第3話 キャラクタークリエイト
食事よし。
トイレよし。
戸締まりよし。
そして、機材の準備、よし。
俺はベッドの上で、さっき出したばかりのヘッドセットを点検しながら一つうなずいた。
例の強化プラスチックの箱を開ければ、中から出てきたのはヘッドセットと専用ルーターだ。光ファイバー回線が主流の昨今でも、大なり小なりラグはある。どうもそれを解消してくれるのが、この箱の半分を占拠している機械らしい。詳しくは知らないが、電源一つでセッティングできるのはありがたい。
機械の電源を入れ、動いているのを確認し、今はヘッドセットを見ているところだ。俺の頭には一回り大きい、顔を覆うタイプのヘッドセット。一回かぶると頭のサイズに最適な状態を維持してくれるというすぐれものだ。ちなみにこのセット、お値段3万円だそうな。それで利益が出るんだろうか?
まあ、そんなことは今の俺にとっては些細なことだ。どうでもいいとさえ思う。
今は早くこれを始めたい。
一通り点検を終えた俺は、小さく覚悟を決め、ヘッドセットを頭にかぶってベッドで横になる。目をつぶって30秒。一瞬だけモーターの駆動音が聞こえたかと思うと、俺の意識はすぐに闇に飲まれた。
*****
次に目に入ったのは、辺りを包む光だ。それが徐々に収束していき、やがて三本の光の柱となる。瞬間、その光の柱が一気に広がり、俺は飲み込まれた。
次に目に入ってきたのは巨大な惑星だ。海があり、大地があり、森が広がる青い星。だが、その大陸図は、明らかに俺の知っているものじゃない。未知の惑星、というわけだ。
その星の上を、七つの光がゆるりと走る。ただの点じゃない。巨大な光の塊。その一つが、突然俺の方に向かって飛んでくる。
ぶつかる。
そう思った瞬間には、その光は彼方へと飛び去っていった。だが一瞬接近したそれが、巨大な生物の姿をしていたのを、俺は見逃していない。というか、まばたきができないからほぼほぼ直視してしまった。
どぎまぎしているうちに、雲があたりに広がり始め、また視界が白に染まる。
そして気付いたときには、俺は白い空間に立っていた。まあ、ここまでがオープニングなのだろう。すごいすごい。
実際五感体験なんてどんなものかと思っていたが、あの光の玉が飛んできたとき感じた熱は確かだった。
俺がホッと息をついていると、なにかの足音が近づいてきた。
「ようこそ、新たなる紡ぎ手よ…」
目を向ければ、白いモヤの向こうから、灰色のローブを羽織った人物が近づいてくる。すごくきれいな声だ。ただ、耳から聞こえてくるような、頭の中から響くような、なんとも形容詞がたい響きの声。その人物は俺のすぐ近くまで来て足を止めた。
「私は、紡ぎ手を偉大なるファルテシアに導く案内人。名をソーンと申します。以後お見知りおきを…」
そう言って案内人と名乗った人物は、右手の手のひらを胸に当て一礼してみせる。ローブの動き、立体感、全てが本物と見紛う出来だ。たぶんNPCなんだろうけど、なんだろう、人とあっている気分だ。今やっているのはこっちの礼か何かなのか?
郷に入っては郷に従え。俺も慌ててそれに習うと、ローブに隠れた顔の下からなにか笑ったような声がした。
「…はじめに、名前をお聞きしましょうか?」
俺が同じ礼をしていると、頭の中? でピコンという音がした。目線をすこし上げると、青い板が浮いていた。
『名前を決定してください』
いよいよチュートリアル、というか、ゲームが始まったらしい。
しかし、ここで定番の名前か。
見ればソーンは、すでに姿勢をもとに戻している。俺もそれに習って普通に立つと、いよいよ名前について頭をひねる。
わかりやすいほうが良いが、おそらく本名は避けたほうが良いだろう。だがあまりひねるつもりもない。…よし。
「『トレス』でお願いします」
「『トレス』、ですか?」
「はい、それでお願いします」
『名前を”トレス”に決定しました。以後変更ができません。よろしいですか?』
もちろん、『YES』。
昔からゲームをやるときに使っている俺の共通名だ。ラテン語の3。三郎よりは洒落っ気があるので気に入っている。
ゲームによっては名前も先行順になったりするが、『GWO』ではそもそも個別IDでの管理になるので名前はかぶりもありなんだとか。なりすましとかどうするんだろうと思うが、まあ、そこらへんはどうにか対策するのだろう。
俺が名前を決定すると、ソーンがうなずく。
「では、紡ぎ手、トレスよ。あなたは、いかなる種族、いかなる姿を選びますか? 主神スタイスマンの加護により、その姿をお選びください」
『キャラクタークリエイトです。あなたの姿を作ってください』
表示されていたウィンドウが姿を変え、そこに俺自身が表示された。腰パン一丁の仁王立ち表示だ。自分で言うのもアレだが、なかなか貧相だなと思う。
メニューに従って、ひとまず選べるものが何なのか確認すると、選べる種族は初期の今でもなかなか多い。代表的なのが4種類。その他分類なのが10種類の計14種類。
まず代表的なのから並べると、ヒト族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族。
ヒト族は、要は能力に可もなく負荷もなくの、一般的な種族。この世界だと一番人数も多く、世界中に国を作って暮らしている。まあ、よくあるバランスタイプ設定だ。
エルフ族もわかりやすい。敏性と魔法特化、これもまたよくあるイメージのとおりだろう。どこかに世界樹の根本に作られたエルフの国があるらしい。
次がドワーフ族。体力が多くパワー型。地味に器用さが高いらしく、生産職にも向いているのだとか。とある巨大火山の下に、一大帝国を築いている。
そして獣人族。これは、獣人族のなかでもなんの動物の獣人かで特性が変わるという、なかなかトリッキーなタイプだ。世界中に集落などを作っているらしい。
ここまでがメイン。そして残りの10種は、一般的にネタ種族と言われているというのを三音から聞いた。
動物系、植物系に始まり、悪魔、天使、死者、妖精、魚に虫、なんと機械、そして魔族の計10種だ。そしてこれらはその種の中に、さらに細々とした分類があるのだとか。いやーすごい。
普通の人なら目移りして決められないか、オーソドックスにえいやといくかというラインナップだが、実は俺はもう決まっている。正確に言えば、目的のために選ぶ必要がある。
俺は面白くてみていたメニューから顔を上げると、さっきから立ちっぱなしのソーンに目を向けた。
「選べる中で、一番INT、あー、知力、が高いのはどれですか?」
俺が聞くと、全身ローブに包まれていたソーンは少し考えるように上を向く。ローブの片腕部分から、形の良い腕がのびて、指で薄っすらとローブの影から見えるきれいな顎に指を当てた。
「…それでしたら、死者か魔族でしょうか。少々、辛い部分もありますが」
「たとえば?」
「そうですね…」
ソーンがその耳心地の良い声で、システムによらない説明をしてくれたところによると、この二つは主に知力、魔法関係で優れているらしい。
そしてシステマチックに言えばこうだ。
死者、その中でも骸骨系統は、魔法能力を鍛えればなかなかの伸びを期待できるそうだ。要するにリッチに至る道だ。ただ、その道は到底平坦とは言えない。最初は骸骨からはじめて、様々なデメリット(食事ができない、昼間歩けない等)を克服し、それに寄ってそこに至るという、茨の道。ただその分強いとのこと。
そしてもう一つの魔族。これはある意味最も単純な種族だ。ひたすらに魔法一点特化。ただそれだけ。装甲は対策をしないと紙のまま。体力も伸びず、ひ弱街道まっしぐらとのこと。ただし、その分INT関係の伸びは圧倒的で、強い魔族は魔法を繰り出せば一国を相手にして引けを取らない、らしい。ただし紙装甲なので、そこに至るのはいつになるか。
これがこの二つのメリットとデメリットとのこと。ちなみに差別等は一部の国を除いてないらしい。どの種族でも普通に生活できる。ある意味安心設計だ。
そして、そういうことなら俺の選ぶ先は決まった。俺はソーンに向かって勢いよく言った。
「『魔族』でお願いします」
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