第30話

 そしてチェッカーフラッグ。


「……勝った」


 少し遅れて裏マリヲが、その後ろからユッケとグレートテレサがゴールイン。


『優勝 kazumax!』


「勝った!」


 俺のビビンパが太い腕を上下させてガッツポーズを取り、満面の笑みでウィニングランに入った。


「勝った、勝ったぜスイートパフェ杯!」


 俺は勝利の雄叫びをあげ、画面に映るビビンパのウィニングランを見つめた。二位になった裏マリヲがどうして『赤甲羅』を撃ってこなかったのかが気になるが、まあ俺も『サンダー』を使わなかったからな。


 もしかしたら「俺がサンダーを使ったら撃たれていたかも」なんて想像もなくはないが、とにかく、


「kazumaxの勝利だ!」


 一人部屋で高らかに吠える。と、こんな時に、


 ピン――ポン――と、誰かがチャイムを鳴らしやがる。誰だよ、勝利の余韻に浸る俺を邪魔するのは。


 しかし今は許そう。俺は最高の気分なんだ。これが怪しげな訪問販売や新聞の勧誘でも、今なら笑顔で判を押してしまうかもしれないぞ?


 俺は嬉々として玄関を開け、


「はいはい、こちらマリヲカートチャンピオンの百瀬kazumax! 新聞の勧誘なら洗剤二箱で判を押しちゃうタイムセール中」


「だ~か~ら~、そのダサいアカウント名はなんとかならないのかよ」


 そこにいたのは怪しい訪問販売でも新聞の勧誘でもない、長い金髪に美しい碧眼のエロゲヒロイン、ほたるだった。


「ほたる! お前、いままでどこに……」


「あん? だって今日はお姉さんが来るんだろ? 家にいたらまずいって言うから外にいたんじゃないか」


「外にって、今までずっとか?」


 時刻は夜の九時過ぎ。当然、外は真っ暗だ。朝早くからこんな時間まで、


「どこにいたんだよ」


「んっと……それは内緒な」


「なんだよ」


 ほたるが行く所なんてないだろうに。ゲーセンか俺が働いてるレストランくらいしか行ったことないだろ。


「それより、お姉さんにバレなかったか? あたしがいたこと」


「ああ、それは全然。っていうか部屋を片付けてくれたのか」


「ま、一応な。散らかしたのはほとんどあたしだし、迷惑かけたのも悪かったからさ」


 ほたるは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。部屋を散らかしてたことと、不貞腐れてたことを言ってるのだろうか。


「迷惑って、そんなことない。ずっと散らかし続けてもいいんだ」


「ずっと……か」


 と、ほたるは困ったような顔をした。そうだった、ずっとなんて無理なんだ。ほたるはあと数日で……。


「な、なあ。あたし腹が減ってんだ。レタスチャーハンを作ってくれよ」


「え? あ、ああ」


 ほたるは「ハ~ラ減った、腹減った」と、どこかで聞いたことがあるようなメロディで歌いながら、両の指でリズムを刻みながらリビングへと入っていく。


 その姿はあっけらかんと、何事もなかったかのように見えるのは気のせいだろうか。お前、あと数日でいなくなっちゃうんじゃないのか?


「やっぱ和馬のレタスチャーハンはウマいな。あたしはこれが大好きなんだ」


 これでもかってくらいに大盛りでこしらえたレタスチャーハンを、ほたるはガッツガツと口にかきこむ。


 お淑やかさの欠片もない、清楚とは程遠い、でも明るくて幸せそうな笑みがそこにあった。


「ウマそうに食べるよな」


「ん? ふふぁひほおふってるほひははれへほしははへらろ」


 何を言っているのかわからん。俺は思わず吹き出しそうになった。


 スプーンを雑に動かして、口の中いっぱいにチャーハンを頬張る。ほっぺに米粒が付いてるぞ。


 でも俺は、こんな顔して食べるほたるが好きなんだ。


 ズボラで口は悪いし、性悪だし、バグってるやつだし、ゲームの中の望月ほたるとは全然違うけど――


 俺は、今ここにいるほたるが好きなんだ。


「いや~。食った、食った」


 二人前はあったであろうチャーハンは、ものの数分で吸い込まれてしまった。その細い身体のどこに入るんだよ。


 俺は皿とスプーンを洗ってから、ソファで恍惚に満ちているほたるに言った。


「なあ、ゲームの対戦をしないか?」


「今から?」


「今日はバイト休みだからな。いくらでも時間はある。それに俺は決めたんだよ。必ずほたるとのエンディングに辿り着くって」


「そんなにエロゲ展開がしたいのか」


 ほたるはまるで「まだ諦めてなかったのかよ」って言いたそうな顔だ。でもそうじゃなくてさ。


「俺も最初はそれが目的だった。エロゲの中から出て来たほたると、リアルなエロゲエンディングを迎えようと思ってた」


 でも今は違うんだ。


 チューが欲しいとか、エロゲ展開がしたいとか、まあ少しはあるけど、そうじゃない。俺はまだ、本当のほたるを見ていないんだよ。


 ゲームのほたると、今ここにいるほたる。どっちが本物とかじゃなくてさ。


「俺はゲームという舞台でお前に勝って、本当の望月ほたるが見たいんだ」


 ほたるはキョトンとしていた。「本当のほたるを見たい」なんて意味がわからないだろうな。だってほたるはここにいるんだから。


 でもそんな表情はほんの一瞬で、すぐにいつもの強気な目に戻ると、


「もう手加減はしないぞ?」


「いつもしてないだろ」


「さあ、どうだったかなぁ」


 と、ほたるは惚けたような顔をした。

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