魔王が世界を救うまで

漣職槍人

001.魔王は働く

 ファーンファーン


 甲高い電子音。

 異常事態を知らせるサイレン音が魔王城に響いた。


「何が起きた?」


 スーツと軍服を合わせた防刃防魔服。その上にマント代わりに羽織った袖付きコートをはためかせて座席に座ると険しい顔つきをした魔王が夜勤のオペレータに尋ねた。


「エライコッサ王国で勇者召喚です」

「また規約破りか。人族の王は何を考えてる。この世界を崩壊させるきか?」


 右手で額を覆いうな垂れるとつい苦言が漏れてしまった。


「あそこの国王は自身の分からないことに関しては言いがかりとしか思ってないですからね。勇者召喚が世界崩壊につながるものだと理解していないのでしょう。どうしましょうか?」

「しょうがない。備蓄魔力でシールド展開。世界膜に開いた穴を塞いで召喚路を遮断しろ。召還者には悪いが弾き返す」


 世界は膜に覆われている。世界同士の道がつながらないようにするためだ。下手に道がつながると世界の接近が始まり衝突による対消滅が起きる。また、その道を通って予想だにしないものが行き来する場合もある。例えば魔法のあるこの世界の場合、世界を循環する貴重な魔力が世界の外に流出する。つまりは付随する弊害も多いのだ。


「よろしいのですか?」

「俺が責任を持つ」


 転移者の末路を気にする心優しい部下に口元がほころぶ。それだけで転移者より世界を選んだかいがあるというものだ。召喚陣で世界と世界をつないだ道が断ち切られるのだ。転移者は運がよければ自身の世界とのつながり(引力)に元の場所に引き戻される・・・が、運が悪ければあちらの世界膜の修復が完了していたら弾かれて最悪世界間の放置衛星の死体になるだろうな。もう済んだことだ。転移者の末路を考えるのはよそう。


「問題はエライコッサが無駄に歴史のある国だということだな。今回の勇者召還も建国時代のロストテクノロジーを使用したんだろう」

「建国時代はまだまだロストテクノロジーを扱える人間も多かったですからね。でも人族は寿命が短くて内輪もめが多いせいで扱える人間が絶えてしまいましたからね。今じゃ原理を理解もせず注意書きも読まないで使用して危険極まりないです。国際条約でロストテクノロジーの危険度ランク分けと使用禁止は納得ですよ。分からないやつらには法で縛ったほうが分かりやすい。もっとも破る国があっては意味が無いですけどね。シールド展開完了しました」

「昔は世界樹も機能して魔力も潤沢に生み出されて世界中に魔力が溢れていたからな。世界膜に穴が開いてちょっと魔力が外に漏れるくらい問題なかった。膜の自己修復も早かったしな。召還反応消失次第でいい。場所を突き止めて部隊を派遣しろ。召還陣を破壊する。関係者を一斉検挙捕縛しろ。次ぎの世界会議(レヴェリー)で議題に上げて処遇を決める。世界条約を世破ってるんだ。犯人は王侯貴族で決まりだろうが容赦するな」

「第十三部隊を向かわせます。指示を通達。王侯貴族ですか。これだから血統主義の国は嫌いなんだ。自己中で周りの迷惑を顧みない」


 語調が荒れてきたな。無休の連続勤務。オペレータも大分ストレスが溜まっているようだ。


「いい迷惑なのはこっちだ。二時間も寝れなかった」

「ご苦労様です。もう一度仮眠に入りますか?」

「いや、まだほこりを叩いたら何が出るか分からない。眠気覚ましにコーヒーを入れてくれ」


 夜勤の補助オペレーターの一人に頼む。


「第十三部隊到着。スクリーンに映します」


 魔道スクリーンに第十三部隊の映像が映る。

わめき散らしながら拘束されたエライコッサ国王が前に出される。できればそのまま牢屋に連行して欲しかったがしかたない。


「この蛮族度もめが朕の命がある限り戦ってくれるわ。わしが世界を救うんだ」

「教会関係者か何かに唆されましたか?」

「そ、そんなことは・・・」


 あっさりと顔色が悪くなるとは。腹芸もできないとは王侯貴族に向いてない。血統主義のお飾りはこれだから。


「魔王の仰られたとおりようですね。トルリア教のラモス大司祭に勇者を召喚して世界を救うように唆されたようです。大臣があっさり吐きました」


 あっさりと部下が吐いた上に裏切られたな。


「エライコッサ国王。あなたは勇者召喚が世界を滅ぼす行為であり、世界条約にて禁止されていることを理解してないのですか?」

「はっ?世迷言を。それは貴様ら魔族が異世界の勇者召喚を危惧してのいいわけだろうが?」

「あなたはバカか?異世界から異世界人を召喚する際に世界間に通り道ができることで何が起きるかわからないのか?世界膜に穴が開いて外に魔力を放出するだけでなく、世界同士の干渉で世界の構成要素に異物が混入して世界に綻びができ、世界は綻びから形が保てなくなり崩壊していたかもしれないんですよ」


 いまいち理解できていないのか。怪訝な顔をするエライコッサ国王。プライドが高くて分からないともいえないのだろう。口をただ紡ぐんでいる。


「世界がパンパンに膨らんだ水袋だとしましょう。あなたは膨らんだ水袋に穴を開けたら何が起きるかさえわからないのですか?流れた水は戻らない上に水袋は萎んでしまうのですよ?」

 魔力は水のように流れ出して戻らず。世界は萎んで形を保てずに崩れる。

「そ、そんなはずあるか。失われた技術とはいえ、わが国で大昔に使われていた技術だぞ?」


 慌てて反論の声を上げるエライコッサ国王。やっと自体を理解したようだ。


「それは昔世界樹が世界の維持を担っていてくれたからだ。世界樹が魔力循環を行い定期的に世界の魔力濃度を安定させ、世界膜の早期修復も行っていた。だから多少穴を開けてもすぐに世界樹が穴を塞いだし、世界路を断ち切ってくれていた」

「世界樹がそんな役割を!?」

「そしてその世界樹を半損させたのは人族。つまりは貴公らの先祖になる」

「そ、そうだ。確か言い伝えでは世界樹は魔物を生み出す悪樹だったとあった。だから大昔我ら人族の祖先が世界の平和のためにその悪魔樹を切り倒したのだ」

「そうだ。世界樹は魔力で魔物を生み出していた」

「ほら言い伝えどおり――」

「それは世界の生態系が偏って絶滅する種族が出ないように増えすぎた生物を刈り取っていたからにほかならない。人族のように後先考えず森林伐採や開墾、戦争を繰り返さず、酪農や畜産、農業を行い、世界への影響を考えて生きれば魔物に攻撃されることも無いわけだ。それに魔物は倒されると魔力に変換されて世界に還元される。竜や神獣などの意思を持つ強力な存在は魔物を殺して世界への魔力還元も行っていたから、魔物が世界に溢れることもないように管理されていた。それを世界樹は悪魔の木であると勝手なことを言い攻撃。しまいには世界樹を世話していた精霊族も悪であると人族始業主義とぬかして人族の精霊族狩りを行い、エルフが減少。世界樹のメンテナンスが間に合わず半分が枯れた。そうそう世界樹は正しくは半損しただけで切り倒されてはいない。かなり弱ってはいるがまだ健在だ。そもそも世界が崩れないように世界樹は根を張ってつなぎとめている。世界樹が倒れたら世界は崩壊する。そういえば世界樹は過去に作成できた特級回復薬の材料だったのも攻撃された理由の一つにあったな。法医術を扱える教会が自身たちの地位向上と回復薬の作成で技術躍進を続ける錬金術師を妬み、追い詰めるために世界樹を攻撃したんだ。だから教会は世界樹を一度悪魔樹としたが、魔力の減少と高位法医術に媒介として世界樹の材料が必要で結局撤回した経緯もあったな・・・」


 世界樹に関する人族の醜態は思い出すだけでも多すぎてきりが無い。ため息が出る。


「うるさいうるさい。それをどうやって証明できるというのだ!?今回の勇者召喚を邪魔したことについては次回の世界連合の世界会議で議題を上げさせてもらうからな」

「どうぞご勝手に。加盟国の過半数が勇者召喚の危険性を理解している。あなたは罠にはめられたのだ。むしろ今回のシールド修復の補填費用の請求がいきますので首を洗って待っていてください。あなたの国はただでさえ借金まみれ名のですから」

「そ、そんな・・・」


 この世の終わりとばかりにうな垂れるエライコッサ国王。やらなきゃいいのに。通りをわきまえていない子供が駄々をこねるのを諌めた後の気分だ。


 まったく。余計なことをしてくれたおかげでまたたくさんの魔力を消費してしまった。消費した分魔力を生み出さなくてはいけない。世界樹が半損して世界の魔力が減る一方。その中で我々もただ手をこまねいていていたわけではない。世界樹には及ばないものの。変わりに魔力循環を行うシステムを構築していた。具体的には世界に存在したあるものを利用させて貰ったのだが。それでも十分な量の魔力を確保するにはまた大分時間を要するのが現実だった。


 さて。どうしたものか?

 眠気覚ましに入れてもらったコーヒーを飲みながら考えるのだった。


ファーンファーン


「今度はなんだ!」

 再び鳴ったサイレンに飲みかけたコーヒーで咽てしまい。ゴホゴホと咳をしながら問いかける。

「バラサのダンジョンが攻略されました」

「バカか?規約協定で保護されたダンジョンは攻略不可とし、冒険者ギルドのもとでダンジョンマスターと協力して管理下に置かれているはずだろうが」


 世界樹の半損で減る一方の魔力を補うために世界会議で一つの条約が生まれた。ダンジョン運用条約である。ダンジョンが世界樹と同じように魔物を生むことができるのを利用し、冒険者たちに魔物を倒させることで世界に魔力を還元する。同時に冒険者たちは魔物から出る素材で生計を立てる。いわゆるダンジョン事業を運用するための世界法案である。条約の内容を簡単に言えば世界はダンジョンの維持に努めるというものだ。それゆえに世界条約で認められたダンジョンは世界に守られ、ダンジョンマスターと冒険者ギルドのもと管理されて運用される。一個人で引っ掻き回していいものではない。きっと所属国も冒険者ギルドも必死に止めようとしたに違いない。それでも止められない厄介ごとがあったということだ。


「ルトリア国の勇者が攻略した模様です」

「転生者か!?」

「魂はエネルギー体なのでわずかなら世界移動できますからね。またどこの異世界の神が送り込んだやつでしょうね。さすがにこの世界で生まれ変わってしまったものに対して死んでくださいなんて理不尽なことも言えませんけど。みんな甘いですよね。せめてと国でコントロールしようとしたようですが結果がこれじゃあね。事が起きてからじゃ遅いって言うのに。まあ今回のことで討伐対象になりましたし、遠慮なく処分できるでしょう」


 たまに異世界の神々が死者の魂を送り込んでくることがある。責は送り込んだ神にあり魂の主自体には責は無い。なので一旦受け入れはするが、問題を起こした場合は別だ。世界に害をなす者として討伐対象になる。まともな転生者も居るのだが、大半が前世の偏った知識の思い込みで世界を危機に晒すやつばかりだから手に負えない。特に異世界の日本という国の転生者が厄介だ。問題ばかり起こして『なろうの異世界転生物じゃ困難ことにはならなかった』と叫びながら死刑になるやつが多い。まったく『なろう』とはなんだ?


「神どもの世界神条約はどうなっている?」

「少なくともうちの創世神様から苦情は出ているようですが神々も一筋縄ではないですからね。裏切り神がいるのでしょう。しかもあの転生者は転生の際に他世界の神に都合のいいように改良されています。確実に確信犯。確かに狙ってやった神様の犯人で確神犯ですよ」


 今日のオペレーターは優秀だが言動や態度に軽薄なところがあるやつだ。まあ本人曰く。自体の重さに軽口でも叩いて気分を中和しないとやってられないのだという。それも一つの精神的な防衛柵(ストレスの緩和)なのだと考えれば言いえて妙だがしっくり来る話だ。


「ダンジョンのある国はなにやってんだ」

「説得はしたようですが、自分は特別だと勘違いした転生者を都合のいいように利用しようとした人々がいたようで。担ぎ上げられた結果、認識は改められずに前世知識のまま暴走。転生前の認識でダンジョンは害悪、攻略するものだとわけ分からないこと言ってダンジョン攻略した模様です」

「ダンジョンマスターから通信きました。つなぎます」

「ひさしいな。魔王」

「バサラ迷宮主。ダンジョンコアは?」

「残念ながら破壊された。ダンジョンとともに私の崩壊も始まっている」

「くそっ」


 ダンジョンとダンジョンマスターは一蓮托生。ダンジョンコアが破壊されたのならもう助けることはできない。


「貴殿にお願いがあって連絡した」

「なんでしょうか?」

「ダンジョントラップの転送陣で娘と無事だった者たちをこれから魔王城に転送する。娘と彼らのことを貴殿に頼みたい」

「わかった。第五十七代目魔王としてその願いを受け入れよう」

「感謝する」

「魔王城への転送反応確認しました。メイド隊向かわせます」

「娘への言伝は?」

「それはもう済ませてある。それよりも勇者をダンジョンに閉じ込めた。私はこれからダンジョン構成エネルギーをすべて使用して勇者を道ずれにする。障壁シールドも張るからダンジョン外への崩壊爆発の影響は無いだろう。だが振動による地震まではどうにもならない。近隣へのフォローを頼む」

「承知した」

「貴殿が。魔王が世界を救うことを祈っている」


 プツリと魔道モニターの映像が切れた。


「バサラダンジョンで高エネルギー反応」


 長い沈黙の後オペレーターは結果を口にする。


「・・・・・バサラダンジョンの消失確認しました」

「ダンジョン跡モニターに映せるか?」

「派遣されている羽目玉に連絡取れました。ダンジョン跡映します」


 大地に大きな窪みができていた。


「生体反応なし。勇者ごとの消滅確認しました」

「一矢報いたか・・・」


 ダンジョンだけでなく人材と貴重なものを失いすぎてもはや言葉に詰まる。

 魔王は立ち上がる。

 そして元ダンジョンマスターの娘を向かいに行くのだった。


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ファーンファーン


 今日も絶好調で鳴り響くサイレン。

 疲れが溜まってくると幻聴でも聞こえるから厄介だ。


 魔王ってなんだろう?

 初代魔王は功績が認められて魔神になった。神界でこの世界をも守るためにいまも他の世界の神々と戦っている。

 三代目魔王は世界を崩壊させようとする元凶の女神のあとを追い、世界線の間で女神といまも交戦中。いまだに終わることの無い戦いに身を投じている。

 二十代目はやさしすぎたのと重圧に耐えかねて心労で血を吐いて死んだ。

 三十三代目魔王は異世界を救うために召喚されていった。あっちの世界でも勇者が問題で世界を救うために魔王が召喚されたらしい。むしろ勇者って何?

 先代の魔王は元勇者で女神に操られた勇者を不憫に思い命がけで助けて死んだ。そういえば死んで無に返すくらいならと力の一部を譲渡されたとき、私は勇者の力も渡されたのだった。自分が魔王で勇者だったことを思い出すがどうでもいい。


 だめだ。ぼんやりと思い出しただけでも碌な結末を迎えた魔王がいない。


「というか私で五十七代目って寿命の長い魔族で魔王変わりすぎ。魔族って種族も多くて千差万別だけど。長いでは千年生きるやつも居るからね?まだ初代魔王の時代から千年も経ってないぞ?どんだけころころ変わるんだよ」

「早いと数日で魔王は死亡してますからね。コーヒーどうぞ」

「ありがとう」


 渡されたコーヒーを受け取る。コーヒーを淹れてくれたのは先日崩壊したバラサのダンジョン主の娘さんだった。あの後自身の身の上からも世界を守りたいと魔王城に就職したのだ。いまは魔王の補佐をしてもらっている。魔王城は常に猫の手も借りたいぐらいに忙しいのだ。


「もはやこの世界じゃ魔王って世界のための生贄ですよね」

「本当にね」

「個性の強い魔族を統べるだけでも苦行ですよね。人間は身勝手ですし」

「本当になんで私は魔王なんてやってるんだろうな」

「もはや身もふたも無いですね・・・」

「もうやめたい」

「私たちを。世界を見捨てるんですか?」


 はあ。そういわれると弱かった。


「まったく。この戦いはいつまで続くんだ」


 ただどうにもならないと分かっていても愚痴だけが口からこぼれる。


 彼女はおかしそうに笑う。

「それは決まっているんじゃないですか?」


 じっと私を見つめる彼女の目が答え(私)を見ている。


「そうだな」


 答えにあわせて私も分かりきった言葉を口にすると二人の言葉が重なった。


『――魔王が世界を救うまで』





 fin

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