Chapter 13:ピクニック(後編)
「じゃあ例えばこのクリスタルそのもののデータを全て書き換えることは可能なのか?」
相変わらずレジャーシートの上に寝転がった姿勢のまま俺の頭上に浮かんでいるリュシオンに問いかける。
リュシオンは嫌な顔をせず律義に俺の問いかけに答えてくれた。
本来ナビゲーターとしてするべき仕事に関しては、リュシオンは本当に真面目にこなしてくれる。
《いいえ、できません。
全ての
例えるなら、クリスタルの形状をしていたものは5000年前で言うところのパソコンにおけるショートカット、インターネットで言うところのURLでしかないのです。
それらはとてもデータ量が小さく、けれどサーバーにアクセスするため
には必要な“
通販ショップでアイテムやサービスを提供している各社はマザーサーバーの記憶領域に保存された自社製品にアクセスする権利を販売している、と言い換えてもいいでしょう。
ですからアクセスする権限しか有していないマスターがマザーサーバー内のクリスタルのデータ領域に干渉してデータ内容を書き換えることは出来ません》
ほうほう。
なるほどね~。
5000年後はそういう社会システムになっているわけだ。
俺が暮らしていた5000年前であれば何かを創り出そうとしたら…たとえば工作なんかをしようとしたら、身近なものを何でも素材として使うことができた。
紙や粘土、木の枝や石ころなんかだ。
けれどこの未来の世界は全てが
実在しているものには何一つ触れられない。
ブログやSNSに日記を書き込むことはできても、紙媒体の日記帳にペンで日記を書き込むということは不可能な世界だ。
《さっきから黙り込んで何を考えているのですか、マスター》
考え事をしていたら、ちょっと苛立ったような声が降ってくる。
寝ころんだまま目線だけ動かすとリュシオンが腕組みしながら俺の顔を覗き込んでいた。
質問をするだけして考えを話さない俺の態度に大変ご立腹らしい。
俺がリュシオンの存在をないがしろにしている、とでも考えたのか?
ともあれ、リュシオンが怒っているところなんて初めて見た。
ちょっと新鮮。
「うーん…窮屈だなって思ってさ。
この時代は確かに便利だけど、同時にとても不便だ。
クオリティの高さは認めるけど、全てがデータでしか存在できないっていうのがさ。
クオリティの高いコピー品が大量に出回るっていうのは便利は便利だろうけど、下手くそでも自分で作った手作りのものが残らないっていうのはなんか寂しいなって」
これはないものねだりなのだろう。
あはは、と頭を掻きながら言葉を締めくくった俺の頭上で今度はリュシオンが黙り込んだ。
とても意外そうな顔をした後、真剣な表情で考え込んでいる。
声をかけていいのか迷って暫く黙っていたが、俺が沈黙に耐え切れずに口を開く前にリュシオンの方が先に言葉を発した。
《マスターは創作方面に興味があるのですか?》
「え?あ、別に改まって興味って言うほど強い興味じゃ…」
リュシオンの視線が痛いくらい鋭いので、思わずもごもごと口ごもってしまう。
そんなに深い考えがあったわけではない。
商品化されているアイテムと同じレベルのクオリティで何かを作れるという自信や計画があるわけでもない。
だからそうまでして真剣にとられると、正直とても困る。
《マスターはそういった方面にはまるで興味がないのだと思っていました》
「へ…?なんで…?」
特にその手の事が好きだ嫌いだという会話はした覚えがない。
何故そんな誤解が生まれたのか。
《マスターが考えている創作の根本にあるものが自己表現欲求なのだとしたら、マスターは最も身近な自己表現の場を自ら放棄して私に丸投げしているので》
なんだそりゃ?
「え、いつ…?」
《毎日しているじゃないですか。
動画の編集は雛形でいいと私に言ったじゃないですか。
しかもどの雛形を使っているのかさえ、マスターは知らないでしょう。
どんな編集をされて動画が投稿されているのか、マスターは興味すらない。
これで再生回数やサポーター登録者を増やせる
「ぐっ…それは…」
だって撮影中ずっと無表情のリュシオンの視線が絶えず突き刺さってくるんだぞ!
絶対に上手くなんて撮れているはずのない撮影データを眺めながら毎日自分の手で編集するなんて…そんな拷問に耐えられるほど俺のメンタルは図太くないんだ。
《それは?》
しかしずずいっとリュシオンの小さな顔が迫ってくる。
質問に答えない限り解放はしてもらえなさそうな空気だ。
正直に話すか、適当にはぐらかすか。
…ええいっ
「リュシオンがつまんないって顔でずっと見てるから、こっちはすごく緊張するんだって!」
《私が見ているのは撮影の為です。
つまらないのは事実だから仕方ありません。
緊張するというのであれば、いつでも“カモフラージュ”すると言っています》
思っていた以上にバッサリ切られた!
しかもリュシオンの奴、ハッキリつまんないって言ったぞ!
くそぅ…
「カモフラージュしたって、いるものはいるじゃないかっ。
それにカメラのレンズに向かって大きな声で独り言を言い続けるってすっごく居たたまれないんだぞ!
その上、つまんないとか言われるし…っ」
涙が出そうだ。
毎日拷問のような時間に耐えてきたのに、こうまであっさりつまらないと言いきられるなんて。
《3DVパフォーマー達は必ず通る道です。
自分の映像を振り返ってできなければ、改善も成長もありません》
ぐぅ…っ。
俺は、俺自身は別に3DVパフォーマーになりたかったわけじゃ…っ
反論しようとして、やめた。
結局言うだけ無駄なことだと気づいたからだ。
課題をクリアしなければいけない以上は俺もまた通らなければならない道…なのだろう。
《5000年前の文化で例えるのならば、泥だらけの生野菜を皿にのせて出してくるレストランに料金を支払う客がいるか、とういうことです。
マスターの今までの行動は、まさにそれと同じです。
希少価値のある宝石でさえ、元はくすんだ石の塊にすぎません。
その石を美しくカットし磨き上げるからこそ多くの人々が心を奪われたのではないのですか?》
ぐぬぬぬぬ…
ド正論を突きつけられて唇の端を目一杯左右にひきつらせて押し黙る。
今日いつもの自分と一味違ったのは、俺だけではなかったらしい。
突きつけられているナイフから氷気が消えてもその鋭さは変わらなかったけれども。
《ローマは一日にして成らず、です。
慣れていない、知識不足は今のところ仕方ありません。
けれどそれに甘えて何の努力もしないのであれば、何年経とうとも成長はしません》
おっしゃる通りです、ええ。
何も言い返せませんとも。
子供の頃に自分が創ったキャラクターの姿で正論を突きつけられるという精神的ダメージもゼロじゃないけど。
しかしリュシオンは俺のサポート役だ。
名ばかりとはいえ一応はマスターと呼ばれている俺がただただ説教されているだけでは格好がつかない。
俺なりに最低限守っておきたいラインというのがある。
「リュシオンさんや、5000年前の喩えまで出して語ってくれるなら、そのままもうちょっと5000年前の流儀に付き合ってもらおうか」
《は…?》
言うなり突然起き上がった俺を怪訝そうな顔をしたリュシオンが華麗に避ける。
別に何かを狙ったわけではないが、基礎スペックが高すぎて少しばかりジェラシーを感じる。
決して暴力的な意図があったわけではなく、ただこれからしようとしていることを実行するために起き上がらなければならなかっただけだ。
思考の隅で小さく舌打ちしたりは…していない。
気を取り直した俺は先程購入したばかりのバスケットを取り出す。
“ランチボックス”という商品名で売られていたバスケットの蓋を開けると、サンドイッチやら唐揚げが顔を覗かせた。
片隅の水筒の中身はお上品にも微糖のストレートティーらしい。
ショップの商品紹介欄に書いてあった。
「“同じ釜の飯を食う”ってやつだよ。
ほら」
卵サンドを口に運んでパクつきつつ、リュシオンにはハムとレタスとトマトが挟まっているサンドイッチを差し出す。
なにせリュシオンは身長20センチくらいのフィギュアサイズなのでそのサイズ比率がだいぶおかしいけど、そんなのは些細なことだ。
《ナビゲーターは食事をする必要はありませんが。
そもそも味覚のデータは搭載されていません》
冷静なツッコミをどうも!
だがそんなのは最初から織り込み済みだ。
なにせもう三カ月近く一緒に暮らしているのに、リュシオンが食べたり寝たりするのを見たことがない。
でも今の俺はそんなことじゃへこたれないぞ。
「“これから仲良くやっていきましょう”っていう気持ちが大事なのっ。
俺のサンドイッチが食べられないって言うのか?」
色々と理論がゴチャゴチャな自覚はある。
が、そんなことは些細なことだ!
酔っ払いのおっさん理論でごり押ししてでも、リュシオンには俺の我儘に付き合ってもらう。
ずいっと野菜サンドを掴んでいる手をリュシオンの方へさらに押し付けると、まだ憮然とした顔をしていたもののリュシオンはサンドイッチを受け取った。
そして難しい表情のまましばらく俺とサンドイッチを交互に見て、溜息をついてからようやく白いパンの部分に齧り付いた。
うん、どう考えてもサンドイッチが大きすぎるな。
なんか、ごめん。
手の中の卵サンドを食べ進めながら、内心でひっそりとリュシオンに詫びた。
薄い卵フィリングの味が舌にべっとりとこびり付く。
見た目は完璧なのに、5000年後のサンドイッチの味は残念クオリティだ。
しかしこれはサンドイッチに限らない。
ショップに並んでいる食品はどれも美味しそうな見た目をしているのに、どれもこれも味が薄かったり本来の味とは似ていないものに仕上がっている。
おそらく実際の味を自らの舌で味わうことがなくなってしまった未来人にとって、食事は毎日の日課ではなくただの娯楽の一種になってしまったのだろう。
そう考えるとなんだかちょっと寂しい。
それでも小さな口で大きなサンドイッチを頑張って食べようとしているリュシオンの姿を見ながら、俺は満足を感じていた。
サンドイッチの味はともかく、俺に歩み寄ってくれたリュシオンの気持ちが嬉しかった。
食べ終わったら、動画編集をリュシオンに教えてもらおう…。
自然と口元が綻ぶのを感じつつ、俺は卵サンドを食べ進めたのだった。
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