第14話 幼馴染と素敵な思い出を Lesson 2
明日から使える異世界で役立つ英会話
悪役令嬢。なんて刺激的な言葉なのでしょう。最初にこの単語、いいえ、この四字熟語を開発した人のワードセンスは素晴らしいですね。
四つの記号だけですべて理解できます。もちろん後付けで派生した属性等、それぞれの漢字が持つ印象が深層に意味を含ませて一人歩きした結果、憧れという物語が凝縮された四字熟語が完成されたわけです。
少年たちの憧れはいくら時間が経過したとしても輝きを失いません。本質は世界の中心に在り続けるものです。無論、世界の中心は悪役令嬢の胸の中に秘められています。少年はみんな悪役令嬢に踏まれたいんです。踏まれたいんです。私だって一度は踏んでみたいものです。
Lesson 2
── Can you climb the tree?
I will be glad to.
「ええ、喜んで」
「おゲザりなさい」「はい、喜んで」──はて、どうにもしっくりこない。そうお思いの方には素質があります。素質って、S か M か、です。それも天性のものがありますね。ゲザることを喜んじゃダメなんです。
ハイ、Lesson 2 です。あなたは悪役令嬢の幼馴染として乙女ゲーに転生しました。前回の続きで「木に登ってよ(貴方のためではなく、わたくしのために)」と無邪気に笑う幼馴染の悪役令嬢予備軍に対して、どうすればフラグ回避出来るか、考えてまいりましょう。
直訳すると「私は◯◯して嬉しいでしょう」といった具合ですかね。回りくどいけれどもとても丁寧な表現です。そこが落とし穴です。逆に丁寧過ぎるんですよ。
悪役令嬢は真性のSでありナチュラルボーンカオティックなのです。そしてS属性者はM属性者を見抜きます。嫌がっていないんです。I will be glad to. って本当に喜んじゃってるんです。相手が嫌がり苦しむ様子を上から眺めて悦に浸るのがS属性であり、嫌がり苦痛を受ける自分を客観視して興奮するのがM属性です。喜んでするする木に登る奴はただの猿。悪役令嬢は興味すら持たないでしょう。無事、奴隷フラグ回避です。
ただし、とても嫌そうな表情をして、親の階級的上下関係からこの令嬢の言葉には逆らえない感を出して苦々しく I will be glad to. と呟けば、真性ドS悪役令嬢はあなたのMっ気を見抜いてくれます。わざと木から落ちて軽く捻挫でもして見せれば、見事フラグ成立です。令嬢の奴隷として輝かしい未来が待っています。一般NPCとして相手にされないか、奴隷ライフを満喫するか。同じ台詞でも表現の仕方でがらりと変わります。
── Pick the strawberry over there.
Why not?
「もちろん」
何の疑いもなく、命令通りに行動する返答です。お嬢様の言いつけに従って木苺を摘みに茂みに入り、毒蛇に咬まれて三日三晩生死の境を彷徨いましょう。後に再会を果たした時に、木苺と蛇が苦手という属性持ちの飼い犬的ポジションを与えられることでしょう。
── Can you touch that slime?
I will stop it.
「いや、やめておくよ」
幼馴染たちがお庭で何やら騒いでいます。どうやら一匹の小さなスライムが迷い込んできたようです。真性悪役令嬢としては正統派ヒロイン役令嬢のキレイな顔に消化液の火傷痕でも作ってやりたいとこですが、あなたは子供ながらクールに言い捨てます。
これで何事にも消極的で気怠さを伴ったクールなキャラ付け成功です。自分の命令に従わない嫌なキャラとしてお嬢様に強く印象を残すことでしょう。
もちろん、そのあとでスライムをちゃんと逃がしてやるところを正統派ヒロインに見つかってしまうポイント稼ぎもお忘れなく。
── Can you climb the tree?
Please step on me as a step.
「僕を踏み台として踏んでください」
──そう来るか。さすがの悪役令嬢もあなたを踏まずに二の足を踏むでしょう。キラキラとした無垢の笑顔で四つん這いになるあなたは、今後の人生において要注意キャラとしてマークされるはずです。一応攻略対象に入ってはいるものの、一度でも踏んでしまってはどんなイベントが待っているのやら。転生お嬢様としても迂闊に踏めません。でも怖いもの見たさで、ちょっとだけ攻略ルートに入ってみようかしら。
「あそこの木苺を摘んできてくださらない?」「この茂みには蛇がいます。Please step on me as a step.」
「ねえ、あんたスライムを触れる? 触ってみてよ」「スライムの消化液で火傷するといけない。Please step on me as a step.」
もう無敵です。どのようなケースにも対応できる魔法の一言で、逆に悪役令嬢を追い詰めることができる唯一の攻略キャラになるでしょう。
私ですか? 「Please step on me as a step.」と四つん這いになり、上目遣いに言われたら。当然「I will be glad to.」と無表情で言い放ちますわ。ブーツを脱ぎ捨てて薄っすらと蒸れた白タイツの爪先でそっと、なんてせずに、がっつりヒールの踵から踏んで差し上げます。だって、そう望まれたから。
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