第9話 決別の晩餐会
······貴賓用の大広間では、盛大な晩餐会が開かれていた。もてなす相手は勿論、隣国の王子バフリアットだ。
立食形式のこの夕食会に、多くの貴族達が集まって来た。貴族達はバフリアットに自分の名前と顔を売るのに必死だ。
それはそうだろう。隣国の。しかも大国の王子とパイプが作れれば、自分の将来の安定に繋がる。
事業を行っている者には、新たな販路の開拓にもなる。バフリアットに群がる貴族達の卑屈な笑顔を遠巻きに見ながら、私は情けない気持ちで一杯だった。
······いや。一番情けないのは私だ。今この城にいる全ての人達の中で。いやいや。このタルニト国で一番情けないのは。
いやいやいや。なんならサラント国。センブルク国。三国合わせて愚か者ナンバーワンはこの私よ。
ハンサムな貴公子に一人で熱を上げて。実は相手は遊びだったなんて。そう。私は失恋したのよ。
それもついさっき。皆知ってる?ねえ。そこでバフリアットに媚びへつらう貴族さん達
?
王族達の留学中のルール?その期間だけ皆遊ぶルール?知らないわよそんなルール。そんなルール、誰も教えてくれなかったもの。
私が悪かったの?全ては世間知らずの小娘が至らなかったって訳?
······そんな筈が無いわ。そんな事無い!そんな訳あるかボケ!!私の心の中で、沸々と怒りが沸き起こって来た。
私は遊ばれた。少なくとも私は真剣だった
。それを弄ばれた!あの男に!!
······返せ。返しなさいよ私の純情と純潔!
!私は殺意がこもった両目でバフリアットを睨みつけていた。
「恋人との再会は、上手く行きませんでしたか?女王陛下」
乾いた声の主に、私は視線を移した。メフィスがバフリアットを見ながら私の側に立っていた。
「······メフィス宰相。何を根拠に······」
私の言葉は途切れた。何故コイツが私とバフリアットの事を知っているの?私の心の中を覗いたとでも言うの?
いや。そうだとしたら、いよいよ悪魔じみて来たぞこの男。
「痴情のもつれ。今の貴方は、そんな顔をしておいでですよ。女王陛下」
······!!コイツ。私がバフリアットを見る表情だけで私達の仲を見破ったって言うの?
「事情はどうあれ。貴方とあのサラント国王子とのパイプは貴重です。ここは私情を捨て、王子との関係を大切になさった方がよろしいでしょう」
メフィスが一グラムも感情がこもって無い口調で話す。
······関係を大切にする?私の心を弄んだあの遊び人と仲良くしろって言うの!?私は悔しさと情なさが混ざり合い、玉座を掴む両手が震えた。
そして、両目から涙が溢れそうになった。
「堪えなさい。女王陛下。貴方がここで涙すれば、周囲が驚くでしょう。そうなれば、バフリアット王子への接待が台無しになります
。一国の王は、自己の感情を表に出す事など許されないのです」
メフィスの言葉は容赦無かった。けど。悔しいけど。コイツの言っている事は間違っていない。
耐えるのよアーテリア!あんな女たらしの為に、私が泣く事なんて無い!絶対無い!止まってよ涙!止まれ涙!止まれこんちきしょう!!
······崩壊寸前の涙腺を必死で支えていた私の目の前に、白いハンカチが差し出された。そのハンカチの主は、真っ直ぐに私を見る。
「決して皆の者に涙を見せてはなりません。ですが、目にゴミが入ったと言えば臣下も不審に思わないでしょう」
······私にハンカチを差し出したのはメフィスだった。何で?私の中でアンタは、粛清リストナンバーワンにランクインしている奴よ
?
そんな奴が、一番弱っているこんな時に優しくしないでよ!!止めて!今更私はアンタへの評価を翻さないわよ!
アンタなんか!アンタなんか三ヶ月後に絶対に首にしてやるんだから!!
「······ありがとうメフィス宰相。有り難く借りるわ」
沸騰する心とは裏腹に、私はメフィスからハンカチを受け取った。敗北だ。完全敗北だ
。
メフィスみないた悪魔から慈悲を受けるなんて。私はなんて弱い人間なの。でも。でもね。
人生で一番弱っているこの時。悪魔から善意を受けても罰は当たらないわよね。私はハンカチで目を拭おうとした時、ハンカチにべっとりとついた血痕を見逃さなかった。
「······メフィス宰相。このハンカチ。大量の血が付いているのだけど?」
「ああ。先程持病の吐血がありまして。そのハンカチで血を拭いました」
······てめえぇぇっ!!何をサラリとほざいてんだあっ!!血よ!?血!こんな汚れたハンカチを女王の私に渡すか普通!?
己の性病が私に伝染ったらどうするんだこのボケナス!!
メフィスへの怒りで、私の込み上げて来た涙は潮が引くように消え去った。その時、衛兵長ナニエルが私に近づく。
「アーテリア。い、いえ女王陛下。至急軍議室においでください。緊急事態です」
ナニエルは小声で私とメフィスに伝令を伝える。その内容に私は驚愕した。領内に駐留するサラント軍と我が軍との間に、小競り合いが発生した。
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