第14話

「……あ、あの、やっぱりおかしいですよね?」


 殴り専門のエルフであることのおかしさを泣きそうな表情のリリアーナが確認してくる。



「いや、殴り専門なのは別にいいんだけど……威力が」


 対して、ユウマはあまりの威力に驚いていた。大きくへこんだ鎧に近づきながら彼女の拳を思い出す。



 取り出した時の感覚で、鎧はそれなりの重量であることはわかっている。


 そして、鎧自体の強度も高い。



 にもかかわらず、吹き飛ばしへこませた結果にユウマは驚き、呆れてもいた。



「ってか、恥ずかしいっていうのがよくわからないんだけど……」


「えぇ!? だって、エルフなのにこんなの恥ずかしいじゃないですかぁ!」


 エルフが恥ずかしいと思うポイントがわからないため、ユウマは首を傾げる。



「まあ、俺は純粋にすごいと思ったよ。あれだけの力を持っているのは誇っていいと思う!」


「えっ? えぇ? そ、そうですか? ……そ、そうなのかな?」


 笑顔でユウマに褒められたため、リリアーナは嬉しくなってきている。



「あぁ、馬鹿にしたり笑うやつがいたら、それこそぶん殴ってやればいいさ」


「ふふっ、さすがにそんなことはしませんけど……でも、うん、ありがとうございます。こんな風に褒められたの初めてですっ!」


 エルフの里では魔法が使えないことを馬鹿にされ続け、そのことから里を出てからなるべくそのことを隠しながら生きてきていた。



 ゆえに、正面から素直な言葉をかけられたのは初めての経験であるため、リリアーナは嬉しさからふにゃりと表情を緩め、頬を赤く染めていた。





 そんな話をしながら、二人は森をあとにして街へと戻っていく。





 無事に帰ってきたユウマたちはまずは冒険者ギルドへと報告に向かった。


 入る前から大きな声で話をしているグループがあり、その声はギルドに入ろうとしているユウマとリリアーナの耳にも届いていた。



「――ったく、あのエルフ。魔法も使えねえのに魔法使いみたいな恰好しやがって!」


「ほんとほんと、困るわよねー」


「でも、いい囮になってくれたおかげで僕たちの被害はゼロだからいいじゃないか!」


「いまごろ……」


「あぁ、さすがにクリムゾンベアには勝てねえだろ!」


 禿頭で頭部以外は鎧でおおわれている男性、腰にナイフを身に着けている身軽そうな女性、片手剣を腰に身に着けたハーフプレートメイルを装備している男性。大声でゲラゲラと笑いながら話すのはこの三人だった。



 中に入る前に、耳に入ってきた三人の会話にリリアーナが足を止めて唇をきゅっとしながらユウマの服の裾を握っている。


 その手は軽く震えていた。



「……あぁ、なるほど。こいつらがその一緒に森に入ったやつらなのか」


 会話の内容とリリアーナの反応から、ユウマは彼らが何者なのかを理解していた。


 胸に沸き起こるモヤモヤ以上に、悲しげなリリアーナの顔を見たくなかった。



「リリアーナ、大丈夫だ。何も臆することも、卑下することもない、堂々と中に入るぞ」


「ユウマさん……っ、はい!」


 少しでも彼女の気持ちが落ち着けばとユウマが笑顔でそういうため、元気づけられたリリアーナも薄っすら目尻に涙が浮かんでいたが笑顔で彼についていく。



 二人がギルドの中に入ると、先ほどまで騒いでいた三人はハッとしたように声をひそめる。



 ユウマとリリアーナが連れ立って受付に向かおうとしているのを見て、元パーティの軽装女性が二人の進行方向に立ちはだかる。



「あ、あんた無事だったのね。べ、別に私たちは悪くないからね! あんたがそんな恰好でいるからいけないのよ!」


 びしっと指を突き刺しながら声を張り上げた女性。


 リリアーナを囮にして逃げたが、非は自分たちにはないと彼女はわざわざ宣言してきた。



「ふふっ、はい、わかりました」


 元々彼女たちを責めるつもりもなかったため、リリアーナは笑顔で対応した。そのころには手の震えも収まっていた。



「っ……な、なに笑ってるのよ! ふざけるんじゃないわよ!」


 しかし、自分たちの行いを周囲に暴露されるのではないかという不安から焦っている軽装女性は強気な態度でリリアーナを恫喝する。



「――悪いが……それ以上彼女に何か言うなら俺が相手するぞ?」


 ユウマはリリアーナと軽装女性の間に立ちはだかって、にらみつける。



「あ、あんた何よ! ……あぁ、そういうこと? 戦う力がないから、身体でその男を篭絡して守ってもらおうってことね。馬鹿な男よ……っ!」


 軽装女性がそこまで言ったとこで、ミシリと何かがつぶれるような音が聞こえてくる。



「それ以上、ユウマさんのことまで馬鹿にするような発言は控えて頂けると助かります」


 その音は怒りからこぶしを握ったリリアーナのほうから発せられていた。


 彼女は笑顔のままだったが、目の奥は笑っておらず怒りに満ちている。



「わ、わかった! おい、もういいだろ! 行くぞ!」


 空気の変化を感じ取った元パーティの男二人は慌てて軽装女性の腕を左右から掴むと、ギルドからそそくさと出ていった。



「ふう、ユウマさん。ありがとうございました」


「あぁ、こちらこそ」


 呼吸とともに怒りを潜めたリリアーナはふわりと笑顔で彼に間に入ってもらったことを、ユウマは自分のために怒ってもらったことを感謝しあう。



 それを見ていた周囲の冒険者たちは、場が落ちついたのを見てホッとしているようだった。



「さあ、本来の目的に向かおうか」


「はい!」


 そう言うと二人は受付カウンターへと向かって行く。


 そこには、ユウマの登録や依頼の受付を担当してくれたミリシアの姿があった。



「ユ、ユウマさん! 大丈夫ですか? 何かもめていたみたいですが……」


 冒険者登録したばかりのユウマが他の冒険者に絡まれているのを遠目で見ていた彼女は、心配いっぱいの表情で開口一番そんな声をかける。



「あぁ、まあ少し言い合いになったくらいさ。それより、まずは俺の依頼の報告からしたいんだけどいいかな?」


 まずは、という前置きをしたことで、他にも用件があるということを示唆している。



「わ、わかりました……!」


 ミリシアはユウマの後ろについてきているリリアーナにチラリと視線を送って、神妙な面持ちで手続きを進めていく。



「それじゃあ、荷物運びと薬草採集の依頼を確認します」


「了解」


 ユウマは荷物運びの終了証、薬草数束、冒険者ギルドカードをカウンターに並べていく。



「確認と手続きをしますので、少々お待ち下さい」


 仕事モードに入ったミリシアはそう言うと手早く終了証の確認と薬草のチェックを行っていく。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る