第21話

「お前は俺のリアルをぶち壊すつもりか」


 帰宅した俺は声を荒げてほたるに言った。冷静に問いつめるつもりが二ミリくらいはあったんだけどな、自然と感情的になってしまうのは以下の理由だ。


 勝手に店に来た。ダメだって言っておいたのに。


 そしてほぼ食い逃げ。まあこれは、俺が会計を済ませたから事なきを得たけど。


 さらに光莉先輩に一緒に暮らしてることをバラした。しかもアパート名まで言うか、普通。


 たぶん、そのせいで光莉先輩が話してくれなくなったんだ。きっと気を遣ってるんだろう。


 以上の出来事を俺のバイト先でぶちかましてくれたせいで、


「みんなに誤解されちゃったじゃないか!」


「どこが誤解なんだよ」


 ほたるはソファに横になり、テレビに映った朝の情報番組を見ながら答える。


「みんなに同棲してる彼女がいるって思われたんだぞ?」


「合ってるじゃないか」


「一緒に暮らしてるのは合ってるけど、同棲じゃないし彼女でもないだろ」


「違うのか?」


「違う!」


 これは同棲じゃなくて、お前が寄生してるだけだ。エロゲ展開もなければチューもない、こんな二人暮らしを同棲と呼べるか。


 だいたいお前は彼女でもないだろ。


 ほたるは身体を起こすとソファにあぐらをかき、唇をとんがらせて目を逸らす。


「ずっと一緒にいてくれるって、言ってたじゃないか」


「それはゲームの中でだろ。お前は自分で『ゲームのキャラだ』って言ってたんだ。望月ほたるはみんなのヒロインであって、俺の彼女じゃないんだろ?」


「和馬は……本当にそう思ってるのか?」


「何をだよ」


「あたしは彼女じゃないし、彼女にするつもりもない。そう思ってるのか?」


「お前がそう言ったんじゃないか」


 いつもならここから「うるさい、バ和馬!」みたいに言葉のマウントを取ってくるのに、ほたるはとんがり口をさらに尖らせて黙った。


 しばし、沈黙。


 テレビのアナウンサーが、今日の星座占いを明るく読み上げている。俺の水瓶座は……「深読みは禁物、相手の気持ちを素直に受け止めましょう」だと。


 誰の何を素直に受け止めればいいんだ。


 と、プツっとテレビの電源が切れた。ほたるはリモコンを放り投げると、


「もういい」


「何がだよ」


 スッと立ち上がると俺を見ることなく、部屋の明かりを消してベッドに横になってしまった。


 不貞寝かよ。


 ったく、勝手ばっかりしやがって。


 自分はみんなのヒロインだとか、そのくせ自分は同棲してる彼女だとか、どっちなんだよ。勝手ばっかり言いやがって。


 暗がりの中でほたるは息を殺したように静かだった。ここは俺の家なのに、家主の俺が居づらく感じてしまうのはなぜだろうね。


 ここで俺は、そういえば今日からマリヲカートのイベント『スイートパフェカップ』の予選だと思い出した。


 すでに200㏄クラスでエントリーしてあって、一次予選と二次予選を通過しないと本戦に出場できない。今日のレースは逃すわけにはいかないんだった。


 こんな時にゲームかよ、って思うか?


 エロゲのヒロインが不貞寝してる部屋で、ゲームを始めようとするなんて馬鹿かと思うか?


 声を掛けるべきだとか、もっとよく話し合うべきだとか、まあそれは普通の考えかもしれないな。


 でも……こんな時だからゲームなんだよ。


 ほたるは俺の彼女じゃないし、俺の家に寄生するズボラでグータラな欠陥品バグなんだ。そんなヤツを真面目に相手するなんて、そっちの方が馬鹿なんだ。


 俺はテレビを点けるとゲームを起動させ、自分のアカウントを入力して『スイートパフェ杯』の予選を選択する。


 一次予選は、とにかく二位以上をキープしていれば通過できるからな。俺なら適当に走っても余裕さ。


 人の気持ちに正解はないけど、ゲームには正解があるんだ。


 あれ……俺、今「人の気持ち」って考えてた? ほたるはエロゲのヒロインであって、ソフトのバグで出てきたわけであって、じゃあそこで寝てるほたるは「人」なのか?


 一戦目を余裕で通過し、二戦目がスタート。出てくるライバルは見たこともないアカウントばかりだ。上位のレーサーはだいたいアカウント名を憶えてるからな。


「……ゲームの明かりが眩しい」


 ベッドからほたるの棒読みみたいな言葉が飛んでくる。あれは機嫌が悪い声だ。


「こんな時間に寝てる方がおかしいだろ。だいたい夜に寝てたんじゃないのかよ」


「いいから、あっちでやれよ」


 ベッドに横になっているほたるは、俺に背を向けたままキッチンを指さした。


「ちょっと待てよ、ここは俺の家だぞ」


「うるさい、バ和馬!」


 俺はしぶしぶキッチンに移動する。ゲームはポータブルに持ち替えた。


 一次予選は八戦を勝ち抜けばクリアだ。俺は全国二位の実力者だから、ポータブルだろうが床に直座りで尻が痛かろうが、冷房が効いてないキッチンで暑かろうが余裕で突破できる。


 ……くそ。ポータブルはプレバケのコントローラーより扱いにくい。硬い床で尻が痛い。冷房が効いてないから暑くて耐えられん。


 すると、ガチャっと曇りガラスの扉が開き、ほたるが出てきた。


「な、なんだよ。もう眩しくないだろ」


「トイレ。向こうに行けよ、音が聞こえちゃうから」


 まるで蠅を追い払うように「しっしっ」と手を払う。


「どんだけ自分勝手なんだよ」


 リビングは冷房が効いてて、ひんやりと快適な空間である。このままソファに身体を沈めてプレイしたいところだが、一分も経たないうちにトイレの流れる音がした。


 再びガチャリと扉が開き、腫れぼったい目をしたほたるが戻ってくる。


「寝るんだからそっち行って」


 まるで野良猫を追い出すように「しっしっ」と手を払い、


「あと、ゲームの音がうるさい。ミュートでやれよ」


 さっさとベッドに転がってしまった。


 どうして俺が追い出されなきゃいけないだ。くそ、お前もトイレをミュートにしろよ。


 イヤホンに付け替えて、最終レースに出場。見たこともないアカウントばかりのライバルをぶっちぎり、俺は無事に一次予選を通過した。

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