第5話 ジェームズ・ブランドナー大佐

 2099年12月8日。

 朝から報告書を読み、決裁し、サインする。本来は前線で戦うためにデザインされたはずの私が、制服組となってただ私のサインが必要な書類を見続けるだけのこんな生活をもう20年ほどしている。

 14年前、私達デザインドをベースにしたプロダクツという技術が開発された。プロダクツは第四世代以降のデザインドをベースに作られている。私のような第一世代のデザインドより優秀な、マスプロダクションの兵士。生産された時点で15歳以上の体を持ち、工場で数年教育した後、出荷されるもの。

 デザインドは赤子からの人生を送り、成人後にポート拡張を受ける。養育はオリジナルかデザインドが担当する。最近はオリジナルの減少に従いほぼデザインドが養育していると聞く。とはいえ経験は豊富であり個性はかなりある。

 プロダクツは生産直後にポート拡張を受け、そのまま脳内にユニット経由での記憶を植え付けられていく。もちろん生産における多少のブレや自由遺伝子の部分で個性が生まれるようにはなっているが、割と均質な性質にまとまっている。

 戦うための、いびつな生き物。そう、我々デザインド以上に。

 こんな憂鬱な思考をしているのも、この記録のせいだ。

 ジリアン・ヘンウッド一等兵。ファクトリーの失態。出荷して1年に満たないプロダクツの精神的な脆弱さはわかりきっているのに、なぜ同じベース遺伝子のプロダクツをここに送りつけてきたのか。

 重大なミスとしてファクトリーへ通知。おそらく何人かのデザインドと生産担当のプロダクツの首が飛ぶ。デザインドは前線送りだが、プロダクツは……。

 ジリアンも後送手続きが取られている。直前に接触していたジャネット・ブライトン一等兵の事情聴取をしなければならない。ため息を一つついて机の上の統合インターフェイスのポートに左手首のポートを接触。各種施設の予約と、ジャネットの呼び出しをスケジューリングした。


 この手の面接はいつも憂鬱だ。

 たまたま私はデザインドとして生まれたが、そもそもオリジナルではないのだからプロダクツと同じなのだ。

 そう、デザインドとプロダクツはほんの少し経歴が異なるだけなのに扱いが天と地の差になる。

 聴取室の隣、観察室と言われる小さな部屋に入る。聴取室の壁にマジックミラーがあり中の様子がわかるようにされている部屋。カメラによるデジタル映像でいいじゃないか、と思うのだが、欺瞞の入らないアナログなシステムが最上なのだ、という。それも私にとっては理解し難い。

 マジックミラーの向こう側、ジャネット・ブライトンがいた。ショーツ一枚で椅子に座らされ、後ろ手に手錠と、足は椅子の足に縛り付けられている。

 服を剥ぎ取るというのはプレッシャーの一つで、特に女性には有効に働く。ただプロダクツやデザインドの精神に響くかどうかは微妙だと思っている。彼女の場合はどうだろうか。うつむいていて表情はわからない。

 気が進まないといってこれで私が退場したらジャネットはまず間違いなく終わる。とはいえ残っていても終わるのだから変わらない。そして私が残っているのは、残らなければ私が終わるからだ。

 この世界は狂っていると思う。だが、その思いを外には出せない。

 私は、私の保身のために、私の正義を捻じ曲げる。

 脇にいた下士官にマイクを渡される。

「ジャネット・ブライトンだな。ブライトンタイプ786327」

 変声機を通した、平板な声が流れていく。これは誰が尋問しているのかを不明にすることでプレッシャーを与えるためだ。プロダクツは人生経験が薄い分、この手の精神的な揺さぶりに弱い。

 プロダクツにはその塩基上にある程度の自由がある。タイプナンバーが同一の場合は完全一致のDNAを持つが、同一になる確率は100万分の1程度。通常はぶつかることはない。

 それでもクローンである以上偶然似た風貌の個体が生まれる可能性はある。レイクスタイプのテリーとアーサーが似たのは不幸な事故、だろう。誰かが意図しているのなら別だが。

「趣味の悪いことで。若い女相手にSMかい?」

 マジックミラーを睨みつけながら随分蓮っ葉な返答を返してきた。

 ならば次のプレッシャーを与える。変声機をカット。

「私はでね。確かにそういう趣味を持つものは多かったね」

 遺伝子操作の失敗作である我々第一世代は生殖器が全く機能しない。寿命も短い傾向にあり、この歳まで生き残る第一世代は珍しいのだが、とりあえず私は生き残っている。

「なぜここに呼ばれ、このような扱いをされているかわかるかね?」

 第一世代のデザインド。基地司令であることに気がついたのか途端に小さくなりうつむくジャネット。

「はい、いいえ、心当たりはありません」

 震える声。

「ジリアン・ヘンウッド」

 ジャネットの肩がピクリと動く。目の前のプロダクツを揺さぶる。

「なぜ心理的圧迫を加えた?」

「そんなこと、してない」

 動揺が広がっているようだ。上官に対する返答とは思えない。

「ならば、これは何かな?」

 下士官に目配せする。

「あたしたちプロダクツは、十年ほどしか生きられない戦争の道具だけど、恋をしてもいいと思うのよ」

 聴取室に流れるジャネットの声。

「この基地内には様々な保安システムがある。だからこそこうやって君はここに拘束されている」

 無言を貫くジャネット。

「心理的圧迫を加えた理由を述べよ」

 静かに問いかける。

「羨ましかったからよ! 身を守ってくれるナイトがいるなんてズルいじゃない!」

「そうか」

 この子もまだロールアウトから1年。ストレスに潰された、というやつか。

 ため息を一つ。審判を下す必要がある。

「ジャネット・ブライトン。軍籍剥奪。以降の処理は任せた」

 ジャネットだったものの絶叫が流れる。

 聴取室のマイクが切られ、マジックミラー越しに籠もった悲鳴が聞こえる。観察室を出て、執務室へ戻る。一気に老けた気がした。

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