第7話 講義
2100年1月11日。
あれから毎日連続で出撃している。エイドリー、クロスフィールド、カーステアーズを奪還。
今日も楽しいミシックハント。装備室にウキウキしながら向かおうとしたところ、館内放送で呼び出される。ジェイニー中佐の執務室へ向かう。
ドアをノックすると中から入れ、と指示。ドアを開け、敬礼してから入る。
「働きすぎだ、ロニー・バレット少尉」
机に肘をついてジェイニー・ホークヤード中佐はため息交じりに言う。
「はい、いいえ、まだまだであります」
「工兵の前線拠点構築が間に合わない。戦線が伸び切ってしまうんでな。しばらくは冬休みだ」
「はい、いいえ、少しでもミシックの戦力を削るため、本日も遊撃に向かいます」
「人の話を聞いているのか?」
ジェイニー中佐がまたため息交じりに吐き出す。
「中佐は赴任時に『好きなときに出撃し、好きなだけ暴れてくれればいい』との命令を私に発せられました」
「悪かったよ、少尉。命令を解除する」
敬礼で受け入れる。
「なあ、少尉。ここからは雑談だ。ここはなにかおかしいと思わないか?」
「はい、いいえ、ラインになったばかりの私にはすべてが新しい体験であり、疑問に思うことより学ぶことのほうが重要であると考えています」
「違う、そうじゃない」
ジェイニー中佐は首を振りながらまたため息。
「冬のカルガリーで、雪がない。おかしいとは思わないか?」
中佐はそこでデスクの端末を操作。
「ああ、君は高等工科学校出身か……バイオテクノロジー専攻でそのままファクトリー勤務、なるほど。君一人の働きで工兵以外開店休業だからな。少し講義をしてやろう」
かつてはミシックはゲートから湧くものと考えられていたが、そうではない。ミシックはミシックを呼ぶ。放置していれば徐々に増える。
そしてミシックが大量に存在する地域は気温が300K前後で安定する。
だが冬季は気温維持にそのエネルギーの殆どを振り向けているのか、それぞれの街のミシックの増加は緩やかになる。
おそらく極度の寒気はミシックの行動を阻害するのだろう。冬のカナダにおいて我々に有利に働く点の一つだ。
寒気を避けるため奴らは自らが生み出す気温のバリアーの内側に籠もる。ラインがミシックを削っていけば気温が低下し、結果活性が下がり、最終的にはマザーの消滅が発生する。
だから我々アメリカ・カナダ連合は冬に戦線を北へあるいは西へ押し込み、北米大陸からミシックを殲滅するために奮戦する――実際には難しいがね。
この難しい問題の一つに、我々の活動可能な気温、天候の問題がある。
ミシックのコロニーが近くにある場合、当然300Kの空気の塊から漏れ出るエネルギーが周囲の気温を引き上げる。今ここに雪がないのはそういう理由だ。
そして雪や低温は工兵の作業効率を押し下げる。
カルガリーは奪還してまだ1ヶ月。基地としては未完成でな。特に空調設備が絶望的だ。これが何を意味するかわかるだろう?
そういう意味では進行速度は慎重に決めなければならない。ミシックを潰せるからと潰していくと、せっかく取り戻した街を放棄しなければならないことになる。そういうことなのだよ、少尉。
中佐の講義を聞いて、暫く考える。
人類の敵、ミシック。だが我々はミシックの生み出す環境に依存して生きている。
「少尉、我々の存在意義は何だと思う?」
不意に問いかけられた。
「はい、人類の敵たるミシックを殲滅するためにあると考えます」
当たり障りのない回答。幼学校からずっと叩き込まれている規律。
「そう、それが第一だ。戦闘を継続し、人類の敵であるミシックを駆逐する。我々はただそれだけのために造られ、存在することを許されている、そういうもの、だ。敵はミシック、それは正しい。だが継続ができなければ我々は存在する意味がない」
中佐が呻くように言う。第二世代のデザインド。第一世代よりも思考能力を高く設定し、生殖器の働きは一部取り戻したものの、やはり生殖できないようデザインされている。
それ故恋愛し、結婚し、ロールアウトするデザインドの赤子たちの養親をする第二世代は数が多いという。ジェイニー中佐にもファクトリーからデザインドを引き受けたのだろうか?
「湿っぽい話はここまでだ。工兵以外のラインオフィサーの休暇は二週間。部隊編成を行う。お前にも部下ができる。殺すなよ?」
「はい、任務遂行に邁進いたします」
中佐に促されて退出し、自室に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます