Chapter 14:準備期間



 部屋に戻ってからのリュシオンコーチによる3DV編集講義はスパルタと通り越して鬼畜だった。


 “セミオートモード?ふざけてるの?〇ぬの?”というレベル。


 なにせ3DVそのものが2D(平面)で観られるわけではなく、3D(立体)が基本だ。


 あらゆる角度、テクニックを使った演出を考えることがもう標準になっている世界だ。


 撮影した映像の見せ方はもとより、BGMや場面転換など動画の構成要素である素材の一つ一つにこだわり突き詰めていけば完全に3DV編集の沼にはまる。


 その説明だけでも、とても24時間では足りない。


 何度口から魂が抜けかけたか、察して欲しい。


 冷血リュシオンコーチに何度ムチ打たれて飛び起きたか…ほろり。


 と、いうわけで


《日付変更まで残り3時間です》


 ピクニックから帰ってきてから今まで、ノンストップで続いていた編集講義の座学から解放されたのはそんな時間になってからだった。


「やっ、やっと終わったー!」


 思わず両手の拳を天井に向けて叫んでしまったのは当然の流れだった。


《寝言ですか?

 今まで説明してきたのは、動画編集の大雑把な内容だけです。

 全体の1割もまだ説明し終わっていません。

 各カテゴリについて細分化して説明していくのはこれからですよ》


「ふぉ…っ」


 喉から変な声が出た。


 ついでにまた魂が口から飛び出しそうになった。


 今日は口からよく魂が抜ける日だ。



 3DV編集舐めてました、すみません…。


 謝るから、もう許して。



 だが仮に土下座したとしても変なスイッチが入っているリュシオンはもう止められないだろう。


 何せ今のリュシオンは今まで見たことないほどイキイキとして輝いている。


 ようやく自分の本領を発揮できるチャンスがやってきたと言わんばかりだ。


 そんなリュシオンの講義を一時停止できるものは毎日の日課になっている3DVのための撮影だけだ。


 これは講義から解放されたと喜べばいいのか、新しい地獄タイムが始まったと悲しめばいいのか。


 なにせあれだけ張り切って講義をしてくれたくらいだ。


 今更“編集は雛形で”なんていう指示は聞いてくれないだろう。


 そう考えると、ものすごく気が重い。


 俺は同じ釜の飯を食った後で開けてはいけない扉を開いてしまったらしい。



 今から3DVネタを探すなんて、無理…。


「リュシオン、ちょっと相談があるんだけど」


《なんですか?》


 ようやく講義から解放され軟体生物よろしく椅子から床の上に溶け落ちている俺の頭上からリュシオンの声が降ってきた。


「明日もまだ3DV編集の講義が続くんだろ?」


《はい。

 明日からは起床したらさっそく始めましょう》


 ぐふぅ…っ


 そのうち神経が擦り切れて全身脱毛できそうデス。



 ラスボスの魔王様はわりと身近にいたらしい。


「だから勝負にでようと思う」


《勝負、ですか?》


 今まで講義に使っていた文字と画像がびっしり並んでいたボードを消しながらリュシオンが首を傾げる。


 俺は寝転がっていた床から起き上がってぐっと拳を握って力説する。


「思い切ってトーク3DV週間にしよう」


《はぁ…》


 リュシオンはいまいち俺の言葉の真意を掴みかねているようでまだ首を傾げたままだ。


 そんなリュシオンを下手に刺激しないように俺は慎重に言葉を選びながら自分の考えを話した。


「10~20分くらいの、短めのトークを撮影してしばらく投稿し続けよう。

 それなら何も買う必要ないし、そこまで編集に凝らなくてもいいだろう。

 背景を用意して、俺の向かいにソファーを置いて、ただ俺が喋る。

 それだけの3DV」


《トーク3DVを甘く見過ぎていませんか?

 トーク3DVは話すネタの話題探しから話し手の話術スキル、そして》


 冷めた目で冷静にツッコミを入れてくるリュシオンに掌を向けて制止する。


 言わんとしていることは、わかっている。


 俺には無理だろうと言いたいのだろう。


 そんなの俺自身が一番わかってる。


 でも。


「そもそもトークで数字を稼ごうとは思ってない。

 トークスキルがあるとも思ってないし。

 だけど編集を一から学ぶためには、このままじゃ時間が足りないだろう。

 まったく同じ構図で撮られたトーク3DV用の撮影データをどう編集するのか、学んだ編集方法を試せる練習にもなる」


 今日投稿しなければならない3DVはともかく、明日以降に投稿するトークの撮影は明日ある程度時間を作って一気にまとめて撮影してしまうこともできるだろう。


 3DVの母体となる撮影データを先に用意してしまえば、あとは編集作業に集中できる。


 編集していく過程でもし撮り直したくなったら、同じ話題で撮影し直すことも容易だ。


 毎日アップロードを続けるにあたって撮影ストックをもっておくことは重要だろうし、決して悪い考えではない…と思う。


 新規オープンの為の準備期間のようなものだ。


「期間は今のところ10日間を考えてる。

 3DV編集についての勉強会は明日から7日間に詰め込んでくれ。

 明日、10日間のトーク3DV用の撮影をまとめてやる。

 そこから毎日編集の勉強をしながら実際の撮影データを使って動画を編集していく。

 残りの3日間は編集に時間がとられたり、必要ならトークを撮り直したり、あと次の3DVのネタを考えたりするための予備日だ」


 これでどうだ。


 疲労した頭からひねり出したにしては我ながら名案だ。


《わかりました。

 では編集の勉強は主要なテクニックに絞って、効率的に行いましょう》


 口元に手を置いて俺の考えを聞いていたリュシオンはやや間をおいてからあっさりと了承してくれた。



 よっしゃああああああ!!


 底なし沼だった3DV編集の沼地獄回避成功うううう!!



 拳を握りしめる手に先程までの倍の力が籠ってガッツポーズになる。


 なんなら全身で踊り出したいほど歓喜していた。


《それと先程の提案ですが、動画は再生したとしてもあくまで立体的に見えている映像であって実体はありません。

 仮にソファを置いても視聴者はそれに座ることは出来ませんよ。

 ただインテリアを駆使すればそれらしい雰囲気を作ることはできるでしょう》

 

 うんうん。


 用意するものがソファーから卓上ランプや花瓶に変わっても構わない。


 大百科並みの3DV編集についての知識量を延々と詰め込まれる地獄から解放されたのだと思えば、前途は明るい。


 それに…一番良かったことといえばリュシオンの視線や言葉から棘や冷気がなくなったことだろう。


 これもまた同じ釜の飯を食ったおかげだと思えば悪くない。


《ところで本日投稿予定の動画のトークテーマはもう決まってるのですか?》


「うん。サンドイッチについて」


 俺は真顔でピクニックの時に持っていったバスケットを取り出した。


 サンドイッチはピクニックの時に食べたのだが、今俺の手の中にあるバスケットにはサンドイッチや唐揚げといったものが隙間なく詰まっている。


 5000年後の未来では、食料は全てデータだ。


 食べたら消えてしまう消耗品ではなく、アクセスしてアイテムを呼び出せば常に完成品として手元に呼び出せる便利アイテムだ。


 今日はこれについて語る。


 この商品そのものは貶さず、けれどさりげなく本来のサンドイッチの美味しさを希望や要望という形に変えて伝える為に。




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