第29話

 俺は、自分がやるべきことがわかったよ。


 俺はほたるにゲームで勝つんだ。勝ったらチューとかエロゲ展開とか、そういうんじゃない。


 エロゲの攻略は、まず相手と同じ舞台フィールドに立つことだ。俺にはリアルの恋愛なんて知識もなければ経験もない。だから俺が出来ることは、ゲームに勝ってほたると同じ舞台に立つことしかできない。


 そうすることでしか、本当のほたるを見ることができない。


 俺はほたると同じ舞台に立ちたいんだ。


 ほたるはたぶん、十四日間しか俺の傍にはいないだろう。まだ日にちはあるからきっと戻ってくる。そう信じて待つ。


 昼食を済ませてからPlayVacationにマリヲカートをセットする。今日の夜から始まる『スイートパフェ杯』の決勝レースに備え、出場者のリストをチェックだ。


「俺はずっと、ほたるが苦手そうなゲームを探してた。でも、アイツに勝つにはそれじゃダメなんだ」


 決勝レースの出場者の中に、千夏のアカウント『チカ』がいる。千夏は宣言どおりに決勝に勝ち上がっていた。


「ほたるに勝つなら、俺が一番得意なゲームで勝負するべきだ。ほたるが勝てないゲームをするんじゃなくて、お互いが得意なゲームで真っ向勝負をしなきゃいけないんだ」


 そして出場者の中にもう一人、見知った名前がいた。前回大会の優勝者『firefly』のアカウントだ。コイツは通信対戦で俺が唯一勝てなかった相手。


「やっぱり来たか。だが、コイツに勝てないようじゃほたるにも勝てない。俺は『チカ』にも『firefly』にも負けるわけにはいかない」


 総勢十六名の決勝レース出場者。この大会で優勝を決めて、俺はほたるに『マリヲカート』で勝負を挑むんだ。


 夜八時。


 遂にレースが開幕する。この日のために、今日はバイトの休みを取っておいたんだ。待ってろよ、ほたる。


 決勝レースはトーナメント形式で行われ、上位四名がファイナルレースに出場できる。そこまでは大して難しくない。


 トーナメントでは運よく『チカ』や『firefly』と当たらずに勝ち進み、俺はぶっちぎりの一位でファイナルレースに残った。


 残りの三人は……『チカ』と『firefly』と、『ドーベルマン』ってやつだ。見たことがあるアカウントだが、対戦するのは今回が初めてだな。


「油断はできないが、一番のライバルは前回優勝の『firefly』と、負けたらデートの約束をしている『チカ』だな」


 そういえば千夏とデートの約束、してたな。もちろん行ってやるさ、俺に勝ったらな。


 夜九時、遂にファイナルレースがスタート。


 スターティンググリッド(レーススタート前の位置)は、


『firefly』のキャラ、裏マリヲ。


『kazumax』(俺のアカウントだ)キャラはビビンパ。


『チカ』のユッケ。


『ドーベルマン』のグレートテレサ。


 これは決勝トーナメントでのラップタイム順だ。


『Are You Ready?』


 シグナルが赤から青に変わり――


『START!』


 エンジンを唸らせたロケットスタートで三台が先頭に並ぶ。俺のビビンパと『チカ』のユッケ、そして『ドーベルマン』のグレートテレサだ。


 裏マリヲは出遅れる。ロケットスタートに失敗したか?


 ドリフトで最初のコーナー。最小限の減速で最短のコース取り、俺のビビンパが僅かに前へ出る。


「よし、加速の弱いキャラ同士ならコーナーでのテクニックがモノを言うぞ」


 ビビンパもユッケもグレートテレサも重量系のキャラだ。加速が弱い分、最高速度が高い。だからコーナーでの減速を最小限に抑えれば――


 バックストレートで真後ろに『チカ』のユッケが追ってくる。さすがに最高速度では引けを取らないキャラだが、コーナーでのブレはどうだ?


 S字カーブを華麗なドリフト走行で抜けると、俺との差が広がった。やはりユッケはコーナーでのブレが大きい。それを補うテクニックが必要だが、


「千夏はまだ、コンマ一秒のコントロールができていないな」


 一周目は順位が変わらず、俺がトップのまま二周目に突入。少し遅れて『チカ』のユッケ、その後ろをグレートテレサ、裏マリヲの順で追ってくる。


 二周目からアイテムが解禁される。


 俺が欲しいのは攻撃用のアイテムよりも加速用のアイテムだ。上級者はみな攻撃用のアイテムを防御用にするから、こちらが攻撃してもあまり意味はない。むしろ防御としてのアイテムを失ってしまうリスクの方が高いからな。


 最初のアイテムボックスで手に入れたのは、


「来た! パワフルキノコだ」


 数秒間の間、爆発的な加速をすることができるアイテム。防御には使えないが、大きなコーナーの立ち上がりで使えば――


 ビビンパがバックストレートで凄まじい加速を見せる。キノコパワーで後続を一気に突き放した。


 他のキャラたちが何を取ったのかは見えないが、これだけ差が開けばひとまず安心だ。


 と、ここで後続の順位が入れ替わっている。二位に付けるのは依然『チカ』のユッケだが、三位に『firefly』の裏マリヲが躍り出ていた。『ドーベルマン』のグレートテレサは少し遅れて四位に転落している。


 アイテムでの攻防があったのか?


 俺は難なく二周目を走り抜ける。トップはビビンパ、数秒遅れてユッケが追ってくる。


「さすがだな、喰らいついてきてる」


 バックミラーの隅に映るユッケの姿。コーナーブレの大きいキャラでここまで迫ってくるとは、


「千夏、いい腕してるぜ」


 だが勝つのは俺だ。『チカ』にも『firefly』にも負けるわけにはいかない。


 ここからファイナルラップ。


 ホームストレートが切れる瞬間、バックミラーにはユッケのすぐ後ろに裏マリヲが映った。スタートで四位だったのにここまで追ってくるとは、さすが前回優勝者だ。


 大きなコーナーをギリギリで攻める。アイテムボックスで『バナナの皮』を手に入れるが、これは防御にも使いどころがない。ストックだ。


 バックストレートに入り、そこで事は起きた。


 バックミラーに映ったユッケが突然スピンしたのだ。直線ゾーンでスピンするのはおかしい。後続の裏マリヲに何かされたのか?


 ユッケを追い抜いて『firefly』の裏マリヲが追ってくる。


 アイツは加速もコーナー精度も高いキャラだ。この先のコーナー連続で差が縮まってしまうかもしれん。


 俺は自分の持てる最大のテクニックを駆使しコーナーを攻める。しかしビビンパよりも性能の高い裏マリヲがぐんぐん近づいてくるのが見えた。


 裏マリヲとの差は二秒ほどある。このまま走れば簡単に縮まるものじゃないが、この差を埋めてくるとしたら、


「最後のアイテム勝負か」


 S字カーブの手前でアイテムボックス。ここで強アイテムを引ければ――


「これは!」


 俺が引いたのは最強アイテムの『サンダー』。電撃でライバルをスピンさせるチートなアイテムだ。決勝レースでこんなものを引けるとは。


 対して裏マリヲはカートの前に『赤甲羅』を構えた。相手を追尾してスピンさせる攻撃アイテム。あれをカートの前に構えているということは……


「あれを当てられたら抜かれる」


 しかし裏マリヲは撃ってくる気配がない。代わりに俺が『サンダー』を撃ってしまえばビビンパの勝利が確定するが、


「アイテムは無しだ、純粋に走りで勝負してやる」


 俺は所持していた『バナナの皮』と『サンダー』を捨て、S字カーブに突入した。


 二秒遅れて裏マリヲもS字カーブを曲がる。バックミラーにちらちらと裏マリヲの悪そうな顔が見えているが、なぜかアイテムの『赤甲羅』を撃ってこない。


 コーナーを抜けてホームストレート。俺のビビンパが加速する。最高速度に達し、後ろの裏マリヲを引き離し――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る