第13話 出撃

 2100年1月28日1800時。

 アラハバキ小隊として三度めの出撃はルーティンではなく緊急出撃だった。アルファ分隊は少尉と同じAPCに乗る。

 少尉がメッシュネットワークを通じて隊員に簡単な訓示と指示を出す。

「我々はケルベロスに対抗しうる唯一の戦力である。ケルベロス発見の報告があり次第、現場に急行し、これを殲滅する。ベータ、チャーリーの各分隊は適当に対処せよ。アルファ分隊は所定位置にて待機。私が前線で単独遊撃を行い、アルファ分隊の狙撃ポイントへミシックをおびき寄せる。私は君たちを信じている。君たちも私を信じ、戦ってくれ。以上だ」

 イシカホノリに包まれていて表情はわからない。けれども少尉は歯を食いしばっている気がする。少尉のイシカホノリの肩のポートに接触し接続。統合インターフェイス越しに意思の疎通を行う。

「なんだ?」

 少尉の少し戸惑った感情が統合インターフェイスを通じて流れ込んでくる。

「はい、苦しいときはその心情を私に吐き出してください。そういうことも小隊付軍曹の役目です」

「そうだな。耐えられなくなったときにはお願いしよう。だがまだ大丈夫だ」

「はい、そのときはいつでも」

 接続を切るとほのかに温かいような気がした少尉の肩が急に冷たく感じた。イシカホノリに包まれた指先、直接触れているわけではないのに。


 前回より大きくなったコロニー。アラハバキ小隊が出てくるまでの間に300人ほど食い荒らされた。食われるたびにコロニーのサイズが大きくなる。

 ミシックは、私達を餌にしている。その事実が前線の維持を難しくしている。

 対ケルベロス戦のログの解析から、XM7イシカホノリを使用していない平均的なプロダクツの強襲兵とケルベロスが1:1で対峙した場合、ケルベロスの勝利が85%と戦術支援システムは計算した。この結果も前線のプロダクツの心を折る。

 そう、消耗品の製品とはいえ、生きたまま食われる恐怖はなかなか越えられない。私達のようなキャリアの六年を超える下士官ですら恐怖を覚える。

 イシカホノリを与えられ、ケルベロスに対抗しうる戦力であるにも関わらず、だ。

 狙撃に特化したアルファ分隊のプロダクツは接近戦では対抗できないだろう。

 1mサイズのミシックとして驚異的な力。見つかって詰め寄られたら、死を覚悟する必要がある。

 メッシュネットワークを通じてロニー少尉からアルファ分隊の配置指示が来る。多少私が手直ししてそれぞれの隊員を配置につかせる。

「少尉、アルファ分隊、配置に付きました。無理をなさらぬよう」

「ああ、大丈夫だ。無理をしても私は勝つ」

 少尉からのブロードキャストメッセージ。ここまでは普通のことだった。このあとに私に向けて個人宛暗号通信が送られてきた。

「私には勝利の女神の祝福キスがあったからな」

 戦場でユニットとメッシュネットワークに負荷をかける暗号通信はあとで始末書を書く必要があるのに。

 跳ね上がる鼓動。ヴァイタルサインは少尉に見られている。恥ずかしい。

「アラハバキ小隊ロニー・バレット、行くぞ」

 ブロードキャストで告げる少尉。浮ついた気持ちがその宣言で飛んでいく。


 通常ミシックは大きさと力が比例関係にあり、敏捷さが反比例関係にある。

 だがケルベロスは中型に位置しているが、敏捷さは小型、力は大型。この厄介なミシックは回復速度も異常で、コロニーのマザークラスの回復が確認されている。

 対抗するには集中砲火かヒゲキリによる一刀両断が必要だろう、というのが戦術支援システムの回答だった。だからこその通常装備勝率15%、ということなのだ。

 NX20を接続、キャパシタへの給電開始。オーバーブーストモードへ切り替える。伏せ撃ちの姿勢で待機。

 メッシュネットワークの遅延が前方で発生という警告。少尉がミシックの群れを引き連れている。

 戦況マップに赤い三角が5、6、7、8……多すぎる!

 少尉のイシカホノリのダメージレポートがメッシュネットワークに流れてくる。左腕の人工筋肉断裂。胴部人工筋肉駆動率低下。移動速度は落ちていないのは、無事なのか、最期の力なのか。

 ヴァイタルが跳ね上がる。

「AMPs起動を提案します」

 ユニットからの冷静な指摘に思考が落ち着く。もう少しで射線が通る。

「AMPs起動」

 ユニットに告げる。初めてのAMPs。狙撃兵には必要ないと思っていたが、意思通りに動かせると少尉に聞いたのを思い出した。

 指先まで自分のものであるのはあたり前のことなのに、その形がすべて理解できるという不思議な感覚。

「AMPsフェーズ2へ移行」

 ユニットから意識下に流れる音声。視界がシャープになる。狙撃兵にとって重要なことだが、なぜ?

 そんな疑問はすぐに吹っ飛ぶ。少尉が見えた。白いタンパク燃料は流れているものの、赤いものは流れていない。ホッとする。

 そのすぐ後ろにケルベロス。私の位置からは撃てないが、ローレル・クレイヴン上等兵の位置からは撃てる。

「撃ちます」

 ローレル上等兵の声が意識下に響く。いや、この声は似ているが違う。

「AMPsフェーズ3へ移行」

 射線の通ったケルベロスを撃ち落とす。1秒間のレーザー照射。どのように跳ね回ろうが追跡できる。AMPsは狙撃兵にとっても福音だ。

 おびき出したケルベロスをすべて焼き尽くすのにさほど時間はかからなかった。


「イシカホノリの人工筋肉には修復機能がある。AMPsを切って修復に回す。しばらく休憩だ」

 少尉のブロードキャストにほっと胸を撫で下ろす。私もAMPsを切ってから休息を取ろうとした。

「AMPsフェーズ4へ移行」

 ユニットからの冷徹な音声。私の中の何かが壊れていく。嫌よ、ダメ、それは。

「AMPs完了」

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