第12話 リタ・テート一等軍曹
2100年1月28日。
ケルベロス戦闘の翌日。私は小隊長のロニー・バレット少尉に面会を求めた。
「どうしたのかね」
彼は微笑みながら対面面会個室に座って私を迎え入れた。
「はい、ケルベロス戦闘についてです」
「……リタ・テートさん、今現在は基地内にいるものの軍務外時間だ。階級を忘れてくれ」
「はい、いいえ、そういうわけには参りません。私はプロダクツです」
「それならば私はデザインドだ。両者にさほど差はないと私は考えている」
少尉は微笑みながら私を見る。優しい視線。あんな戦いを行える人には見えない。
「はい、いいえ、違います。私達はあくまでも
「頑固だなリタさん」
少尉は苦笑い。頑固だから小隊付軍曹をしているのだと思うのですけど、と思ったけども曖昧に微笑んで返す。
「まあ、だからこその小隊付軍曹なのだろうな」
私の考えを読んだかのような少尉の言葉。
「……命令する、階級を忘れてくれ」
「はい、いいえ、その命令は受け入れられません」
困った顔の少尉。今まで私の周りにいなかったタイプの男性でちょっとときめいてしまう。
「まいったな……話が進まない」
「はい、ですのでケルベロス戦闘についての提案をいたします」
少尉の困惑を無視して当初の話に無理やり戻してみた。
「ふむ。リタさんの提案は?」
「イシカホノリを持つアラハバキ小隊のみがケルベロスに対抗できる戦力であると考えています」
「ああ、そうだな。その中でもAMPsが特にキーとなっているだろう。イシカホノリであってもAMPsが起動していないならケルベロスに対抗できるとは思えない」
少尉は頷きながら言う。
「一つだけ気がかりなことがあります。関係の薄い小隊とはいえ、味方が文字通り食べられている状況での乱戦で、精神的なショックを受けた隊員がいないこと。私達アルファ分隊は狙撃兵だったために現地にはいませんでした。それでも文字報告だけでそこそこ精神的なダメージを受けた隊員がいます」
「……続けて」
「ベータ、チャーリー分隊は目の当たりにしているのに、アルファ分隊ほどの衝撃を受けていないように見えます」
「アルファ分隊は女性で構成されているのでその差ではないかな?」
「はい、いいえ、女性と男性とで感受性の差があるのはわかりますが、あまりよい意見ではありません。さらにベータ分隊にもエリス・ギブスン上等兵がおります」
少尉は頭を下げる。
「ああ、そうだな、すまん……で、リタさん、あなたの率直な意見を聞かせてもらえるかな?」
「はい、アルファ分隊は狙撃兵で構成されているため、AMPsを起動していませんでした。AMPsは使用者の精神にも影響を与えているのではないかと推測いたします」
少尉は左手首のポートを統合インターフェイスに接続し何かをやっている。
「今の発言と、これからのしばらくの発言記録を私の権限で記録させないようにした。リタさん、おそらくそれは正しい。だがそれを表立って言うのは危険だ」
「はい」
「この記録抹消はリタさんが私を窘めたことに対する激昂とその取消と謝罪ということで処理している」
「はい、いいえ、少尉、それはあなたの経歴に傷が」
「構わんさ。もうテクノには戻れそうもない。ラインで出世する気もないしな」
苦笑する少尉。跳ね上がる鼓動。初めての感情に戸惑い、俯き、息を整える。
「大丈夫かリタさん」
向かい合って座っていた少尉が私の方へやってきてそっと背中を撫でてくれる。鼓動がさらに跳ね上がるのがわかる。
「はい、だ、大丈夫……です」
絞り出すように言うのがやっとだった。顔を上げるとすぐ近くに少尉の顔。少尉の首に手を回してキスをしてしまった。少尉はしばらく硬直した後、そっと私の背中をさする。
キスが終わると少尉は微笑み、私の頭をそっと撫でる。
「怖かったのだな。大丈夫だ。私は君たちを何があっても守る」
「はい、ありがとう……ございます」
違うのよ、と言うことができず、少尉の優しさを利用する卑怯者の私。
「その……」
少尉を見ると、優しい視線で微笑んで立っている。この関係を壊すことが怖くて、何も言えなくなってしまう。
立ち上がってぎゅっと抱きついたらそっと背中に手を回して優しく撫でてくれる。
「大丈夫だよ。安心して。何があっても、私は、君を、守る」
ゆっくりと静かなトーンで語るロニー少尉。多分、違う意味で言っているのはわかるんだけど、わかりたくない。こんな非論理的思考は嫌だけど、嫌じゃない。
私は一体どうしてしまったんだろう。
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