第7話 侍女と君主論
「女王陛下?御気分でもお悪いのですか?」
私は侍女の言葉に我に返った。私は夕食の後、食後のお茶を飲んでいた。そのカップを持ったまま呆けていたらしい。
「え、ええ。大丈夫よ。えーと貴方の名は······」
「ルルラと申します。女王陛下」
侍女のルルラは、冷めた紅茶を新しい物に替えてくれた。小柄なルルラは、人懐っこい笑顔で私に微笑んでくれた。
「······御心痛の上に御多忙な政務。お身体を労る時間もございませんね」
······初めてだ。この城に戻って来てから、初めて誰かに優しい言葉をかけて貰った。私は胸が熱くなり、ちょっと泣きそうになった
。
「恥ずかしい話だけど。私は政治の素人なの
。先ずは勉強から始めなくちゃね。そうだルルラ。王立図書館から良さそうな本があったら、持って来てくれるかしら?」
「かしこまりました。女王陛下。どんな分野の本がご希望ですか?」
「そうね。政治。軍事。外交。こんな所かしら?選別は貴女に任せるわ」
ルルラは笑顔で直ぐにお持ちしますと言ってくれた。素直でいい娘だな。歳は十五、十六歳くらいだろうか?
メフィスの重い話の後で沈んだ私の気持ちは、少し軽くなったような気がした。
ルルラが持って来てくれた本は分厚く、重たかった。過去の著名人が書き記した専門書に、私は数ページで音を上げた。
む、難し過ぎるわ。難解な専門用語や言い回しは、私の読解能力を軽く超えた。私は酷使した脳みそをリフレッシュさせるべく、寝室を出た。
すると、廊下にルルラが立っていた。手には何かの本を持っている。彼女に問いかけると、ルルラは私が本を追加するかもしれないと待機していてくれたらしい。
「ありがとうルルラ。でも手元の本すら手に余っているわ。君主に一番大切な事って何かしら?」
私はルルラに質問するようにぼやいてしまった。ルルラは少し迷った表情をした後、意を決したように口を開く。
「······恐れながら女王陛下。王に一番求められるのは、民を飢えさせない事と思われます
」
ルルラの返答に、私の頭の疲れは吹き飛んだ。
「······その通りだわ。ルルラ。貴方政治に詳しいの?」
「と、とんでもございません。女王陛下。全てこの本の受け売りです」
ルルラは慌てて手に持った本の背表紙を私に見せた。本のタイトルは「君主像」作者は「ロンティーヌ」と書かれていた。
ろくに本を読まない私には、このロンティーヌが有名かどうかも分からなかった。
「この本は部数も少なく、作者も無名で全く売れなかったそうです。偶然古本屋で見つけたんですが、私にはこの本がとても面白かったのです」
ルルラは恥ずかしそうに顔を伏せる。侍女と君主の本。不思議な取り合わせに、私はルルラに質問する。何故、少女が政治の本を好むのか。
「はい。女王陛下。私は陛下のお世話をするのがお仕事です。政治の勉強をする事で、何か陛下のお役に立てればと思いました」
······頭の堅い王族なら、侍女に政治の教養など必要無いと思うかもしれない。でも、ルルラは私にとって物凄く頼りになる存在になるかもしれなかった。
ロンティーヌの「君主像」を流し読みしたが、何だか乱暴な言葉を多用していて直ぐに辟易してしまった。
巻末に著者の生年月日と思われる記載があった。そうか。ロンティーヌって百年前の人なのね。
これは直接この本を読むより、熱心な読者のルルラに聞いた方が手っ取り早いわ。
「ルルラ。私は貴方から学ぶ事にするわ。宜しくね先生」
私の言葉に、ルルラは顔を真っ赤にして恐縮する。そして彼女に一つ質問をする。君主は民を飢えさせない他に、何を心がけるべきか。
「······はい。女王陛下。この本には、こう書かれています。王は多数を救う為に、少数を犠牲にする決断を迫られる時があると」
ルルラは何か申し訳無さそうな表情で私の質問に答えてくれた。この時私は、ロンティーヌのこの言葉を深刻に受け止めていなかった。
後に私は、この言葉の重みを骨身に染みて思い知らされる事になるのだった。
翌朝。朝食を終えた私は謁見の申し出を受けた。私を訪ねて来た相手は、なんと恋人のバフリアットだった。
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