第17話 処分
執務室でレポートを読む。
ため息。またこれを処理しなければならない。いつものことではあるが心にかかる負荷は変わらない。
オリジナルは我々デザインドを人類の進化の頂点と言うが、その割には人間扱いされていない。
JAMSADの名前を借りた実験は成功し失敗している。デザインドとプロダクツでDNAにはそれほど大きな差があるわけではないが経験の差がその効果に大きな差分を生み出した、と考えるべきだろう。
AMPsを考えついたデザインドも、その実装を行ったデザインドとプロダクツも狂っている。
そして私も等しく狂っている。
オリジナルというだけで自動的に上層部に配属され……。
ノックの音に思考を中断させられる。
「誰だ」
「アラハバキ小隊長、ロニー・バレット少尉と、小隊付軍曹リタ・テート一等軍曹、憲兵隊フランク・ランサム伍長です」
「予定にはないな。緊急の用件なのか?」
「はい」
レポートに目をやり、ため息をつく。ロニー少尉とリタ軍曹の精神テスト使用とその内容に関するレポート。この拠点内において私に知られない情報は少ない。
「アラハバキ小隊の二人の入室を許可する。フランク・ランサム伍長は任務に戻れ」
「はい、いいえ、マクマスター少佐、彼は」
「知っている。知っているから任務に戻れ。以上だ」
ドア越しに苛立ちと諦観を感じる。足音が一人分遠ざかり、ドアが開く。
やや疲れた表情の二人。そうだろうな、と思いつつデスクの上に肘をついて両手を組んで口の前に置く。表情を見せたくない。
「で、緊急の用件とは?」
「はい、イシカホノリに搭載されているAMPsというシステムについてです」
「オンラインで良かったのでは?」
「はい、いいえ。センシティブな問題でしたので直接お伝えすべきと考えました」
ああ、知っているとも。それを仕組んだ奴らも、なにもかも。
「わかった。報告せよ」
ロニー少尉の報告とそれにまつわる推測はほぼ正解だった。
イシカホノリに搭載されているAMPsはプロダクツの初期教育システムの応用で人格を強制的に書き換えようとするもの。すでに一度経験してしまっているプロダクツは容易に書き換えられる。
ロニーの言うところの人工人類侵入システムが本来の名前だ。脳内シナプスの再構築が行われるために副次効果としての身体操作能力向上が発生する。
デザインドに関して侵入を行うように設計されていたが、バグでもあったのだろう。人格形成まで到達できなかった。この件についてはフィードバックする。
リタ・テートが耐えられたのは、ロニーに対する恋愛感情のようなものの芽生え、だろう。自分が失われることに対する強固なプロテクトとしてその感情が働いた。これについてもフィードバックする。
「ふむ、わかった。善処しよう。そうだな……君たち二人にはJAMSADへ出向してもらうことになる」
統合インターフェイスに左手首のポートを接続したままそう答える。まだなにも操作していないが、彼らからはわからないだろう。
「はい、JAMSAD、ですか……?」
「そうだ。AMPsについて調査するために、な。イシカホノリの改良を行うという名目で実際の利用者を派遣する、ということで行ってもらう」
心が、削られる。
「はい、いいえ。私はテクノ上がりのラインではありますが、諜報はできません」
「安心したまえ。諜報部から部員を一人つける。君たちはその諜報部員をJAMSADに連れ込むための舞台装置だ」
統合インターフェイスを通じてアラハバキ小隊の解隊指示。承認。
「アラハバキ小隊は今日付で解隊。各員は2週間の休暇後、再配置を行う」
ロニー・バレット並びにリタ・テートの軍籍剥奪予定を指示。承認。
「君たち二人はフォート・マクラウド基地に今から行ってもらう。私物の回収に2時間を与える。こちらでJAMSADとの調整を行うのでしばらくの間二人で休暇を楽しむといい」
フォート・マクラウドの将官用滞在室を一週間確保。承認。
「はい、いいえ……その……少佐、私とリタ軍曹は、その……」
「もう少し自分の感情に素直になりたまえ、ロニー少尉」
意地悪く微笑みかけ、ウィンクをしてやる。自分の演技に吐き気を覚える。そしてそれを表情に出さない自分を嫌悪する。
フォート・マクラウドの特殊部隊の作戦指示。彼ら二人がフォート・マクラウドを出た後の軍籍剥奪実行並びに処理をセット。承認。
「フォート・マクラウドの部屋だが、空きがなくてな……将官用の部屋が一部屋しかなかった。ベッドはクィーンサイズだから二人でも余裕だろう」
赤い顔をして、それでもまっすぐ前を見るリタ・テート。
「勤務年数的にリタ軍曹はこれが最後の任務となるだろう。軍務であることは余り考えず、旦那と仲良くな」
優しい笑顔を浮かべているだろう自分の姿を想像し、絞め殺したくなる。
「これが辞令だ。受け取ったら退出したまえ」
統合インターフェイスに繋がった小さな記憶素子を外し、差し出した。
ロニーがそれを受け取る時、私の心が壊れた音がした。
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