第17話

 仕事が終われば、当面の目標になる「土曜日にほたるを外出させる」ための勝負が再開される。


「今回のゲームはこれだ!」


「ふ~ん。モグラ叩き、ね。またあたしの苦手そうなゲームを思いついたのか」


 そう、ここは昨夜千夏に会った場所。朝十時を過ぎたので、俺はほたるを連れてゲーセンに来ているのだ。


 昨日、レトロゲームを見つけて思いついたのさ。必勝のゲーム、必勝の作戦、ほたるに勝てるこの『モグラ叩き』を。


「だから、そんなんじゃあたしには勝てないのに」


「ふっふっふ……そいつはどうかな?」


 モグラ叩きは誰でもできるゲームだが、反射神経がいいだけじゃ勝てない。なぜなら、モグラを叩くハンマーは重量がある。もちろん女の子でも扱える重さだが、これを瞬時に振り回すのはそこそこ腕力が必要なのだよ、ワトソン君。


 その細い腕では難しかろう。


 しかもひと口に『モグラ叩き』といっても、製作したメーカーによってモグラの形状や当たり判定、出てくるパターンが違うから、ほたるのゲーム知識ではカバーしきれないはず。


「おっと、百円玉がなかったか」


 俺は財布の中に小銭がないのを見て、両替機に向かう。


 平日の朝っぱらだというのに、ゲーセンには数人の客がゲームに興じていた。音ゲーをプレイしている背の高い客、それを横から見ている丸っこい客。鉄剣Ⅲで通信対戦をしている者もいる。


 両替機に千円札を入れて、百円玉がカカカっと出てくる。


 モグラ叩きの前で待っていたほたるの元に戻ると、こんな時間からゲーセンに来ている若い女の子は珍しいからか――いや、ほたるの服は露出が多いからか、美少女ヒロイン様が周囲の注目を集めていた。


「あの子、どこかで見たことあるな」


「芸能人ッスかね?」


「いや、モデルじゃねえかな」


 などと聞こえてくるが、まさかエロゲのヒロインだと気付くものはいないだろう。当たり前だが。


「よし、まずは俺からいくぞ」


 百円玉を一枚、投入した。


「今日こそほたるに勝つからな。俺の秘策を見てろよ」


「どうせハンマーを二本持ってやるんだろ?」


 おっと、そのくらいは知っていたか。


 だがしかし、毎日バイトの洗い場と仕込みで鍛え上げた俺の腕力があれば、ハンマー二刀流で最高得点を出すくらい軽い軽い。


 それに「ハンマー二刀流」には別の意味もあるんだぜ。


 ゲームスタート。


 モグラが頭を出したところをハンマーで叩く。こいつに必要なのは反射神経と、俊敏性と、そしてもう一つ。


「体力だ」


 片手に一本ずつハンマーを振り続けていると徐々に体力を奪われていく。あちこちから頭を出すモグラを瞬時に叩かないといけないからな。


 その体力を、最後まで持続させることが出来れば……


『99点、達人レベルだモグ!』


 惜しい、一匹逃したか。最後は両端からいっぺんに出てくるとは、さすがの俺でも追いつかなかった。


 後ろから「おおおっ!」と歓声が起こる。さっきの男たちが見ていたのか。


「ふ~ん。モグラの頭を叩くっていうより、頭の辺りに当たればオッケーなんだ」


「そのセリフ、さてはほたるはモグラ叩きをやったことがないな?」


 俺はハンマーを定位置に戻す。


「コンピューターゲームでは見たことあるけどな。あたしは初めてやる」


 ふっふっふ……勝ったぞ。これは勝った! さすがに初プレイでこのゲームは無理だろう。


「俺が勝ったら土曜日外出券とチューだぞ! まあ、もう勝ったも同然だがな」


 俺はパーフェクトに一歩及ばない99点。ということは、ほたるが勝つにはパーフェクトの100点を出すしかない。


 ほたるはその細い腕でハンマーを一本だけ手に持った。


「さすがに二刀流は無理だろう?」


「うん、二本をずっと振り回すのは無理だな。でも……」


 足を軽く開き、短いスカートがさらに短くなると、


「おおおっ!!」と、さっきよりも大きい歓声が起こった。あんたら、どこ見てんだよ。


 ゲームスタート。


 序盤は易しい。モグラがゆっくり出てくるし、頭を出している時間も長い。だから初めてのほたるも、そのゲームセンスだけでノーミスだ。


 しかし中盤になると複数のモグラが同時に顔を出して、しかも引っ込むのが早くなる。ハンマーを一本じゃ追い付かなくなるぞ、くっくっく。


 が、ここで例によってほたるの身体が眩しく発光する。


「おいっ! まさかここでもチートモードが発動するのか!?」


 まばゆい輝きを放つほたるは、ハンマーを横にスライドさせるように薙いだ。


 何だと!? これじゃモグラ叩きっていうよりも……


「モグラ刈りじゃねーか!」


 ハンマーの先、根本、柄の部分、すべてを駆使してモグラの頭を刈っていく。しかもモグラが初動を開始した瞬間にハンマーがモグラの頭を刈り取ってる。これはまさか……


「モグラが出てくる位置とタイミングを憶えてるのか!?」


 複数のモグラが同時に頭を出しても、その時にはもうハンマーが頭上を滑っている。俺がやったのを見て出現パターンを憶えてるんか?


 チートすぎだろ!


 が、後半に入ってほたるの腕が遅れてきた。さすがに体力が落ちてる。ここまではパーフェクトだが、最後に両端に同時に出てくるのはモグラ刈りでは刈り取れない。最悪、一匹だけ逃して同点か?


「残念でした」


 ここでほたるが二刀流を発動させる。両端を同時に叩いて、


『100点パーフェクト。まいったモグ、あんたにゃ負けた!』


 そ、そんなバカな。最後だけ二刀流って。


「和馬だってやったんだからいいだろ。ま、あたしにかかればこんなもんだな」


 ハンマーを肩に担いでしたり顔のほたるは、短いスカートから伸びる足を開き、居丈高に言い放った。


 ほどよく実った胸元にスラっと細身のスタイル。人気芸能人もモデルも顔負けの美少女。そんな姿に思わず見蕩れてしまったのは俺だけではないようで、


「すげえ美人だな。それにモグラ叩きでパーフェクトなんて初めて見たぜ」


「てかあの子、エロい身体してるッスね」


「たしかに! 脱いだらもっと凄そうだぜ」


「ショウさん、朝っぱらからスケベ全開ッスね」


 くそ、あいつらどこ見てんだよ。てか「エロい身体」とか「脱いだら凄そう」とか、本人に聞こえるだろ。それに他にも人が集まってきたじゃねえか。


「ほたる、帰るぞ」


「え? だってパーフェクトの賞品が……って、おい和馬」


 俺は強引にほたるの手を引いて、逃げるようにゲーセンを後にした。


 知らない男たちにあんな目で見られて、好き勝手なこと言われて。なんか、耐えられないんだよ。


「どうして逃げたんだよ」


 家に帰ってきたほたるは、俺が作ったレタスチャーハンを食べながら不服そうな顔をしていた。


 どうしてって、


「めちゃくちゃ目立ってたじゃないか。それに変な目で見てるヤツもいた」


「別にいいじゃん。あたしはゲームのキャラだぞ? 『らぶ☆ほたる』はダウンロード版も含めると百万本売れてるソフトなんだ。百万人があたしのことを見てる」


「それはゲームの中でだろ」


「しかも『らぶ☆ほたる』はエロゲーだぞ。みんながゲームの中のあたしをどういう気持ちで見てるか知ってるだろ」


「う……」


 たしかにエロゲだから、プレイしてるやつはみんなそういう目で見てる。そりゃあ俺だってそうさ。でもほたるは、ここにいるほたるは……


「あたしはエロゲーのキャラだ。ゲームの中では裸も見せるし、もっとエッチなこともする。和馬だってそれが見たくてゲームを買ったんだろ?」


「だから、そういうことじゃなくて……」


 ほたる、何を言ってるんだよ。それじゃまるで……。


「だからあたしは和馬だけのヒロインじゃない。あたしは――『らぶ☆ほたる』の望月ほたるは――ゲームをプレイするみんなのヒロインなんだよ。あたしはゲームのキャラだから」


 その言葉に、俺はズキンと、胸が痛かった。

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