第8話 愛しき恋人(本性女たらし)
サラント国第三王子バフリアット。私より二歳年上の二十二歳。彼とはカリフェースの留学中に知り合い、恋に落ちた。
端正な顔立ち。優雅な立ち振る舞い。自信に満ち溢れた表情。私はたちまち彼の虜になった。
そして幸運にも、彼も私を好きになってくれた。彼と逢瀬を重ねる度に。いや、早い話イチャイチャするのが本っ当に楽しかった。
そんなバフリアットが私を訪ねて来てくれた。私は逸る気持ちを必死に抑え、侍女のルルラの手を借り念入りにお化粧をする。
王の広間に続く廊下を歩きながら、高鳴る胸を落ち着かせた。冷静になるのよアーテリア。
今の私は王女。彼は隣の大国の王子。恋人同士だからって、公の場では抱きつけないわ
。
それは後で。私の私室で二人きりになってから。うふ。うふふふふ。ここの所、過酷な現実を目の当たりにして心が疲れていたんだもの。
その位の楽しみは許されるべきだわ。そうだ!私とバフリアットが婚姻関係になれば、サラント国との関係も今より良くなるかもしれない。
私は明るい未来予想図を描きながら広間に入り、玉座に座った。目の前には宰相のメフィスが控えている。
ちっ。お前は居なくてもいいのに。メフィスは最初に会った時も。お父様の国葬の時も
。今も黒い官服だ。
メフィスは黒い服が好きなのかしら?いや
、コイツの事だ「葬式の時も使えるので常時黒服が便利でいい」とか言いそうだ。いや、きっとそうに違いない。
「女王陛下。サラント国第三王子、バフリアット殿下が前国王陛下の弔問においでになりました」
メフィスの乾いた声は私の両耳を通過した
。私の目の前には、愛しき恋人が現れ、女王である私に弔辞を述べる。
バフリアットは礼儀正しく、お父様の死を悼んでくれた。そしてタルニトとサラント両国が、友好的な関係を築けるように尽力するとも言ってくれた。
ああ。ありがとうバフリアット。貴方と私の明るい未来の先に、この国の平和も約束されれているわ。
私は昨日までの山積みにされたこの国の問題が、全て解決されたような錯覚に陥った。
メフィスが部下から何か耳打ちされ、急用と言い残して広間から退室した。
うん。いいのよメフィス。あんたは居なくなってくれて全然構わないわ。私はこれが好機と思い、衛兵に私から距離を取るように命じた。
これで小声なら、バフリアットと思う存分話せるわ!
「······アーテリア。弔問が遅れて済まない。本来なら直ぐに駆けつけたかったんだか、僕にも立場があってね」
暗黙の了解でバフリアットから小声で話しかけてくれた。いいえバフリアット。サラントの王子である貴方の立場は分かっているわ
。
私、全っ然気にしてないから!それより会いに来てくれて嬉しいわ。私の心の中は、五月の終わりだと言うのに、春の盛りの様にお花畑になっていた。
「······アーテリア。まさか君が女王に即位するとは驚いたよ」
そうなのバフリアット!私も驚きよ。それもこれも、クズ兄が男と駆け落ちしたせいなの。
私って可哀想よね?貴方に慰めで欲しい。ってゆーか、早くイチャイチャしたいの。挨拶はいいから、もう私の部屋に行く?
私は独りで妄想を暴走させ、明るい未来を具現化させるべく言葉を発した。そう。それは、滅びの言葉となった。
「バフリアット!私と貴方が結婚すれば、直ぐにでも両国は堅い絆で結ばれるわ。それって素敵な事だと思わない?」
······絆。なんていい言葉なのかしら。でも
、いきなり結婚話はちょっとせっかちだったかしら?
バフリアットの表情は一瞬固まった後、困った様に彼は苦笑した。
「······アーテリア。君はその。本気だったのかい?」
······え?バフリアット?今なんて言ったの
?本気だった?え?え?何が本気なの?
「僕等の関係は留学中だけの期間限定。僕はそう思っていたんだけど」
······留学中の期間······限定?何それ?どう言う事?だって私達あんなに仲良く。
「アーテリア。王族達の留学生活はそう言うルールで皆遊ぶ物だよ?因みに僕には、君の他に相手が四人いたよ」
バフリアットは悪びれず淡々と話す。ルール?遊び?他に相手が四人?な、何を言っているのバフリアット?貴方にとって、私は遊びだったの?五人の内の一人だったって事?
バフリアットは私の心からの疑問に、ただ微笑するだけだった。
······目の前に立つ愛しい恋人がただの女たらしだった事実に、私の心は魂が抜けた人形のように空っぽになった。
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