僕はガジュマルになった -えんたー・ざ・JK部屋ー
梨鳥 ふるり
君の為なら、僕は妖精を産める
僕が死んだのは、アコちゃんの十六歳の誕生日だった。
アコちゃんは、最高の女の子だ。
クルクル表情を変える奥二重の瞳、何かあると直ぐに色づく頬、笑った時に桃色の唇の隙間から八重歯が覗くところ等々、何もかもが僕の胸を打つ。
アコちゃんは出会った瞬間から僕に、馬車馬の様に働いてこの娘に貢ぎまくろうと決心させた。
僕はアコちゃんになら、頭から喰われても良いと思っていたし、もしも口に合わなくて吐き出されても、一言も文句を吐かない自信があった。
そんな大事なアコちゃんの誕生日に、僕が張り切らないワケが無い。
僕はアコちゃんをショッピングモールへ誘って、街へ出かけた。
渋々といったつれない態度のアコちゃんに好物をご馳走し、ショッピングモールをブラブラした。アコちゃんは雑貨店の前で足を止め、小さな観葉植物を僕にねだった。
それは小さなずんぐりした木で、グラスにちょこんと植えられていた。その木は肉厚そうな葉を茂らせ、どっしりとした根をくねらせていた。
ガジュマル、というネームカードを見れば、「ああ、ガジュマル」と、二人で何故か納得しあう。
ネームカードには、
この木には、幸運をもたらす妖精『キジムナー』が宿ると言われています。
と、説明書きが添えられていた。
いいでしょ? 勉強机に飾りたいの。
アコちゃんが言い終わる前に、僕はその木をレジへと持っていき、リボンをかけて貰った。
アコちゃんは嬉しそうにプレゼントを受け取ると、ラッピングされた小さな木をのぞき込んだ。僕はそんなピュアなアコちゃんを満面の笑顔で見つめ、今すぐにでもこの小さなガジュマルの木にキジムナーが宿る様に祈った。
どうか、どうかアコちゃんに幸せがたくさん降り注ぎますように!
色とりどりのショッピングモール内を、アコちゃんを連れて浮足立って歩いた。途中、色々な人々が通り過ぎていく。家族連れ、カップル、若者のグループ……皆楽しそうに。僕とアコちゃんはその内の一組、いいや、誰よりも幸福な一組に違いない。そう思うと、胸の中が温かく満たされて、通り過ぎる人々皆の更なる幸せを願いたくなった。
そんなハッピーな僕を、後ろから早足に追い抜いて行った男がいた。男は前かがみの姿勢で早足に人混みを突き進んでいく。妙に攻撃的な雰囲気を醸し出していて、反対方向から歩いてくる人々に向かい縫うように進んでいた。
そいつは、僕の少し前を行く女性二人連れの片方に腕をぶつけ、向かいから来る若い女性と触れるか触れないかの距離で勢いよくすれ違う。若い女性は勢いに少し身を固くし、驚いた表情を浮かべていた。
女性だけを狙っている、と僕は直観した。
カップルや父親のいる家族連れには全く近寄っていなかったのだ。
イヤに気になって目で追い続けると、男はベビーカーをひく母親の方へと歩進の向きを変えた。父親は見当たらない。
不穏な気持ちでいる僕の位置から、ベビーカーの中身が見えた。
ピンク色のオーバーオールを来た赤ん坊だった。少ない産毛の前髪をリボンで括って目をくりくりさせている。
その様子に、アコちゃんの小さな頃もあんな風……と、思わず胸がキュンとなる。僕は目に入る素敵な女性全てにアコちゃんを重ねる悪癖があった。愛らしい赤ん坊も、活発な幼女も、綺麗なお姉さんも、優しそうな母親も、賢そうなキャリアウーマンも、艶やかな熟女も、お茶目な老婆も、全部アコちゃんの人生と照らし合わせては、甘く、少し寂しいため息を吐く事が、たまらなく好きなのだった。
僕は思わず駆け出した。ベビーカーの中身はアコちゃんでは無いけれど、それでも。
男の足が、ベビーカーを蹴った。ベビーカーの前輪が浮き上がって、勢いよくクルクル回る。赤ん坊の首が、予期せぬ振動にグラッと揺れた。
もしもああされたのが赤ん坊のアコちゃんだったらと思うと、ドッと怒りが湧き上がる。
男は「痛ぇな!」と、母親に喚き出していた。
泣き出す赤ん坊を急いで抱き上げる母親の怯えた顔を見て、更に怒りが湧く。
母親も赤ん坊も、もはや僕のアコちゃんだった。母親になったアコちゃんが、赤ん坊の頃のアコちゃんを守ろうと身を縮めている。そう思うともう溜らなかった。
「邪魔なんだよ!!」
男は反撃出来ないのを分かっていて、赤ん坊を抱く若い母親に喚いている。
僕はそこへ駆けつけて、男の肩を掴んだ。想像以上に男の肩が跳ねて、吹き出しそうになる程の驚愕の表情が僕を見た。僕は本当に小さく吹き出してしまって、それが良くなかった。
男の顔が青ざめ、赤くなり、次の瞬間、理不尽の塊は、僕が何か言う間もなく奇声を上げて飛び掛かって来た。
*
目を開けると、真っ白な所に立っていた。
手にはアコちゃんにプレゼントした、ガジュマルを持っていた。
ガジュマルを見下ろしていると、目の前に見知らぬ幼女が現れて『儂は死神じゃ』と言った。
「死神?」
「そう。そなたが死んだので、迎えに来たのじゃ」
僕はそう言う幼女をまじまじと見た。
華やかな菊模様の着物を着ていたので、なんとなく七五三を連想し、七歳くらいだろうか、と予想した。
切れ長の瞳、小さな鼻、桜の花びらの様な唇を持つ顔は、人形のように整っている。
死神を名乗る幼女は呆けている僕に、再度声を掛ける。
「聞いておるのか? 死んだので迎えに来たぞよ」
僕はハッと我に返る。
僕が、死んだ?
「死……あ、アコちゃんは!?」
獣の様に吠えて飛び掛かって来たあの男の、泣き出しそうな顔を思い浮かべながら、僕は真っ先にアコちゃんの無事を知りたがった。
「娘っ子は生きておる。そなたに幸運の木を持たせてくれたぞよ」
「幸運の木……? ああ、ガジュマルの事か。これは、僕のじゃないんだ」
「そなたが手に持っているなら、そたなのものじゃ」
「どうして僕が……」
僕は手にした小さなガジュマルを見下ろして、アコちゃんの事を思った。
このガジュマルを勉強机に飾り、キジムナーは宿るかしら? なんて思いめぐらせ、ほんの少し楽しくなってくれればと思っていたのに。
アコちゃん……今頃どうしているだろう?
「今まさに出棺での、娘っ子はそなたの棺にその木を供えたのじゃよ」
「アコちゃん……せっかく、誕生日プレゼントだったのに……って、え? 出棺!?」
「死んだからの」
さっき言っただろ、という調子で幼女が言った。
僕は慌てふためいて首を振る。
「ななな、困ります! 僕はアコちゃんを永遠に幸せにしなくてはいけないのに!」
「うぅん……でも、死んだからの、ジ・エンドなワケじゃ」
「そんな! なんとかなりませんか!?」
「うむ。なんともならん。じゃが、そなたは幸運の木を持っておるから、ちょこっとだけ特別じゃ。幸福やら幸せやら奇跡やらの名を貰ったモノは、持ち主を幸せにしようという志を持っておる」
僕は反り返って頭を抱えた。
「ぐあーっ! そんなパワーがあるならあの時何故!? どうせなら生きてる時に発揮してくれ!!」
「まぁ、そう幼い木を責めるでない。その木はのぅ、めっちゃ頑張ろうとしとったんじゃよ……じぇーけーの勉強机に飾られるところだったんじゃぞ?」
「……」
「それなのに、まさかいきなり出棺のお供とか、絶望じゃろが? 木だってめっちゃ悔しがっとるんじゃ」
「じゃあ今の状況を何とかしてくれ!!」
木が「めっちゃ」とか言われても、何の慰めにもならない。僕は喚いて幼女を、次にガジュマルを睨みつけた。
小さなガジュマルが、微かに震えたように見えて、少し胸が痛んだ。
そもそも、この幼女の言うことは本当なのだろうか。
実は僕は死んでなんかいなくて、病院のベッドに横になり、変な夢を見ているのかもしれない。もしかしたら病院のベッドでもなくて、そもそも事故になんて合っていなくて―――そうだ—――目を覚まして、再びアコちゃんを見守る毎日が始まって―――。
そうだったらどんなに良いだろう。
僕がたまらずに、ウッと嗚咽を漏らしたその時だった。
ガジュマルが急に輝き出した。
慌てて幼女の方を物問いた気に見ると、幼女は首を傾げて「なんかようわからん」という顔を僕に向けた。
「ど、どうなってるんだよ……!?」
「うむ。『その願い、しかと賜った』みたいな光り方じゃのう」
「だってまだ……!!」
幼女の不可解そうな様子に凄く不安になって、ガジュマルを見下ろした。ちょうどそのタイミングで、ガジュマルがピカッと一際強い光を放ち、思わず目を閉じた。
*
再び目を開けると、アコちゃんが僕をのぞき込んでいた。
アコちゃんは「やっぱり傍に置かせてね」と泣きながら言って、そっと僕に手を伸ばす。
僕はアコちゃんに持ち上げられて、両手でぎゅっと包まれた。
僕はアコちゃんの両手の中から、信じられない光景を見ていた。
それは、花の敷き詰められた棺桶に眠る、僕だった。
ポタポタと葉に雫が落ちてくる。
アコちゃんの涙が、僕の葉や根に降り注いでいた。
僕は、小さなガジュマルの木になっていた。
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