第15話

「な、なんなんですか!」


 手続きを行っていくうち、驚いたようにそう大きな声を出したのは受付のミリシアだった。



「いや、なんなのと言われても」


「この薬草! なんで、こんなに新鮮なんですか! というか、根っこから採ってきてあって、それなのに土は全くついていなくて、葉も傷んでいなくて……すごいです!!」


 完璧な状態の薬草が並べられていることに、ミリシアは立ち上がりながらキラキラと目を輝かせていた。



「他の人が採ってくる薬草といったら、葉がちぎれていたり、適当に引っこ抜いてきたり、運んでくる間に潰れてたり……ぶつぶつ」


 そして、すとんと座り直し、闇落ちした目になったミリシアは他の冒険者たちに対する愚痴をぶつぶつと吐き出し始める。



 ユウマたちのやりとりが聞こえる範囲にいて、なおかつ心当たりのある冒険者たちは、自分たちに対する不満だと怯えるようにビクリと背筋を伸ばしていた。



「まあまあ、とりあえず薬草は大丈夫ってことでいいんだよな? 荷物運びも問題なかったと思うけど……」


 話が脱線しているため、ユウマは話を戻すことにする。



「あぁ、そうでした。そちらが優先です。薬草の品質は高く、終了証もしっかりとサインがされていますので二つとも依頼達成となります。初依頼の達成おめでとうございますっ!」


「ありがとう」


 大袈裟に喜んでくれるミリシアに対して、ユウマは落ち着いた様子で礼を言う。



「それで、本題に移りたいんだが……ちょっとここでは……」


 ユウマはクリムゾンベアについて話をするのに、ここで話しては余計な情報を周囲に与えてしまうと考えていた。



「なるほど、深刻な内容のようですね……では、あちらの部屋に行きましょう。カウンターの中に入って来て下さい」


 ユウマが話そうとしている内容の重さを感じ取ったミリシアは受付内にある一室へと彼らを案内した。



 冒険者の身でありながら、しかも駆け出しのユウマがそんな場所に行くことに、他の冒険者たちが注目している。



 当の本人はそんな視線などどこ吹く風といった様子で、リリアーナを伴って奥の部屋へと向かう。


 テーブルをはさんで向かい合う形で互いに椅子に腰かけた。



「――さて、色々注目は浴びてしまいましたが、ここなら他の人に声は聞こえないはずです」


 扉を閉めたその部屋は外に音が漏れづらい環境になっているため、安心して話すことができる。


 冒険者の中には大っぴらにすることをはばかられる話もあり、こういった部屋を用意してあった。



「それじゃあ、話していこうか。俺は先に荷物運びの依頼を終わらせてから森に向かったんだ。そこで、やばい気配を感じて駆け付けた。そうしたら、そこに彼女リリアーナがいたんだ」


 ユウマがそこまで話すと、ミリシアの視線はリリアーナに向く。



「え、えっと、私はあるパーティに臨時で加わって依頼のために森に向かいました。その……」


 ちょっと焦りながらも話始めたリリアーナは扉のチラリとギルドの入り口を見た。



「あー、なるほど……」


 それが先ほど揉めていた原因なのだろうとミリシアは推測している。



「えぇ……その方たちと一緒に森に向かったんですけど、森の中でクリムゾンベアに遭遇したんです」


「――クリムゾンベア!!」


 その名を聞いたリリアーナは、目を見開き大きな声をあげながら立ち上がる。



 彼女の様子を見て、ユウマはやっぱり場所を変えてよかったと頷いていた。



「し、失礼しました……その、本当に南の森でクリムゾンベアと遭遇したのですか? あの森は低ランクの冒険者も活動する森で、それほど危険な魔物はいないはずなんですが……」


 ミリシアの驚きも無理はない。


 クリムゾンベアは街に近い森で現れるようなレベルの魔物ではなく、もっと奥地などの空気中の魔力量の多い場所などで出現する強力な魔物たちである。



 討伐依頼を受けられるのも、最低Cランク以上の冒険者に限られている。


 ユウマの三つ上のランクであり、それだけの実績が求められるだけの強い魔物だった。



「えぇ、私もそう記憶しています。でも、あの森で私たちのパーティは襲われて他の方々は逃げて、私が囮を引き受けることになりました」


「……おとり!? 一人で、おとりに!?」


 女性を一人で囮にしたことに驚いたミリシアはここでも驚いて大きな声を出す、両手でテーブルを叩くというおまけつきで。


 しかも、仲間を置いていくというパーティ戦ではありえない戦術を選んだリリアーナの元パーティメンバーがいた方向を睨みつけている。



「どうどう、落ち着いてくれ。無事だったから大丈夫だ」


 そんな彼女をユウマが馬を落ち着かせる時のようにしてなだめる。



「ど、どうどうって、私は馬じゃありません!」


 それは彼女に伝わっており、ユウマを怒鳴りつける。



「ま、まあまあ、落ち着いて下さい。話を続けましょう。私は囮になってクリムゾンベアをひきつけていたんですけど、そこをユウマさんが助けて下さったんです!」


 一生懸命なリリアーナの説明を聞いたミリシアが眉間にしわを寄せながら首を傾げている。



「あ、あれ? どうかしましたか? 何か変なこと言いました……?」


「あぁ、すみません。その、冒険者になりたてのユウマさんがクリムゾンベアから助けてくれたというのが……受けた依頼も荷物運びと薬草集めと初心者向けのものですし……」


 ユウマの実力に対してリリアーナは懐疑的な様子だった。



「そ、そんな! ユウマさんは、本当に強くて……!」


 なんとか彼の強さについて伝えたいリリアーナだったが、能力について明かすわけにもいかず、それ以上の言葉が出てこない。



「信じてくれるかは別としてとりあえず、俺がクリムゾンベアを倒した。やり方も企業秘密だ。一応これが証拠代わりになるかな?」


 ユウマは今度もカバンから出すようにクリムゾンベアの魔石を取り出してテーブルの上に置く。



 宝石のようなソレはゴブリンのものよりも大きく、そして赤く輝いている。


 少しの傷もなく、見る者の目を奪うほど美しい。



「こ、これは……!」


 すっかり魔石に見入ったミリシアはすぐに虫眼鏡のような魔道具を取り出して確認する。



「確かに、クリムゾンベアのものです……」


 魔道具をテーブルに置いたミリシアはやや呆然とした表情になっている。


 彼女がこれまで見てきたものの中でそれは一番美しいクリムゾンベアの魔石だった。



「俺が倒したかどうかは別として、クリムゾンベアがいたという証拠にはなるだろ? まあ、俺がどこぞで買ったりしてないということを信じる前提だけど」


 ひょいと肩をすくめたユウマの言葉に、ミリシアは真剣な表情になって、一つ深く頷いた。



 ここからは、ユウマの能力を隠しながらクリムゾンベアとの遭遇から戦いの説明へと移っていった。

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