第4話 何故時間は有限か?

『”魔族”を選択します。これは一度選択すると、変更ができません。よろしいですか?」


 もちろん『YES』だ。

 魔族というのは基本的に一種類らしい。見た目は若干青白い感じの人間だ。エルフほどではないが耳が尖り、瞳が若干縦に裂けている。人間にうっすら人外要素を加えた感じか。そういうのを期待している人には物足りないかもしれない。これがベースモデル。

 人によったらここから更にいろいろアレンジを加えて『自分』を作るんだろうが、俺はそんなことはしない。自分のモデルに、魔族の特徴をシュート。試合終了だ。


「…それで良いのですか? どうせ新しい世界に行くのです。もう少し変えても良いのでは?」


 俺が人外風味になった自分に満足していると、なぜかソーンさんが声をかけてきた。ひょっとすると、リアル対策でそう云う誘導をするようにAIを組んでいるのかもしれない。

 以前VRMMOであった事件だが、なんでもほぼほぼ本人で作ったキャラで身バレして会社で厄介なことになった事件があったらしい。

 それに言われてみればたしかにそうだ。どうせここはリアルではないのだし、多少、洒落っ気を出すというのも手の一つだ。

 ただし、俺に洒落っ気はない。下手にいじれば、おそらくもっとモンスターチックな何かになるに決まっている。もともとメガネを掛けているから外せばいいし(ゲーム内は視力の良し悪しが関係ない)、せいぜい髪色でもいじるくらいだろう。俺の目的はどのみち身バレしても構わない。

 髪色を黒から赤に変える。なんとなくだが、三音のことが浮かんだからだが、怒られたら謝ろう。髪色くらいはなんとかなりそうだし。

 以上で俺は満足した。


「…ふむ、まあ、大丈夫ですかね」


 上から下まで観察したソーンのお眼鏡に、一応かなったらしい。ローブの中に見える紫色の瞳がキラリと輝くのが見えた。よく見るとその瞳にはなんと魔法陣のようなものが浮かんでいる。こんなところもファンタジーだ。

 そういえば、この案内人の顔、一度も見てないな。なんとなく美人そうではあるんだが。


「…では、準備が整ったようですね?」


 そのローブの下は、と下世話なことを考えていると、ソーンのその不思議な瞳が俺を見据える。どうやらこれでキャラメイクは終わりらしい。

 ソーンの口元が小さく動いたかと思うと、足元にふわりと紫色の光が魔法陣を描き出す。


「これから、あなたを『ファルテシア』の世界へとご案内します。そちらの魔法陣に乗れば、次の瞬間には、あなたはファルテシアの住人です。準備はよろしいですか?」


 おそらく最終確認なのだろう。そしてファルテシアというのが世界の名前らしい。

 他に聞かなければまずいこともないので、俺はそのまま魔法陣に乗る。

 その様子をソーンは静かに見守っている。


「もう、よろしいですか?」

「はい。お願いします」


 細かいことはあとでwikiなり何なり調べればいい。今は兎に角、先ゆくのみ。

 ソーンがまた何かをつぶやくと、足元の光が強くなり、徐々に風が起き始める。いやすごい演出だ。やはり五感体験VRを歌うだけはある。


「では、紡ぎ手『トレス』。あなたをこれからファルテシアへと贈ります。これから始まるのは、あなた自身の物語。良き物語の紡ぎ手として、活躍を期待いたします」


 あなたが主人公の物語、だったか。なるほどそれで紡ぎ手ね。

 それにしても再現がすごい。


「あ」


 現実ではありえない現象を楽しんでボーッとしていたからか、徐々に光が強くなっていくのを眺めていたら、肝心なことを聞き忘れていた。


「あのすみません! 最初の場所に、図書館はありますか!」

「はい?」


 すでに光は俺の視界をほぼ覆ってしまっていた。なかば叫ぶように質問すると、光の壁の向こうから、呆れたような返事がくる。そりゃいま聞くような質問じゃないよな。でも今それが一番必要なんだ。

 無情にも光の壁は分厚くなり、視界は光に覆われる。なんとなくだが、徐々に意識が遠くなってきたような気がする。

 まあ、最悪向こうで聞けばいいか。

 そんな気持ちで俺は光の奔流に身を任せた。温かい水の中を揺蕩うような、なんとも言えない心地だ。これだけでもやってみた甲斐があったかもしれない。俺はそれを楽しむように目を閉じた。


「はじまりの街、アルゴアのバギンズを訪ねなさい。そうすれば道は開けるでしょう」


 そんな声が、意識を失う一瞬、小さな笑い声と一緒に聞こえた気がした。


 *****


 目を開ければ、知らない天井だ。

 よく使われるフレーズだが、実際体験するとなかなか怖い。これで目が覚めた場所が薄汚い倉庫だったらアクションが始まるし、死体置き場ならホラーが。そして、それが日の差す教会であれば、冒険が始まるのだろう。

 いきなり飛び込んできた光に目をパチパチと瞬いていると、徐々に周りの景色が見えてくる。

 今いるのは、石造りのドームの中、らしい。一瞬どうなったのかと思ったが、どうやら無事にあの白い空間から出られたようだ。あのままだとどうなるのかとちょっと不安だったのだ。

 俺は小さくため息を付いて、周りを見渡した。

 今いるのは、石造りの円形をしたドームのほぼ中央だ。中央にある、四角い柱を中心に建てられているらしい。これと言った装飾は見当たらないが、足元のタイルが中央の柱を彩るように貼られている。

 結構広いドームで、下手な運動場並みの広さがありそうだ。壁際には休憩用か、ベンチも並んでいた。見ようによっては殺風景かもしれないが、壁は一面壁画で彩られていて、なかなか見ていて楽しい建物だ。

 そしてそのドームの中だが、結構人が多い。

 格好は、もとが中世ファンタジーだからか、ローブだったり、革鎧だったり、フルプレートアーマーだったりと服装は様々。そしてそして着ている人も様々だ。

 人間は言うに及ばず。エルフ、ドワーフ、獣人など様々な見た目の人が歩いている。見た感じだとプレイヤーは頭の上に白い丸のアイコンが出るらしい。何故かカカシが歩いていたのは驚いたが、どうやらプレイヤーらしい。なにかの種族枠だろうか。

 そんな百鬼夜行じみたものを見ていると足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから人が現れる。つまりここはスポーン地点とかそういうものなわけだ。

 なるほどね。

 見るからに布の服といった出で立ちで現れたその人は、そのままふらりと外へ駆け出して行ってしまった。なんだか生地もうすそうだし、靴は布の靴。実にRPG序盤な感じだ。まあ、人のことは言えないけど。

 俺の格好もそのまま同じだ。地味な白色の布の服に茶色の布の靴。どちらも着心地がいいとはいえない代物だ。服はガサガサするし、足元は床の石材の感触と冷たさをそのまま伝えてくる。おそらく耐久力もなにもない、本当にただの初期装備なんだろう。ただそれだけ。しかし、そのそれだけがすごいとも思う。

 なにせ着ている質感、足元の感触。その全てが現実と見分けがつかないのだ。

 五感体験型と銘打っているだけあって、その辺のこだわりは恐ろしいものがある。なんでも人間の脳波を制御して、視覚聴覚触覚味覚痛覚と、そのすべてを現実とほぼ同じレベルまで再現しているらしい。科学、ここに極まれりという感じだ。しかも三音から聞いた情報によれば、それだけではないのだ。

 ひとまず、初めての五感体験型VRMMOだ。試しにぐるりと回りを見回す。景色を見ても、ほとんど現実のそれと見分けがつかない。

 NPCのマークが付いている住人もこの聖堂内にいるが、少なくとも見た目はそのまま生きた人間のようだ。見た目こそファンタジーだが、ファンタジーから現実世界に抜け出してきたらこう見える。それを忠実に再現している。

 俺は少しの間、当初の目的を忘れてぼんやりと見入っていた。


「どうされましたかな、そんなところで立ち尽くして…」


 そんなふうにぼんやりと見回していたからだろうか。俺は後ろから掛けられた声ではっと我に返った。

 

「あ、ああ。すみません。ちょっと見入っていました」

「はっはっ、やはり…。たまに異界の方々のなかには、そんな風になる方がいらっしゃいますよ」


 声の方へ振り返ると、そこに立っていたのは灰色のローブを身にまとった老人だ。マークを見るにNPC。

 いくつぐらいなんだろう? 腰はくの字に曲がっていて、ほとんど俺の腰のあたりに顔がある。顔はしわくちゃで、目は殆ど開いていない。ほとんど膝下までありそうな白いひげをふわりとはやしていて、見た目は好々爺といった感じだ。

 老人は俺の答えに、優しそうに細い目をさらに細める。


「その格好は、ここに異界の方が現れる際の最初の格好ですからな。そうじゃないかと思いました」

「そのとおり、ここは初めてでして。いやぁ…。色々と驚かされましたよ。ここもすごいですね」

「はっは、なにせここはスワイスマンが最初に降臨した地と言われていますからな。ここはそれを記念した建物なのですよ」

「ほー…。よければ教えていただいても?」


 俺が尋ねると、老人は嬉しそうに何度もうなずいた。

 老人いわく。

 この世界を最初に作ったのが、その『スワイスマン』と呼ばれる存在だそうだ。スワイスマンはまず空間を作った。それがこの世界だ。だから一般的にスワイスマンは最も偉大な神であり、主神なんて呼ばれるらしい。

 ただ、空間を作って幾年、スワイスマンは空間だけでは寂しいと思った。なので、そこからさらに3柱の神を作り、この星を作らせた。出来上がった星を見て満足したスワイスマンは、そこに降り立ち、人々の生活を見て回って楽しんだんだとか。随分フレンドリーな主神だな。

 そしてその降り立った最初の場所こそが、今このドームのある場所らしい。


「…なので、ここはスワイスマンの降り立った場所、スワイスマンの丘とも呼ばれております。それがいつしか伝説となり、人々が巡礼にくるようになり、発展して出来上がったのがここ、はじまりの街『アルゴア』です」

「なるほど…」


 俺は座っていたベンチで腕を組み、思わず唸っていた。

 なんでもあの中央の柱型のモニュメントは、そのスワイスマンが降り立った場所だという目印らしい。アレが一種の信仰の対象であり、このドームはその管理のための施設なのだとか。

 老人の話はなかなか長かったが、その分楽しかった。俺はゲームをやるときは、フレーバーテキストは必ず読む派だ。悪戯心のあるテキストが隠れていたりするのを見つけると嬉しくなるタイプだ。今回もそんな物にあたった予感がする。

 

「じゃあ、最初に我々、異界の住人が来るのも?」

「はい。この度の異界の住人の招待は、スワイスマンによるものと伺っております。おそらくここが、最もスワイスマンとの縁の深い場所故でしょうな。異界の住人を招いた理由は、よくわかっておりませんが…」


 そう言って残念そうに首を振る。やはりフレーバーをシステムに絡めてあるらしい。なかなかやっていて楽しいタイプだ。しかし、理由がわからないってなんだ?

 俺の怪訝な顔がわかったのか、老人は小さくため息をついた。


「スワイスマンの巫女、というのがおりましてな…」


 なんでも、もともとこのスワイスマンは、たまにこの世界に神託を下すことがあるのだという。

 それを聞くのがその巫女の役目だ。今回の異界人を招待するというのも、そこから世界中に伝わったのだとか。

 ただなぜか今回の神託は、その理由の部分がいまいち不明らしい。巫女も確かに聞いていたはずなのだが、何故か途中で雑音のようなものが入り、詳しい事がわからない。もともと巫女は世界に数人いて、それぞれが聞いたあとに間違えがないか確認するというのだが、今回その理由部分を聞けた巫女が一人もいない。それで、とりあえず異界人を迎えるというのだけが伝わっているらしい。一部では不吉の前触れなのではと言われているとか。


「…そうですか」


 そう言って悩ましげに眉間にシワを寄せる老人を見て俺もうなずく。

 多分、ストーリー関係だな。

 俺が三音に聞いた話では、まだ実装されていないが、このゲームにもストーリーはあるらしい。全く音沙汰なしと言っていたが、なんだ、こんなところで話が聞けるんじゃないか。

 俺が変な方向で感心していると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。老人と同じようなローブを着ているし、老人の関係者か?

 老人もそれに気付いたのか、おっと、と小さく声を漏らした。


「…おお、もうこんな時間ですか。こんな老人の話に付き合わせてしまって申し訳ない」

「いえ、大変興味深いお話でした。よければまたお願いします」


 これは俺の素直な感想だ。俺はストーリーを読むのが好きだ。年寄の昔話もわりかし好物だったりする。いくつか知らないが、この老人はゲーム内のフレーバー的な話を結構話してくれそうな予感がするのだ。

 そして、ここが一番大きいのだが、この老人の反応、息遣い、動作そういったものが実に自然だ。まるで生きた人間と変わらない。受け答えも全く違和感がないし、NPCとは思えないほどだ。よほど優秀なAIなんだろう。

 これで妹の言うことが本当なら、会話を楽しむというのも選択肢に入るかもしれないな。俺はフレーバー関係は聞くのも好きだ。

 俺の答えが嬉しかったのか、老人は顔の皺をさらに深くして、嬉しそうに笑う。


「おお、おお。嬉しいことを…。最近、若い衆が話を聞いてくれんでなぁ…。よければ、訪ねてきてください。私はトマスウィルといいます。最近暇でしてな…。ここの若い衆にトマスウィルに呼ばれたと言えば通じるでしょう」

「それはご丁寧に…。私はトレスといいます」


 別に本名を名乗ってもゲーム内の名前に変換されるらしいが、ここはちゃんと名乗っておこう。俺がそう言うと、老人も覚えておきましょうと応じてくれた。

 老人は歩み寄ってきたローブの青年に付き添われながら、そのままドームの奥へと消えていった。

 老人、トマスウィルを見送ったあと、俺は少しベンチに座り込んでボーッとしていた。

 まさかゲームで、ここまで人と話すことになるとは思っていなかった。良い気分転換になった気がする。ここ最近は業務連絡以外だと友人と喋った記憶もない。AI相手だ、というのはわかっているが、なんとなくいい気分だ。

 そしてまだメインディッシュが終わっていないのだ。

 俺は頭の片隅で『メニュー』と念じる。ピコンという音がして、視界に薄い色のついたガラス板のようなものが展開された。

 いくつかある項目の中から、探すのは『ゲーム内時刻』と、『現在時刻』だ。

 二つの時計があるメニューはすぐに見つかった。ゲーム内だと、いまは午後の15時頃らしい。そして現実時刻は、夜の10時。なぜそんな機能があるのか。それはこのゲームの最大の注目ポイントに由来する。俺はベンチに座ったまま、一旦ログアウトした。


 *****


「ふむ…」


 ヘッドセットを取って、一回体を伸ばす。頭を振ったり、ストレッチをしたり色々やって具合が悪くならないか確認する。そうして一通りやったあと、俺はあらためて時計を見た。時刻はさっきと同じ、午後10時すぎ。ふむ…。

 さっきのトマスウィル老人の話は、現実問題として確かに長かった。おそらく、実時間として、2時間ほどは間違いなく喋っている。そして、例のキャラクタークリエイトやらのもろもろの時間も含めれば、俺の体感では、間違いなく3時間ほどは向こうにいたはずだ。そして、俺がログインしたのが9時頃だ。

 

「くっ…!」


 思わず、笑いがこみ上げてきた。

 すごい。本当にすごい。

 三音から聞いたときは半信半疑だったが、まさか本当だとは思わなかった。そして、今のところ不具合もなさそうだ。これなら少なくともしばらくは楽しめる。

 俺はこみ上げてくる笑いを抑えるために、枕に顔を押し付けた。ご近所迷惑だからね。


 *****


 なにを俺がおかしく思っているのか。おそらくこれを体験していない人には、伝わりづらいと思う。

 俺が体験したのは、この『GWO』の五感体験に次ぐ、もう一つの目玉機能だ。そして、それこそ俺がこのゲームに惹かれた原因でもある。

 その名も、『体感時間伸延機能』。おそらく、ゲームでこれができるのは初めてだ。

 人間、一日が25時間あればなと思ったことはあるはずだ。あと一時間あればあれができる。あと少し時間があれば、もう少しゆっくり寝られる。そんななんとも言えないもどかしさを感じたことは、必ずある。

 しかしどんなに頑張っても一日は24時間だ。それが自然の法則であり、何人も破ることのできない絶対則。宇宙共通の鋼の掟だ。

 楽しい時はまたたく間に過ぎ、のしかかる仕事は時間をいつも圧迫する。それが、生物としての限界。

 しかし、なぜそうでなければいけないのか?

 そう自然法則に真っ向から中指を立てて見せたのが、この『体感時間伸延機能』だ。

 例えば、オレたちが現実で感じている1時間。それは間違いなく1時間だ。60分であり、3600秒だ。しかし、例えばそれが1秒が3秒の長さに感じるようになったらどうだろう? 1時間を3時間として体験できるのではないか? それを実際にやってしまったのがこの機能だ。

 この機能を使うことで、『GWO』内ではプレイヤーは1時間を3時間として体験できる。なんでも脳内処理を一部あの専用ルーターで肩代わりしたり、錯覚や特殊処理など様々な技法でこの『体感時間伸延機能』を実現しているそうだ。

 専門的な話はよくわからないが、様々な副作用などの議論、実験などいろいろな過程を経てようやく実現した先端技術だ。俺でもこの問題の記事は呼んだことがあるような、人類の科学技術の粋を集めたような画期的な機能。

 そして、だからこそ、これは俺の目的にしっかりと合致しているのだ。

 枕から顔を上げた俺は、思わずベッドの上でガッツポーズを取った。

 

「これで、俺の満喫読書ライフがスタートだ!」


 俺は喝采を小声で叫ぶと、いそいそとまたヘッドセットを装着した。ご近所迷惑はよろしくない。

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