第31話

「で、どんなゲームをやるんだ? またあたしの苦手そうなのを見つけたのか?」


「いや……」


 俺はつけっぱなしのPlayVacation用ソフトのオープニング画面が映るテレビを指さした。


「マリヲカートだ」


 もうほたるが苦手そうなゲームで勝負するのはやめだ。どんなレトロなゲームでも、どんな腕力が必要なゲームでも、勝ったところでそこはほたるの舞台じゃない。


 俺が一番得意なゲーム。そしてたぶん、ほたるも一番得意なゲーム。マリヲカートで勝負だ。


「ふうん……まあいいけど」


 一瞬、望月ほたるが「ふふっ」と笑ったような気がした。


「で、和馬が勝ったらチューでいいか? それともいきなりエロゲしちゃうのか?」


 ほたるの顔がイジワルに俺を覗き込む。


「あたしはどっちでもいいぞ。あたしはエロゲのヒロインなんだ、和馬が勝ったらあんなことも、こんなことも許してやるぞ」


「いや、チューはいい。エロゲもなしだ」


「ほえ? そうなのか?」


「言っただろ? 俺は本当のほたるが見たいんだ。ゲームで勝って、本当のほたるに会いたいんだ」


 俺は、今まで生きてきた中で一番真剣な顔をしていたと思う。高校受験よりも、バイトの面接よりも、親父に一人暮らしを許してもらう時よりも。


 そうだな。俺にはまだ経験がないけど、もし俺が女の子に告白するような瞬間が来たら、きっとこんな顔をするのかもしれない。


 二人並んでテレビの前に腰を下ろす。コントローラーを握り、マリヲカートのデモ画面をキャンセル、オープニング画面から『対戦モード』を選択。


 俺のキャラはビビンパ。


 ほたるは普通のマリヲにカーソルを合わせた。


「あれ? この前みたいに裏マリヲを使わないのか?」


「あれは裏技が強すぎるからな。和馬じゃ百年かかっても勝てないぞ」


「なんだよ、手加減するつもりかよ」


 そいつは許さないぜ。本気のほたるに勝たないと意味がないんだ。


「あたしは本当はこっちがメインなんだよ。あたしがマリヲで本気を出したら、和馬は百万年かかっても勝てないぞ」


 なるほど、そういうことか。


 でも待てよ? ということは、以前にやったレースは手加減してたってことか。ほたるが一番得意なのは実は表マリヲで、あの時は裏マリヲを使ってあんなに強かったってことか。


「望むところだ」


 そういうことなら依存はない。ガチの勝負だ。


『Are You Ready?』


 シグナルが赤から青に変わり――


『START!』


 マリヲがロケットスタートで飛び出す。俺もロケットスタートを入れたが、加速性能の高いマリヲが先頭に立った。


 なるほど、あの時は本当に手加減してたのか。いいぜ、受けて立つさ。


 最初のコーナーを抜けてマリヲが先頭。マリヲはブレ幅の小さいキャラだが、それ以上にコーナリングのドリフトが上手すぎて、そこで差が広がってしまう。


「なんて上手さだ」


「にしっ!」


 横目に映るほたるが眩しく発光している。ちょっと前に気付いたけど、この光はほたるが楽しんでいる証なのかもしれない。


 ほたるはアイテムボックスを取らずに走り抜けた。


「なるほど。アイテム無しの、テクニック勝負ってことか」


 俺もアイテムをスルーしてマリヲの背中を追いかける。俺のビビンパは最高速度がマリヲよりも速いから、ストレートでは差を縮めることができるが、


「くそ、コーナーで追いつけない!」


 どころか、コーナーを曲がる度にほたるとの差が広がっていく。さすがに上手い。裏技無しの方が速いのは本当だぜ。


 一戦目は余裕で負けてしまった。


「もう一戦だ」


「ふふん、いくらでもかかって来なさい」


 鼻で笑うほたるが悔しいほど可愛い。言葉以上に強気な碧眼がすごく綺麗だ。そしてほたるは……とても楽しそうだ。


 結局、俺たちは次の日の夕方までかかって四百十六回のレースをし、


『四百十六戦、全敗』


 俺の全敗だった。


「ウソだろ?」


「にっしっし、どうしました? kazumaxさん」


 ほたるがイジワルに言う。


「スイートパフェ杯で優勝した俺がコテンパンじゃねえか。ゲーム最強キャラの『裏マリヲ』よりも強い『表マリヲ』なんて聞いたことがねえ!」


「マリヲはゲームのメインキャラじゃん。だから裏も表も、どっちも一番なんだよ」


 裏でも表でも一番、か。上手いこと言うな。


 じゃあ『らぶ☆ほたる』の望月ほたるは、ゲームの中のほたると、今ここにいるほたると、どっちが表でどっちが裏なんだろうな。


 ふふっ……!


 俺は思わず吹き出してしまった。


「どうした和馬。負けすぎて頭がおかしくなったか?」


「いやいや、そうじゃなくて……」


 そんなことを聞いたら、きっとこう言われるんだろうな。


 ――どっちもあたしだよ。


 って。

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