Chapter 24:クロス・ファンタジー実況 マラソン編



 商業ギルドで出会った柊と固い握手を交わした後、俺はその足で交易品を取り扱う店に向かった。


 道中リュシオンにネチネチ嫌味を言われた。


 だが“NPCが売ってるんだぞ。この時期に1000万コインもするアイテムを入手したプレイヤーがそうそういるとも思えない。これは取れ高じゃないのか?”と言い返すと黙った。


 3DVでは一番であることには付加価値が付く。


 これは最も高い商品を扱うこともそうだし、新商品を誰よりも早くゲットしてアップロードするということも当てはまる。


 誰よりも早いからこそ、その情報源として価値が生まれる。


 特に今後値上がりする見込みのあるアイテムだから、なおさら。


 …まぁそれでも、俺も急ぎつつも睡眠時間は確保したいのでなるべく効率よく動くつもりではいる。


 動画撮影や編集もやらなければ絶対にリュシオンが俺を詰るだろう。


 そこはかとなく廃人プレイヤーの香りがしていた柊のスピードに負けないようにしなければならないのはちょっと辛いかもしれないけど。


「頑張ろう…」


 こうして俺のマラソン生活が始まったのだった。





 アバターに同化したままのマラソンプレイは、本当にきつかった。


 卒業以来まともに運動らしい運動をしていなかったことも精神的には影響していたのかもしれないけど、想像以上にしんどかった。


 特に移動式露店を押しながら歩いた状態ではエルフの種族特性である俊敏性の恩恵を得られなかったのも大きいだろう。


 まぁそんなバカでかいものを全力疾走しながら押せればまた結果は違ったのかもしれないけど、俺自身にもキャラクターにもそんな筋力はない。


 でも同時に良かったこともあった。


 それは町と町の間を移動する時に常に隠密スキルを使い続けていたら、面白いほどに経験値が溜まった。


 本来は街道沿いでモンスターに遭遇しないようにとの安全策だったのだが、途中から楽しくなってついついずっと使い続けてしまった。


 そうしたところシーフやアサシン、あるいは忍者といった隠密スキルが優遇されている職業の初期値は軽く超えてしまった。


 もちろんただ初期値を越えただけなので、真面目にそれらの職業に就いて隠密スキルを育てられたら俺なんかでは到底かなわないのだけど。


 それとマラソンの途中、街道の端に露店を寄せて休んでいる最中に近くの森に近づいて採取できた薬草や木の実という新たな発見があったこと。


 距離はそこまで離れていなかったが場所が変われば分布している植物の種類も変わるらしい。


 その中でもいくつかそこそこの値で取引できる薬草もあったので、マラソンついでにその付近に露店を一時的に停めてそれらを採取した。


 完全な休憩時間にはならなかったが良い気分転換にはなったと思う。


 小銭だったけど多少の収入にはなったし。


 それ以外はとにかく無心で走った。


 いや、完全に無心でもなかった。


 走りながら3DVのネタを考えたりとか、人通りがないのを確認してからリュシオンと喋ったりはしていた。


 商人ギルドで見かけた金色のアヒルのオブジェを露店の屋根にとりつけて“走るラーメン屋台”とかどうだろうとかいう馬鹿話もしてみた。


 リュシオンには理解できなかったらしく、首を傾げられたけど。


 けどリュシオンは呆れながらも俺の雑談に付き合ってくれて、相変わらずの憎まれ口を叩いていた。


《さっさと今日の目標金額を稼いでログアウトしてくださいね。

 3DVの編集作業も残っているんですから》


「ん?それは一人でいると寂しいってこと?」


 ここ最近毎日しているやりとりだったので、ついつい茶化してみたくなってしまった。


 ふざけたらリュシオンはどう返すのか、それに興味が湧いたからともいえる。


《今日の編集作業は一人でするんですね。

 わかりました》


「冗談です!ただの出来心で~」


 リュシオンに声に一切の乱れはなかった。


 悲しいくらいに、なかった。


 代わりに冗談では済まされないトーンでダメージの大きい反撃が返ってきた。



 こんなのってないよ!



 と、こんな調子でたまにじゃれ合いながらマラソンを続けた。


 ずっと喋り続けると疲れるし、他プレイヤー達の目もあるのであまり集中して喋っていたわけではないけども。


 そんなこんなで目標金額までマラソンを走り終える頃には、俺も色々と得たものがあった。


 まず隠密スキルのレベルはそこそこのレベル帯の地域を走り回ってもモンスターには気づかれないくらい成長した。


 何せ所持している武器は木の棒という初心者冒険者でもやらないほど非力だ。


 モンスターに見つかって襲われたら全ロストの悲劇が待っている俺としては、喋りながら走っていても注意していた。


 次は筋力と俊敏性。


 “走っていた”と何度か言ったが、勿論最初の内は走れなかった。


 何故なら二対の車輪がついているとはいえ移動式露店を引くのにはとても力がいる。


 露店そのものの重さもそうだし、街道がアスファルトで舗装されているような真っ平らな道ではなかったからだ。


 そんな道をバランスを崩さないようにしながら移動するのだけでもだいぶ辛かった。


 けれどそれも続けていれば自然と腕や脚に筋肉がついていく。


 プレイ時間が限られている俺としても効率を求めるわけで、そうすると最初は歩いていたのがやがて小走りになり、途中から走れるようになっていた。


 走り始めた途端にエルフの種族属性である俊敏性のスキルボーナスが加算された。


 つまり筋トレのように腕と脚と腰の筋肉を鍛えつつ、走りながら俊敏性のスキルレベルも稼いでいたことになる…らしい。


 俺自身、480万強を稼ぎ終わってカクタスのステータス画面を見てビックリした。


 けれど俺にとって一番の収穫だったのはカクタスの個人ステータスではない。


 それは俺が向かった各町で取り扱われている商品の種類や相場、そして道中の休憩ポイントでコツコツ採取した薬草各種だった。


 これら採取した薬草類は薬屋に卸しても小銭は稼げるが、自分用にとっておきたい。


 なにせちょいちょいチェックしていたアイテムの時価検索で“薬師入門書”というスキル本を発見してしまったのだ。


 目標額の450万をオーバーして金策に励んでいたのは、このスキル本を買うため。


 高額商品を大量に買い込んでの移動だったので、30万オーバーで稼ぐとしても移動回数や移動距離は変わらないうのも良かった。


 とはいえ、せっかくの自由気ままな商人プレイだ。


 自給自足のポーション屋への道が開いてしまった以上は、そちらに向かってみるのも悪くないだろう。



 まずスキル本を手に入れたら違う効果のポーションを混ぜ合わせてみよう。


 楽しみだ。



 そんな事を考えながら俺は商業ギルドの裏に移動式露店を停めた。


 何故なら柊さんと待ち合わせているからだ。


 俺が目標金額が貯まったことをメッセージで送ったら、3分とかからずに連絡が返ってきた。


 このレススピードといい、貯金スピードといい、間違いない。


 柊さんは廃人プレイヤーだ。


 しかも商人というおよそ王道から外れた職業を選択する勇者レア・プレイヤー


 俺はどうやらしょっぱなからとんでもないプレイヤーと縁を持ってしまったようだ…。


 とにもかくにも、俺は…俺達はついに念願のスキル本を実際に手にすることができるようになったのだった。




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