第34話
「じゃ、じゃあ次はこの黒い何かだ」
「それは卵焼きだよ」
ほたるが口を尖らせて言う。
た、卵焼き……だと? この真っ黒な物体が卵焼きだと言うのか。玉子が残念なくらいに黒く焼けただれているぞ。『サンダー』にでも撃たれたのか?
箸を入れると「カスッ」と乾いた音がする。水分という水分が干上がってて、まるで保存食だ。お湯をかけて三分待てば食べ頃になるのか?
ええい、ままよと口に放り込む。
「……うん。これは玉子焼きだ」
「だろ?」
語弊があるかもしれないから言っておくぞ。たしかにこれは『玉子』を『焼いた』モノだ。玉子を焼けば『玉子焼き』だ。否定はしない。
だが、黒い卵焼きなど俺は今まで見たことがない。出汁や砂糖の代わりに暗黒物質でも混ぜ込んでいるのだろうか、ダークマターの味は苦かった。
「どうだ、ウマいか?」
ほたるは嬉しそうに尋ねてくるが、ここでお世辞にも「美味しい」などと答えるのは優しさではないぞ。
「めちゃくちゃマズい」
「嘘っ!?」
「嘘っ!? じゃない。てか驚くところじゃないだろ」
だいたい味噌汁にバナナを入れるか? もしかしてほたるもマリヲカートをやり過ぎて、バナナの皮でスピンしながら作ったんじゃないだろうな。
「それに、このご飯だ」
俺は茶碗をほたるの眼前に突き出す。
「あはは、それは失敗したやつ」
「それはって何だよ、これ以外は成功してるのか!?」
三品の中で唯一まともに食べられるご飯が、ほたる曰く「唯一の失敗」とは。俺は力なく茶碗を引っ込め、最後の一つ、邪悪なオーラを解き放つ真っ黒な卵焼きを指さした。
「じゃあ、この卵焼きだ。こいつは電撃でも受けて真っ黒になっているのか? 俺は冷蔵庫に『サンダー』を入れておいた記憶はないぞ」
「それはよく焼いたからな。玉子のサルモネラ菌は十分に加熱するといいんだろ?」
なぜそこまで知ってて卵焼きのレシピを知らない。
「まったく、料理だけは俺の方が上だな」
「なんだよ、あたしは一生懸命作ったんだぞ」
と言って、ほたるは自分でも卵焼きをかじり、ご飯を口に運び、味噌汁をすすると、
「……マっズ!」
まるで『サンダー』の電撃に撃たれたように痙攣し、白目を剥いた。そりゃそうだろうよ。
「たはは、これは全部失敗作だな。ごめんごめん」
苦笑いを浮かべたほたるは、そそくさと料理を下げようとした。その指先に一つ、絆創膏が巻かれている。
包丁を使うメニューなんてないのに、どうして絆創膏を使うんだよ。ヤケドでもしたのか。絆創膏でヤケドは治らないぞ。
「いいよ、食べるから」
俺はほたるの手から暗黒卵焼きを取り返し、茶碗からベチャベチャのご飯をかき込む。
「あ……」
「ほたるにも出来ないことがあるんだな。それを見られたのは良かったよ」
卵焼きを平らげ、味噌汁を飲み干した。塩気と苦みと甘みが口の中で十六連鎖して、もはや何を食べているのかわからん。
「でも、次は俺が作るからな」
箸を置き「ごちそうさま」と手を合わせるとほたるは、
「……うん」
と俯いて頬を染めていた。
お皿に茶碗を重ねてキッチンへ持っていく。洗い物くらい俺がやるさ。指、ヤケドしたんだろ?
洗い場のシンクには、焦げ跡が痛々しいフライパンやら味噌汁から吹きこぼれた鍋やらが無残な姿を晒していた。
いいさ、洗い場は俺の
「ほたるは何が食べたい?」
ひょいと頭を傾けて聞くと、帰ってきた答えは、
「レタスチャーハン!」
「お前、同じものばっかりだな」
「いいだろ、大好きなんだから」
「へいへい、レタスチャーハンね。必ず作ってやるよ」
「絶対だよ、約束だかんね」
なんかこうしてると、本当に同棲してるみたいだな。
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