第16話

 ひと通りの説明を聞いたミリシアは、再び神妙な面持ちになる。



「なるほど……そうでしたか。やはり実際に見ていないのでユウマさんの実力に関しては、判断しかねます。ですが、魔石や爪などをお持ちいただいているので、クリムゾンベアがいたという情報は上にも報告しておきます。……その、この爪だけでもお預かりしてもよろしいでしょうか?」


 何かしら証拠がないことには、上申するにも根拠が足らないため、遠慮がちにミリシアはこのようなことを頼む。



「あぁ、構わない。爪くらいだったら、返さなくてもいいさ。それよりもなんであんな魔物が南の森にいたのか、それと危険性の周知だけでもしてくれると助かるよ」


 ふっと柔らかく笑ったユウマはそう言って立ち上がり、お辞儀をしたリリアーナもそれに続く。



「あっ、色々とありがとうございました! 疑うようなことを言ってしまったにもかかわらず、快く素材まで提供して頂いて……」


 慌てたように立ち上がったミリシアはユウマの寛大な対応に感謝して頭を下げている。



「――ただ!」


 扉を開ける前、思い出したようにユウマは振り返り、一つ大きめの声を出す。



「俺たちは善意で報告をしたわけで、善意でその素材を提供している。ということで、十分ギルドに協力したと思います。つまり、これ以上の協力をするつもりはありません」


 突き放すようにそう言ってニコリと笑ってから部屋を出ていくユウマ。リリアーナもペコリと一礼してから彼に続く。



 残されたミリシアはしばらくポカーンとしたまま、ユウマたちの背中を見送っていた。


 言葉の意味を理解した時には、既にユウマとリリアーナはギルドを出ていた。



「さて、ギルドへの報告は終えたことだし、宿に部屋をとるか」


「――えっ!? えっと、その、あの……」


 ユウマの言葉を聞いたリリアーナは驚き、汗を浮かべながら視線を泳がせている。



「どうした? もう宿はとってあるとか? もしくは、人の家に泊っているとか? ……あぁ、いやこの街に家があるとか?」


 彼女の反応に首を傾げつつ、ユウマは可能性をつらつらと上げていくが、リリアーナの表情は芳しくない。



「……その、宿なしなんです。それに、宿に泊まるお金も……この際だから正直言っちゃいますけど、これまでなかなか依頼をうまくこなせなくて、旅のお金も尽きてきて、今回の依頼はなんとしてでも達成したかったんです……」


 ユウマとは短い付き合いとはいえ、自分の色々な面を見せてきているため、全て正直に話そうとリリアーナは覚悟を決めて話した。恥ずかしさと情けなさが入り混じった表情で立ち尽くす。



「なるほど……それじゃあ、ここからバンバン稼いでいこう! とりあえずは、リリアーナの装備を整えに行くぞ!」


「ちょ、ちょっとユウマさん!」


 何かを言われる前にユウマは彼女の手を握ると、武器屋へ向かって笑顔で走り出した。


 ぐいっと引っ張られて走り、急な展開に戸惑いながらもリリアーナは胸にこみあげる嬉しさから先ほどまでの悲しげな表情が消えていた。






 しばらく走ったところでユウマが足を止める。



「――よし、ここでいいか」


「は、はあはあ、ユ、ユウマさん、足早いし体力ありすぎじゃないですか……!?」


「あー、なんかそんな気はしてたけどやっぱりそうなのか……」


 リリアーナの知る範囲でもユウマの身体能力の高さは破格だった。


 ユウマ的には軽く走ったつもりだったが、リリアーナからしたら全力疾走に近く、彼女は肩で大きく息をしている。



「もしかして、クリムゾンベアを倒したことでレベルが上がったのかもしれませんね!」


「レベル?」


 もちろんレベルという言葉はユウマもしっている。


 ゲームなどで、経験値を貯めると上がるランクであり、レベルが上がると力や素早さなどが上がる。



「はい、レベルです。……あれ? ユウマさん知りませんか? 魔物をたくさん倒すと、強力な魔物を倒すとレベルというものが上がって強くなるんです。中にはスキルが強化されることもあるそうですよ!」


 リリアーナの説明を聞く限り、この世界でのレベルも地球のゲームのレベルと同じようなものであることがわかる。



「なるほどな……じゃあ、もしかしたら俺の収納魔法も色々できるようになるのかもしれないか」


 現状でも十分に便利な魔法であるが、これ以上の能力が付与されれば戦闘でも日常生活でも十二分に活用できると考えていた。



「王城なんかでは、能力を確認する魔道具があるみたいですけど……いつか見てみたいです!」


「……」


 能力確認用の魔道具の話をするリリアーナを見て、ユウマは複雑な心境になっている。


 ユウマも勇者召喚された際に他のクラスメイトと共に能力の確認を行った。



 ――その結果が、命を狙われるというものだった。



「ま、まあ、それは機会があったらということで、まずは店に入ろう。さあさあ」


「ちょ、ちょっと、私お金ないんですよ、わわわ!」


 嫌な思い出を振り切るようにユウマは強引に話を打ち切ると、リリアーナの背中を軽く押して店の中へと入っていく。


 リリアーナは何とか引き留めようとするが、彼の力に負けて扉をくぐってしまった。



「はい、いらっしゃいませ」


 やや恰幅のいい店主がニコニコと笑顔で声をかけてくる。



 店の中には、片手剣、大剣、小剣、ナイフ、槍、片手斧、両手斧、ハルバート、杖、ナックルなどなど様々な種類の武器が陳列されていた。



「それじゃあ、ナックル系の武器を見ていこう」


「は、はあ――本当にお金持っていないのに……」


 困ったようにブツブツと言いながらもリリアーナは促されるまま、ナックルが置いてある場所へと移動する。



「わあ!」


 だが到着したとたん、陳列されたナックルたちに目を輝かせて一つ一つ順番に手に取っていく。



「どうぞ、気になったものがあれば装備してみて下さい。ただお試しの際は、周りに気を付けて下さいね」


「はい! それじゃあ、早速……」


 穏やかな店主の声掛けにぱっと顔を上げて笑みを見せたリリアーナは一つ装備しては軽く拳を振り、満足すると次のものを手に取ってと順番に確認していく。



 今までは、なんとか一つ手に入れたものだけを持っていたが、人前で使うことはなかった。


 しかし、ユウマはそんな自分のことを認めてくれた。


 彼女にとって今回が初めて自由に武器を選んで装備する機会だった。



 リリアーナが楽しんでいる一方で、ユウマは店の中を眺めていた。



 そして視線がある場所で止まる。



「……あれはなんだ? なにか特別ないわれでもあるのか?」


 少し向こうでリリアーナが手にしている武器は、誰でも触れるように陳列されている。


 それは、他の剣も斧も槍も全て同様だった。



 しかし、いくつかの武器だけは触れないように特別な陳列棚に収納されている。



「あぁ、アレは少々特別な武器でして、値が張るので他の武器とは同じように一緒には置いておけないのですよ」


「なるほど……あそこにあるナックルも彼女に触らせてもらってもいいか?」


「いや、それは……」


 ユウマの言葉に難色を示す店主。



「じゃあ、これで頼む」


「なっ!? そ、そういうことなら……今持ってきます」


 取り出した王金貨を一枚握らせると店主はそれまでの態度を変えて、慌てて特別陳列棚からナックルを運んでくる。



「こいつは……よくわからんが強そうだな。リリアーナ! こっちにきて、これをつけてみてくれ」


「あっ、はい!」


 この武器がどんなものであるのか知らないリリアーナは、ユウマの声掛けに近づいてくると何気ない様子で手に取って装着する。

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