平均500万再生への道

れんげそう

Chapter 1:目覚め



『雪見(ゆきみ)君、お疲れ様。

 これで新人研修は全て終了よ。

 これからは同じ職場で働く仲間としてよろしくね』


 はい。


 弥生やよい先輩、指導ありがとうございました。


 今後ともよろしくお願いします…!


【使えない底辺のゴミが調子に乗るな。

 責任感も根性もない奴はすぐに逃げ出すんだ。

 わかるか?お前のことだよ!】


 そっ、そんなことない。


 今度は頑張ろうって決めたんだ。


" 期待しているよ、雪見君。我が社には若い力が必要だ。

 冷静なデータ分析とそれに負けない斬新な発想。

 そして失敗を恐れずチャレンジし続けられる精神がね“


 大葉おおば社長…!


 中途採用で俺みたいなのを雇ってくれた、その期待に全力で応えたいです!


【ハッ。

 人一倍ノロマで使えないくせに。

 怠け病で前の会社から逃げ出したお前みたいなのに、誰も本気で期待するわけないだろ?】


 そ、それは…。


【社交辞令って言葉、知ってるか?

 言葉の本質も見抜けない奴にマトモな仕事なんてできるわけないだろ。

 今までの懇切丁寧な研修なんて、ただのチュートリアルだ。

 誰にだってできる。

 大事なのは一人になってからちゃんとまともに仕事ができるかどうか。

 職場のメンバーとも取引先とも上手くやって、シビアな個人成績を伸ばしていけるかどうかだ。

 お前みたいなネガティブでコミュ障な奴には、円滑な業務どころかマトモな人間付き合いさえ出来はしない。

 前職を自己都合退社してから半年近くも引きこもってたお前にはな】


 ……。


【お前みたいな社会のゴミは一生部屋から出てくるなよ。

 まわりに迷惑しかかけないんだから】


 …………。





「……」


 暗闇の中で目が覚めた。


 会社の忘年会から帰ってきて、そのまま着替えて布団に潜り込んで。


 そのままぐっすり眠ったはずだったけど、まだ夜中なんだろうか。


「嫌な夢…」


 せっかく良い夢だったはずなのに、台無しだ。


 優しい弥生先輩がまだ仕事に慣れない俺にかけてくれた優しい言葉。


 忘年会でいつもにもない明るい笑顔で俺の肩を叩いてくれた大葉社長。


 そんな二人からの言葉を台無しにする悪意に満ちた声は、今となってはもう会うこともなくなった以前の職場の上司だ。


 “モラハラで新人いびりが大好きな屑”


 “仕事ができない上にそれを新人に押し付けて罵倒することしかしない無能”


 可愛がっているはずの部下達からそんなふうに陰口を叩かれていた人。


 拒否反応のおかげかもうその顔はぼんやりとしか思い出せないけれど、

時どき頭の中に現れては俺を詰る。


 以前の職場を離れ繋がりが切れてからもう9か月近く経つのに…。



《α波への移行、セロトニン濃度の増加を確認。

 起床モードに移行します》


 抑揚のない音声が聞こえたと思ったら、パッと部屋が明るくなる。


 つるりとした妙に光沢感のある天井が視界に入ってきて、目の前に飛び込んできた視界情報に困惑する。


 まだ社会的知名度の低いアットホームな会社が用意してくれた社員寮という名の古びたアパートの天井ではない、と瞬時に理解した。


 当然そんな部屋に設置されているのはリモコンのボタンでオンオフの切り替えができるタイプなどではない。


 物理的に紐を引っ張らないといけない古いタイプだ。


 当然のごとく俺の指は照明器具の紐には触れてもいない。



 そもそも今聞こえてきたのは誰の声だ?



 混乱しながらのそりと起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、見慣れたアパートのちょっと日焼けした白い壁紙とは似つかない壁。


 そして何インチかと思うほどの巨大モニター。


 そこに映し出されている映像が何かを理解した瞬間、俺は跳ねるように飛び起きて画面に駆け寄った。


「なっ…!?」


 巨大モニターに映し出されているのはどこか暗い病室のベットに寝かされている俺の姿。


 ベッドの周囲には規則的に心音を刻む心電図の他たくさんの機械が並んでいる。


 そこから伸びる色とりどりのチューブが俺の体にかけられた掛布団の下へと続いていた。


 思わず自分の体を掌でまさぐって、違和感を覚える。


 見下ろした体が着ていたのはいつも着ている寝巻用のシャツではなかった。


 俺が着ていたのは体にフィットする黒いボディスーツ。


 オリンピックで一部の選手が着ている全身を覆うタイプの競泳水着、あるいは漫画やアニメでよく見る巨大ロボットに乗り込むパイロットスーツのような見た目をしている。


 そんなものに着替えた記憶は、勿論ないんだけど。

 


 いや、しかし俺はこうしてここにいる。


 俺がここにいる以上は、あれは誰か俺のそっくりさんということになるだろう。


 あるいは俺が眠りこけている間にあの映像を録画し、そこからさらにこの黒いボディスーツに着替えさせてこの部屋に監禁した、とか?


 それで一体誰が得をするのかは分からないが、とにかくそういうことをしたならこの状況は説明できる。


 唖然として言葉を失っている俺の目の前でモニター画面の映像がパッと切り替わった。


『5000年後の未来へようこそ。

 無事に元の時代に戻りたければ、これから与える課題を全てクリアしてください』


「は……?」


 5000年後?


 課題?



 無駄に巨大なモニターに映し出された文字数はそれほど多くないのに、脳内処理が追い付かない。


 これは新手のドッキリか何かだろうか?


 だが俺が再就職した会社はアイディア商品を開発・販売している弱小企業だ。


 決して芸能関係の事務所ではない。


 アットホームと言えば聞こえはいいが少人数で経営している弱小企業。


 取引先は企業ばかりで一般的な知名度は決して高くない。


 そんな会社でようやく三か月の新人研修を終えたばかりの冴えない俺に、こんなドッキリを仕掛けて誰が喜ぶんだ?


 脳内が“?”マークで埋め尽くされている俺を置き去りにしてモニターの画面が再び切り替わった。


『課題1:3DV動画サイト<Infinite>への毎日1本以上の動画投稿

 課題2:3DV動画サイト<Infinite>におけるサポーター登録者数1000万人

 課題3:3DV動画サイト<Infinite>における平均視聴回数500万再生』


「はぁ…!?」


 並んだ課題に目を走らせて、思わず声が出た。


 顎が抜けるかと思った。


 土日に惰性で視聴している赤いの再生ボタンがトレードマークの動画サイトでさえ、超有名投稿者達が100万人登録でお祝いとかしているレベルだ。


 動画広告をつければ一般サラリーマンでは到底手が届かない年収を稼ぎだす彼らはもはや雲の上の存在とも言える。


 そのおよそ10倍。


 3DV動画サイト<Infinite>とやらがどんなサイトなのかは知らないが、動画投稿に興味はない。


 そもそも基本的に動画サイトの利用者の9割以上がただの一般視聴者だろう。


 俺ももれなくその内の一人だ。


 辛うじてスマホ一台で動画投稿ができるのだという知識はあったが、自分が動画を投稿するなんて考えたこともなかった。


 それにわざわざ“3DV”という単語に動画というルビが振ってあるのも気になる。


 普通なら逆じゃないのか?


 まるで3DVのほうが普段使いしている単語で動画のほうがそうでないというような扱いだ。


 そもそも3DVって何だ?


『注意事項

 ・2年以内に全ての課題を達成できない

 ・違法行為、モラルを著しく逸脱した言動

 ・公的機関への訴えや駆け込みを含む第三者への事情説明

 上記の項目が一つでも発見された場合、即時生命維持装置の動作を停止致します。ご了承ください』


「……」


 ぼんやりと画面を見つめたままがくりと膝をついた。


 ご了承するわけないだろう…。


 そもそも勝手に拉致して無理難題押し付けながら脅迫するような奴が、違法行為するなとか。


 まさに“お前が言うな”


 これはどれだけ出来の悪いギャグだ?


 センスは最悪だ。


 小学生でさえ反論できるような、無茶苦茶で倫理観の欠片もない…


「あ……なんだ、夢か」


 ふっと思考が行きついた先の答えが唇から零れ落ちた。


 俺はまだ眠っているのだ。


 暴走自動車が車道をはみ出して突っ込んでくる、包丁を持ったピエロに笑いながら追いかけ回される。


 そういう悪夢特有の理不尽さ。


 あれに似ている。


 どんなに努力しても、結局最後には死が待っている。


 何もしなくても、最後には死ぬ。


 むしろ必死に努力をすればするほど悪夢は鮮明になり、強烈なショックを伴う。


 だったら最初から何もしない方がいい。


 どうせ目が覚めれば、この手の出来の悪い夢のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。


 むしろこんな風に理不尽な要求を突き付けてくる悪夢には慣れている。


 この夢のおかげで忘れたい元上司が出てくる悪夢の記憶を上書きして消してしまえるのなら好都合だ。


 俺の口元は無意識に笑みを形作っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る