第14話 違和感
ケルベロスを狩るのは一苦労だ。
初回、ちょっとしたミスから左腕の人工筋肉を引きちぎられ、胴体部を少し齧られた。危なかった。
ヒゲキリがなければ今頃私は奴らの胃の中だっただろう。胃があるかどうかはわからないが。
ビルに入り、座り込んで休息。その間にイシカホノリの修復を行う。
修復機能があるというのは燃料さえあればかなり長時間戦えることを意味する。イシカホノリは優秀なスーツだと実感する。
隊員のレポートを見る。アルファ分隊は待機状態だが、妙にタンパク燃料の消費が高い。AMPsを起動しっぱなしなのだろうか。ベータ、チャーリーは私とはまた違う地区を回り、ケルベロスを追い立て、狩り取っている。スコアの上昇と共にタンパク燃料の消費が上がっているのが見える。PDWはオンラインにすらならない。刀を引っさげて走り回っているのだろう。
「アルファ分隊、現在は休息を指示している。AMPsを起動しておく必要はない」
「はい、いいえ、少尉のイシカホノリは現在メンテナンス中であり、我々がその護衛任務にあたっています」
リタ軍曹の固い返事。
「そうか、感謝する。だが緊張し過ぎはよくないぞ」
「はい」
感謝しつつ、修復完了を待つ。
修復が完了した。JAMSADの開発力の高さには舌を巻く。スーツ表面の加工は戻らないが、その下の皮膚と人工筋肉は完全に修復されている。従来のスーツにもこの機構は組み込むべきだと上申したほうがよさそうだ。
「修復完了した。戦線に戻る」
「はい。ご武運を」
リタ軍曹の挨拶を背に、ケルベロスの囮として地区内を探索する。
しかし、謎だ。
ミシック自体不明なことが多い。人類に敵対しているが、その理由は不明。
前回、講義を受けてから少尉の権限の範囲内で基地内データベースを全部読み直した。何もわかっていないに等しい。
分類も名前も神話上の生き物に似ているというだけで付けられている。調べようにも消滅するミシック相手ではどうにもならない。
「推論警告。左前方にミシック数体」
左手のPDWで掃射。ゴブリンが三体潜んでいたのをこれで削る。
記録を見ている限り、我々が強化されると更にそれに対抗するミシックが生み出されている傾向にある。
牛頭は狙撃兵器の統合インターフェイスに合わせた改良計画の実施後に出てきた。
ケルベロスはイシカホノリ対策なのだろう。
だが、最初から生み出されないのは何故だ?
ケルベロスが最初からいたのなら、我々人類はすでに敗北していただろう。
戦力の逐次投入は愚策だが、我々人類はその開発能力と生産能力の限界から愚策を採用せざるを得ない。
ミシックがそれに付き合う義理はないはずだ。
「グロッグ小隊よりアラハバキ小隊へ救援要請。ケルベロス20体と交戦中」
1ブロック東のエリアからのショートメッセージ。同時にフラグメントの強制転送が行われている。
「救援に向かう。アラハバキ小隊の狙撃隊配置を送る。できればこちらへ逃亡を」
「努力はする」
交信が切られた。走り出す。
グロッグ小隊もまた食い荒らされていた。歯を食いしばりながらケルベロスを切り倒し、PDWで制圧する。
「ベータ分隊到着しました。制圧します」
ケルベロスを4体切り捨てたところで残りのケルベロスが撤退していく。前回は全滅するまで戦ったのだが学習したというのだろうか。
ベータ分隊は掃討戦に移行。こっちは負傷兵を野戦病院へ担ぎ込むことにする。
「グロッグ小隊、負傷兵をまず回収、野戦病院へ連れて行くぞ」
「はい、了解いたしました」
タンパク燃料と血に塗られたM3に一等軍曹の階級章の男が返答する。
「小隊長は……?」
「はい、ジェラルド・ムーア少尉は名誉の戦死を遂げられました」
「アルファ分隊、負傷兵輸送のため到着しました」
「リタ軍曹……助かるが、危険だぞ」
「我々も軍人です」
リタ軍曹はそれだけいうと、死傷兵の回収を始めた。
グロッグ小隊は小隊長のジェラルド・ムーア少尉を含めて4人がすべてを食われ、15人が重傷、10人が軽傷。スカイバケット小隊と同様に解体され再編されることになるだろう。
リタ軍曹の様子が少し気になる。事務的で有能な小隊付軍曹。直前の面接で見せていたあの弱さと今の様子。戦場にいてスイッチが入っている?
「リタ軍曹、後で個人面接を行いたいのだが」
「はい、いいえ、不要です」
「いや、基地に戻り次第行う」
「はい、了解いたしました」
統合インターフェイスを通じてのメッセージのやり取り。そこにリタ軍曹の感情は見えなかった。これも初めてのことだった。
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