませんでした?
僕がメッセージを送った時にはもう貯まっていましたよね?」
何せ俺が送った“目標金額達成しました。柊さんはどうですか?”というメッセージに“僕もです。どこで落ち合いますか?”と2分後には返してきたくらいだ。
毎日リュシオンにせっつかれながら3DVの撮影やら編集やらしていた以外は睡眠時間を削ってプレイしていた俺が先を越されたのだ。
ぜひどうやって金策したのか聞いてみたい。
「それはカクタスさんもでしょう。
正直、これだけ早く目標金額に達するとは思ってませんでした。
もしカクタスさんが間に合わなければある程度都合付けるつもりでいたんですが、必要なかったようで安心しました」
にこにこしながらこの余裕である。
ゲームの序盤でこれなら末恐ろしいとさえ思ってしまう。
「ちなみに金策はどちらで…?」
「ちょっと海に出てました。
海賊にちょっとばかりお手伝いしていただいて、密輸なんかを少し…」
人畜無害そうな笑みを浮かべつつ内緒話する時のように口元に手をあて、とても楽しそうなトーンの小声で教えてくれる。
か、海賊船に密輸…やっぱり只者じゃなかった!
どおりで早かったわけだ。
商人プレイでは剣士や魔術師のようにモンスターを倒すこともないので戦闘系スキルは基本的に伸びない。
よほど頭を使わなければ、血の気の多そうな海賊を味方につけられないだろう。
そんな海賊たちを使って高額で取引される違法品を売り捌くのはリスクも高いが旨味も多かっただろう。
あの口ぶりでは俺の金策が間に合わなければまだまだ荒稼ぎしていたような雰囲気さえ感じとれる。
…俺では遠く及ばない頭のキレと黒さだ。
柊さんもまた“自由”なプレイを楽しんでいる、ということだろう。
「カクタスさんこそどちらで?
後学のためにぜひ教えていただけたら嬉しいんですが」
柊さんは丸眼鏡の奥を輝かせながら俺に同じ質問を投げかけてくる。
こちらから尋ねてしまった以上は答えないわけにもいかない。
だが頭と度胸を駆使したであろう柊さんと違い、俺はただの脳筋作業プレイに従事していたことを明かすのは少々恥ずかしい。
「僕なんて大したことないですよ。
交易品を移動式露店に積んで各地を走り回っていただけで」
「“だけ”なんて謙遜することはないですよ。
モンスターを倒すか振り切るだけの技量がなければデスポーンの憂き目に遭っていたでしょう。
僕には選択できなかった金策方法です。
カクタスさんはもっと胸を張ってください」
「いや、まぁ…あはははは」
純粋にすごいと褒められると居心地が悪いが、訂正して変に話がこじれると面倒なので曖昧に笑って流した。
「では、さっそく購入しましょうか。
名義はカクタスさんでお願いします」
「了解です」
二人そろってカウンターに向かうといつもの美人な受付嬢が相手をしてくれた。
「今日はどういったご用件でしょう?」
「共同購入したいので、手続きをお願いします」
ゲーム中では個人間でも簡単なアイテムや金銭のやり取りは可能だ。
それぞれがトレードするアイテムやコインを小さなトレード画面でやりとりできる。
だが今回のように一人では購入が難しいアイテムがあった場合、代表者にコインを預けて代表で買ってもらうとなると完全に信用問題になる。
購入したアイテムは代表者の私物扱いになるからだ。
自由を謳う詐欺プレイだって可能なゲーム、それがクロス・ファンタジー。
だが商人としてそんな危うい取引はしたくない。
その契約の仲立ちをしてくれるのが商業ギルドだ。
商業ギルドを通すことでお互いに不安を感じることなく取引を行うことができる。
今回のように共同購入の場合は共同でコインを出してアイテムを手に入れられる他、共同購入したプレイヤーの同意がないと売却や譲渡ができない。
また購入の際も商人登録証に紐づけされた銀行の口座からそれぞれ指定した金額を引き出してくれるので、銀行からコインの詰まった重い革袋を運ばなくていい。
それに購入するアイテムを扱っているのが大きな都市にある有名店だった場合は転送して届けてくれたりと、とても便利だ。
「賜りました。
では共同購入される方の商人証明書の提示と契約書の記入をお願いします」
俺達はそれぞれ商人ギルド発行された商人証明書をカウンターに出して契約書に目を通す。
そして購入者の代表者の欄にキャラクター名と購入金額である450万を記入して柊さんに手渡す。
柊さんも共同購入者の欄に自分のサインと金額を書き込んで受付嬢に差し出した。
「確認しました。
アイテムを持ちしますので、少々お待ちください」
受付嬢が契約書を持ってカウンターを離れて奥の部屋へ消える。
俺はその間に荷物袋の中から“はじめての商売指南書”を取り出して柊さんに差し出した。
「じゃあこれを」
「わ、ありがとうございます。
おいくらですか?」
「え?」
「え?」
俺達は互いに互いの顔を驚いて見返すことになった。
どういうことだ?
「金策の提案をしていただきましたし、時空魔法の本を先に習得させてもらうということでこのスキル本をお貸しするっていう話でしたよね?」
「金策の方法って言っても、僕はただマラソンするしかないですねって言っただけですよ。
何も教えてませんし、そもそもカクタスさんは僕とは違う方法でお金を稼いできたじゃないですか。
それに時空魔法の本を割引価格で購入できたのもカクタスさんのおかげです。
逆に言えば25万コインで優先権を僕から買い取ったとも言えます。
ですのでそちらの本は時空魔法の本とは別で、レンタルか譲渡という形になるのかな、と」
なるほど。
柊さんは柊さんでちゃんと考えてくれていたらしい。
むしろ俺自身よりちゃんと考えてくれていたっぽい。
俺なんかは柊さんがただ10日間何もせず待ちぼうけにならないようになればいい、程度にしか考えていなかった。
でも柊さんは冷静に状況を判断して客観的に価値があるものをちゃんと計算してくれていたらしい。
俺としてはこんなゲーム始めたてで1000万もするアイテムを手にできたということこそが恩恵であり取れ高だ。
3DV映えすると言い換えてもいい。
3DV中では共同購入者がいることは伝えても、後々問題になるといけないので柊さん本人に登場してもらう予定はない。
が、こんな時期に時空魔法のスキル本を入手したという3DVを出せるのは間違いなく柊さんのおかげである。
だから商売指南書のスキル本を貸すことくらいお安い御用だと思っていたのだが…。
「うーん…。
じゃあこの本のスキルはもう習得してしまったので、柊さんにお譲りします。
その代わり、今後とも良い関係を続けてもらえれば嬉しいです」
この商売指南書はもうスキルも習得してしまったので柊さんから返してもらったら露店かどこかで売ってしまうつもりでいた。
時空魔法のスキル本ほどの高額商品ではなかったものの、全アイテム5%引きのスキル習得ができるこの本は露店で並んでいたスキル本の中では頭一つ飛び出るような価格帯だった。
この本の価値が分かる人にはそこそこ良い値段で売れるだろうと考えていたのだが。
柊さんはきっと俺以上にこのスキル本の価値を知り、活用してくれる人だろう。
今後もどんどん成長して大商人、豪商と呼ばれる日も遠からず来るだろう。
扱う商品も高額化、レア度が高くなっていく見込みも十分にある。
そんな人とちゃんとした人脈を築くチャンスだ。
「そんなこと…。
僕の方こそ今後も仲良くやってもらえたらって思っていたくらいです」
俺が差し出した本を受け取りながら柊さんはほっこりする笑みを浮かべた。
柊さんも“同化”プレイをしているのだろう。
この笑い方はプレイヤーキャラが使える数種類ある“笑み”のエモーションのどれとも違う。
まさに虫も殺せないレベルで人畜無害っぽい。
10日とかからずに450万も荒稼ぎしたとは、到底思えない。
…いや、ホントに。
アバター詐欺とまでは言わないが、ギャップがすごい。
柊さんは線の細い気弱な丸眼鏡をかけた青年の姿をしている。
笑うと愛嬌というか、どことなく愛らしさに似た印象を受けてしまう。
このアバターで海賊たちと互角以上に渡り歩いて荒稼ぎするとかとても想像できない。
どうしてわざわざこんなキャラクターメイクしたのか、もっと仲良くなれたら聞いてみたい。
「柊さんは珍しいアイテムとか取り扱ってくれそうですし、商業ギルドがない町への配達があったら商売がてら承りますよ」
時空魔法 初級編の中には訪れたことのある村や町へ瞬間移動するテレポーテーションの魔法が入っている。
確かに一度訪れれば自力で訪れることもできるが、遠距離になればなるほど消費するMPも比例して多くなる。
柊さんが海を拠点にして商売をするつもりなら当分は港町を中心に商売することになるだろう。
逆にレアアイテムを購入したい冒険者たちは商人とリアルに会うことができなければプレイヤー同士であっても商品の売買をすることができない。
当然商人ギルドに加入している可能性は低いわけで、そうなると配達役を引き受けてくれる人が居る方が都合がいいはずだ。
ラスボスレベルのキャラが徘徊するような地域へはレベル的にも距離的にも行くことは不可能だが、マラソンで鍛えた脚力と隠密能力を使えばそこそこの村や町へなら行くことができるだろう。
「いいんですか?
でもそうなるとカクタスさんのプレイのお邪魔に…」
俺の提案に柊さんは申し訳なさそうな顔に変わった。
運搬に時間をとられるとせっかくの商人プレイなのに時間がかかるわりに儲けが少なくなると心配してくれているらしい。
生まれながら商人思考の人なのかもしれない。
「いえ、あの実は…」
だから俺も自分の狙いを話す事にした。
まだ弱小配信者ではあるものの、自分が3DVをアップロードし続けていること。
レアアイテムを取り扱えることは取れ高的に有難いこと。
むしろ取れ高が得られないとゲームを続けることが難しくなること。
「…と、いうわけなんです」
「なるほど」
ゲーム内でも商品紹介かというネガティブな考え方もできるだろう。
でもアイテム制作がどうなるのか分からない以上は上手くいかなかった時の安全牌も用意しておきたい。
スキル本にしても内容をそのまま映し出すのはNGでも、その効果を紹介することはできるだろう。
交易品にしてもどの町でおおよそどのくらいの価格で手に入るのかを紹介することはできる。
それはクエストで必要となる場合もあるし、収集物としてアイテム屋に預けておくプレイヤーもいるかもしれない。
レアアイテムを紹介することができれば、いずれ検索から辿り着く人達もいるかもしれない。
そういうアイテムがどんどん増えれば定着してくれる視聴者…サポート登録をしてくれる人たちが増えるんじゃないかという狙いだ。
販売が決まったアイテムなら需要があるアイテムだと言うこともできるし、俺自身はちょっとばかしアイテム紹介の3DVさえ撮らせてくれたらアイテム購入の資金を用意する必要もない。
柊さんはわざわざその街に訪れるための旅費や大量のMPを消費する必要もないし、購入者側もわざわざ最寄りの港町まで移動する手間がなくなる。
みんなハッピー…なはずだ。
「わかりました。
今後ともよろしくお願いします、カクタスさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
柊さんはしばし色々と考えを巡らせていたようだが、やがて納得したのか解決したのかにっこり笑顔に変わった。
そんな柊さんと俺は二度目のしっかりした握手を交わしたのだった。
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