第10話 初めての決断
晩餐会を中座して駆け込んだ軍議室は、物々しい空気に包まれていた。円卓のテーブルに座していたパッパラ大将が立ち上がり
、私に敬礼する。
「女王陛下!夕食の途中に申し訳ないッス
」
今夜起きた急変をまるで自分の責任のように謝り、困った顔をしているパッパラを見て私はおかしな気分になった。
······人はどう仕様も無く悲しい時、誰かの表情一つで救われる時がある。それは、今夜私が得た数少ない収穫だった。
挨拶もそこそこに、私は直ぐに騒動の説明を求めた。それは、小国の運命とも言える内容だった。
「······それでは、我が軍の兵士は村人を助けるために」
私は声が詰まってしまった。伝令から伝えられた話はこうだ。サラント駐留軍の兵士が我が国の村に対して略奪行為を働いた。
怒りが収まらない村人達は、サラント軍が居座る砦に抗議に向かった。それを我が軍の兵士達が仲裁に訪れた時、兵士同士が衝突してしまったらしい。
小競り合いは刻一刻と拡大し、現在サラント駐留軍と我が軍は睨み合っており、一触即発の状態らしい。
「女王陛下。直ちに騒動を起こした兵士を処罰し、事態を収められる方がよろしいかと」
メフィスの容赦無い判断に、私は怯んでしまった。小国には正しい抗議すら許されないのだろうか?
「······兵士は処罰しないわ。村人を助けようとした兵士を切り捨てられないわ」
私は話ながら、ルルラの言葉が頭に過った
。ロンティーヌ曰く「少数を犠牲にして多数を救う」
ロンティーヌの言葉通りなら、兵士を処分し国の平和を保つべきかもしれない。でも。
でも正しい者を切り捨てる事なんて出来ない
!
「女王陛下。兵士を処分しなければ、また同じ行為を働く兵士が現れます。それは危険な火種を抱える事になります」
メフィスは鋭い目つきで私を見る。メフィスの言葉一つ一つは、私の甘さを槍で突くような鋭さがあった。
私の頭の中は、今夜の失恋から国の危機で一杯になった。頭痛がする程脳内はゴチャゴチャになる。
······どうすれば。どうすればいいのよ!!
その時、私の頭の中に侍女ルルラの言葉が過った。ロンティーヌ曰く「人脈を使い倒せ。時としてそれは、人質としてすら利用しろ」と。
私は円卓の机を叩いた。自分でも驚く程頭の中がスッキリとしていた。
「······私は今から砦に向かいます。風の呪文が使える宮廷魔術師を呼んで頂戴」
私の突然の宣言に、臣下達は即座に思いとどまるよう説得して来た。けど、私は引かなかった。
「バフリアット王子も同行願うよう伝えて来て」
私のこの言葉で、メフィス以外の臣下達は目を丸くして沈黙する。
「私とバフリアット王子はこれより、砦の視察に赴きます」
私は今出来る精一杯の虚勢を張った。
「······女王陛下。バフリアット王子を人質として利用されるおつもりですか?」
メフィスの質問に、私は冷笑した。
「メフィス宰相。言葉に気をつけて。人質じゃ無いわ。盾として使うのよ」
腕利きの魔法使いでも、一人が風の呪文で運べる人数は三、四人だ。砦に向かう人選はさほど困らなかった。
女王である私。宰相のメフィス。大将のパッパラ。近衛兵長のナニエル。そして晩餐会の途中に半ば連行されたバフリアット王子。
一行は、直ちに風の呪文で砦に飛び立った
。
時刻はもう遅く。砦の周辺は闇に包まれていた。だが、砦の外でサラント軍と我がタルニト軍が睨み合っているのを篝火が照らし出していた。
そこに降り立った私達は、両軍の中央に進んでいく。
「両軍共控えろ!タルニト国女王、アーテリア様とサラント国王子、バフリアット王子が視察に参られた!!」
パッパラ大将が怒声の様な大声を両軍に張り上げた。私とバフリアットの名を聞き、両軍から動揺の声が各所から起こった。
「······アーテリア。一体何をするつもりなんだ?こんな夜更けに視察なんて意味が分からない」
強引に連れて来られたバフリアットは要領を得ない様子だ。それでいいのよバフリアット。
貴方はただの矢避けの盾。最悪の事態になった時のね。
「サラント軍の兵士の皆さん。何時も我が国を守る為に尽力されている事に感謝いたします。今宵はバフリアット王子と共に、皆さんの砦の中を見学させて頂きに参りました」
私は笑みを絶やさず、サラント軍の将官に説明する。将官は戸惑った表情だ。それはそうだろう。
まさか女王本人が。それもバフリアット王子を連れて行く来るなんて想像の外だろう。
「······じょ、女王陛下。我が砦内を見学されると?」
サラント軍将官のその言葉に、私は内心イラッと来た。元々その砦もタルニト国の物じゃない!
「はい。砦の中を詳しく。くまなく。隅々まで。一つ残らず見学させて頂きます」
私のこの言葉に、将官は血の気が引いた顔をした。砦の中には村々から略奪した盗品が転がっている。
それを女王の私とバフリアット王子に見られる。私はともかく、バフリアット王子は途轍もない恥をかくことになるだろう。
サラント軍が他国の村々から奪った品々をサラント国王子本人が目撃する事になるのだから。
「さあ行きましょう。バフリアット王子」
私はバフリアットに優雅な口調で話しかけた。かつてバフリアットに好かれる為に猫を何匹も被っていた私。
この時の私は、その猫達を一匹残らず脱ぎ捨てていた。
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