第2話 ゲームの訳
残業を終えて家路につく。今日は久しぶりに早歩きで帰ってきた。
いつもなら電車内でタブレットで本を読み、帰りに駅前のファミレスで安い夕食を取りながら本を読み、それが一段落してやっと帰ってきて寝るのが平日の通常サイクルだ。こんなに早く(といっても8時過ぎだが)まっすぐ家に帰ってくるのは久しぶりだ。
帰ってきてやることは、まず宅配ボックスのチェックだ。
家の玄関脇の収納式のそれは、いつもなら取り寄せた本が入っているスペースだ。だから大抵重さ的にはスカスカなのだが、今日は何かがみっしりと詰まっていた。
一抱えもあるダンボールだ。引っ張り出すのが腰に来る重さだ。送り主は妹。時間指定でない辺りアイツらしい。
どうにかよろけそうになりながらリビング窓箱を運んで中身を開ければ、中からさらに白い、プラスチック製の箱が出てきた。ほとんど同じ大きさの箱でどうにか梱包したらしい。引っ張り出すのも無理そうなので、仕方ないからカッターでダンボールを切り分けて中身を取りだした。
出てきたプラスチック製のそれは、明らかに業務用の箱だった。なんの飾りもなく、ただただ厳重に中身を梱包するための物。どうやら本来はこれだけで送るためのものらしい。よく見たら強化プラスチックだ。
しかしそんな厳重そうなものなのに、送り状が剥がされずにそのままだ。最近はバーコードの印刷方式だが、送り主送り先を記載するのは送り状の常らしい。本当なら届いた時点で剥がしてシュレッダー処理なんだがなぁ…。
一人暮らしの妹の不用心さに半分呆れながら試しに送り状を取って見てみると、送り先は妹宛。そして、送り主は。
「『NwE』、『ニューワールド・エンタープライズ』…」
その名前は今日聞いたばかりだった。妹から聞かされたゲーム『GWO』の提供元だ。
さて。
端末を取り出し、妹の使っている通話アプリから、呼び出しを掛けること数コール。
「なんだよ、バカ兄貴」
「なんだよ、じゃないよ」
なんだか向こうが随分騒がしい。
「今大丈夫か?」
「大丈夫じゃなきゃでないよ。なに?」
爆発音や、金属同士のぶつかり合うような音が聞こえて眉をひそめる。まあ、妹との電話なら珍しい音でもない。
本人が大丈夫だというなら問題ないんだろう。構わずに要件を言えばいい。
「何だこの荷物? お前宛じゃないのか?」
「もとはあたしのだよ。でもいらないから送った」
「簡潔な説明ありがとう。で、中身は?」
「兄貴のだよ。んで、いい加減配信見ろ。…なにやってんだい!」
至近距離でなにかの爆発音。ついで妹の怒鳴り声と、他にも誰かの怒鳴り声。切れてないから大丈夫なんだろうが、なにをやってるのやら。
しばらく忙しそうなので、俺はもう一つの大型端末で妹の配信チャンネルにアクセスした。
妹の名前を深山
アバターも簡単に作れるから配信するのもなかなか楽になったとは本人談。ほとんど変わらない見た目のアバターで大丈夫なのかと言ったのは記憶に新しい。
まあ、そんな妹だ。
そして妹が見ろ見ろという配信というのが、そのゲーム実況だ。これがなかなか人気らしく、配信者名『ミオン』というので結構なファンが付いている。うちの会社にもファンが居るほどだ。隣のデスクの飯田なんかはなかなか熱狂的だ。
ただ、俺自身もともとゲーム実況を見ないのと、前に一回見て感想を言ってひっぱたかれて以来見ていない。情報だけなら隣の飯田からいくらでも聞けるので、困ってはいなかったのだ。
そんな妹が見ろという。一体どういう風の吹き回しなのやら。
そんな気持ちで、未だに騒がしい携帯端末片手に、妹のチャンネルを開いた。
*****
「なるほどな」
見ること数分。本当なら、もっとじっくり見てやるべきなのだが、妹と『NwE』の関係といういちばん大事な部分だけはすぐに分かった。
なぜなら最近の配信は、すべて『『GWO』βテスト』という文字が全てについていたからだ。結構な再生数で、どれも数十万は見られている。大したものだ。
「…兄貴! まだ聞いてるか?!」
「聞いてるぞ。すごいじゃないか」
まだ向こうは騒がしいままだが、どうやら一段落したらしい。若干息を切らした妹の声が聞こえてくる。
「いつの間にβテストなんてやってたんだ?」
「もうだいぶ前からだよ。見てない兄貴は知らないだろうけど」
「いや、すまん。今度からまた見るな」
「良いよ見ないで…」
どっちなんだ。まあ、色々あるんだろう。
そんなことよりも、まあ今はこっちだ。
注意深く、俺は取り出したばかりの箱を観察する。
「じゃあ、やっぱりこれはお前宛じゃないのか。あれだろう? β特典だろうこれ?」
単語さえわかれば、あとは調べるのは簡単だった。
GWO、βテスターで検索すればいくらでも情報は出てくる。
テストをやったのはひと月前。応募、面接募集からの300名。内容は、一種のイベントのようなもので、最終調整を兼ねていたらしい。そしておそらく一番出てきた項目によれば、成績上位者にはVRMMO専用機器の贈呈、だそうだ。
「…おー、すごいな。この、なんだ、ぴーぶいぴー? で2位だったのか。すごいじゃないか」
「そうだよ。今頃知ったのかよ…」
「いや、すまんすまん」
飯田はこんなこと一言も話していなかったんだ。ここにいない同僚に内心で文句を言いつつ、動画を更に視聴する。
どうも三音は結構注目を集めるプレイヤーだったらしい。まあ、赤毛にこんな派手な赤い鎧を身に着けて、身の丈ほどもある剣を振り回しているのだ。普通だったら注目の的だろう。パワーこそすべてな三音らしいキャラクターだと思う。
まあ、つまりこれの景品なわけだ。
「だからあたしのだって言ってんだろう! だから兄貴に送ったんだよ!」
「でもこれお前にこそ必要じゃないのか? これ『GWO』に最適化されてるって書いてあるぞ?」
どうもゲーム内で特殊な処理をしているらしく、そのために専用のヘッドギアが必要らしい。それがこれだ。
妹の今後の予定を見たところ、しばらくは『GWO』の配信をする予定らしい。それなのに、これを送ってきて大丈夫なのか?
「あたしはもう持ってんだよ。βの時のをカスタムしてそれをもらったからね。それは景品でもらった最新版。わかる?」
「それはわかるが、良いのか。そんなのもらって?」
「こっちで慣れちまったから、新しいのもらっても困るんだよ。…あー、要は在庫処分だよ」
ふむ。なるほど?
「つまり、三音からのプレゼントってことか?」
「気持ちわりい!」
その後しばらくギャーギャー言っていたが、俺の推測は概ね間違っていないらしい。
つまり、余ったもう一つをプレゼントしてくれたのだ。口こそ悪いが、悪い子ではないのだ。学校でもその辺をもう少しうまくできればなと思うのだが…。こんなことを言うと怒られるけど。
ただ、せっかくのプレゼント。ありがたいとは思うのだ。思うのだが…。
「おい、兄貴、ちゃんと使えよ?」
「いやぁ、ははは…」
うん、ごめん。
いま、俺の中で読書時間とゲームを天秤にかけた。そして、若干読書時間が優勢になりつつある。
今日もあと3時間もないのだ。俺は速読できる質じゃないから、間違いなく読めても一冊分くらいだろう。そう考えると、ここでゲームかぁ…、となってしまう。
俺の葛藤を感じてか、スピーカーからため息の声が聞こえる。
「んなこったろうと思ったよ」
「…いやぁ、すまんな。せっかく送ってくれたのに」
だからこれは他のお前の友だちに。
そう言いかけた俺を遮ったのは、三音の笑い声だ。随分久しぶりに聞く、くすくすと、年相応? っぽい笑い声だ。昔聞いたのは、俺のかばんにカブトムシを入れられたときだったか。
そんな昔のなんとも言えないことを思い出した俺に、三音は言う。昔から引きこもり気味だった俺を、外に引っ張り出したときのように。
「んなこた百も承知だよ。だから兄貴に渡したんだよ」
次に続いた言葉は、今度は俺をゲームの世界に引き込んだ。
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