第20話 リサイクル
今日は最も憂鬱な仕事、リサイクル管理。
プロダクツの精神は不安定で、初期訓練の3年間の間に脱落が起きる。最大の壁は最初の自我の目覚め。ここで2割が脱落する。
その後カリキュラムの進行中にオリジナルやデザインドとの違いを認識し、消化できないケース。これでまた2割が落ちる。生産数から4割が不良品として落ちる。歩留まりが悪すぎる大量生産品。
自我の目覚めのあと落ちたプロダクツは、その精神の不安定度が軽いなら再調整を行う。
この再調整は一度出荷されたプロダクツに行う場合もある。彼らは、いきなり世界に生み出され、自分という存在が切り離されたことを認識しなければならない。
赤子の頃は世界と自分が一つであるかのような感覚の中で育つ。プロダクツには赤子の時代がないために、不安定になるのかもしれない。
そして再調整が難しいほど壊れてしまったプロダクツは、リサイクル処理を行う。
体はバラバラにされ、横紋筋はスーツの人工筋肉として再利用される。
内臓類は分解され、スーツの高タンパク燃料として使われる。
利用できない部分、端の肉や神経細胞、骨は分解され、次のプロダクツとして生まれ変わる。
今日の仕事は、再調整で対応できるかどうかの判断、決定を下す処理。
前段階でAIによる判別は行われており、ここに回ってくるのはどちらにすべきか判断が分かれる微妙なケースのみ。参考としてAIの判定スコアが渡される。
私はそれぞれの子どもたちと面接を行い、スコアも参考にしながら判断を下さなければならない。
祝福されるべき子どもたち。大人の代わりに戦場に向かわなければならない子どもたち。
その子どもたちに、出来損ないの烙印を押さなければならない仕事。
なぜ、私がこんなことを。
けど、誰かがやらなければならないこと。
デザインドでありながら、戦場に立たない卑怯者の私の、罪。
一人目、拘束具で抑制されている男の子、ジェフリー・メイジャー。イジェクションから2年目。
「ハイ、ジェフリー。気分はどう?」
「最悪だ。殺せよ。選ばれしものたちはいい気なものだ」
劣等感、妄想癖、攻撃性。AIの判定は3:2でリサイクル。リサイクル反対AIの意見は旺盛な攻撃性は対ミシック戦闘において有効であり、再調整で復元できる可能性がある。リサイクル賛成AIの意見は妄想における思考の暴走が見られ危険。
「そう。ねえ、ジェフリー。あなたは何が不安なの?」
「どうせ俺たちは戦争に行ってミシックに殺されるだけの存在なんだろ。お前らデザインドやオリジナルの楯になるために造られた消耗品だ」
「例えそうだとしても、あがくのが人間じゃないかしら」
「俺たちが人間? 随分と楽しい意見だな。お前だって人間として認められていないじゃないか。頂点でふんぞり返る無能のオリジナルに!」
モニターが血圧、心拍数の上昇警告を発する。
「そうね。あなたも私もオリジナルからみたら人間として認められていないわね」
「なぜあんたはそれでも平然としていられる!」
「生まれを恨んでも何も産まないからよ。私達は為すべきことがあってこの世界に生まれ落ちている。表面を見るならオリジナルのために戦うということだけれども、本当にそれだけかしら?」
ジェフリーは呼吸を整えだした。落ち着こうとしている。
「ゲート。ミシック。あれの目的はわからないけれども、でもあれがあるから人類以外の生命体も危機に陥っている」
「博愛主義! バカかお前!」
クリップボードの書類。リサイクルに丸をつけた。
「そうね。でもそう考えなければ、生きていけないのよ。さよなら、ジェフリー」
「あ、おい待て! 話の途中だぞ! こら! 待って! 待ってよ! お願い……」
背中に絶叫と慟哭とが入り混じった声が叩きつけられる。心が、痛い。
二人目、ルイーズ・メリル。イジェクションから3年目、出荷寸前。やはり拘束具で抑制されている。
「ハイ、ルイーズ。気分はどう」
「別に」
無気力。低すぎる自己評価。AIの判定は3:2で再調整。微妙なケースしか来ないのはわかっているが、心が痛む。
リサイクル支持の意見は再調整の場合出荷タイミングが遅れるため、同期と切り離されてしまう。低すぎる自己評価からくる劣等感がより大きくなる可能性。
クリップボードの書類を大きな音を立ててめくる。
「あら、ルイーズ、すごいわね。あなた成績優秀じゃない」
「そう」
相変わらずボソボソとしゃべるルイーズ。
「この成績なら、すぐに昇進するわ。今足止めされても、ね」
「嘘よ、そんなの」
「なんで嘘をつかないといけないの?」
ルイーズは沈黙で答える。
「あなたの悪いところは、自分ができない人だと思いすぎているところよ。あなたは、あなたが思うほど能力の低い人間ではないわ。むしろトップクラスなのよ」
「走るのも遅い、力もない」
「代わりにあなたは持久力があるわ。反射神経も優秀。戦士として粘り強く戦える素質がある」
「そう、なの?」
「そうなの。今は少し足踏みをする必要があるけれども、その足踏みはバネを縮めて爆発的に伸びるために必要なことなのよ」
「本当に……? 私は、だめな子じゃないの……?」
「それぞれのあった戦い方があるのよ。大丈夫。あなたは一流よ。今まで何万人も見てきた先生が太鼓判押しちゃう」
再調整に丸をつける。
「ルイーズ。またあとでね。先生ちょっと仕事があるの」
「うん……またあとで」
魂が削られる作業を続ける。今日一日で20人面接し、再調整12人、リサイクル8人の決定を下した。
心に澱が溜まっていく。いずれ私の心も澱が腐らせ、そしてリサイクルされるのだろう。それが私の罪、なのだ。
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