第4話 消えゆくもの

 戦闘状態の解除。撤収指示。ビルを降りてAPCターミナルへ戻る。

 ひび割れたアスファルトの隙間から草木が生えている。ミシックに支配された地域に起こる植物の繁茂。特に幹線道路には車両が通れないような間隔で頑丈な低木が生えている。だからこそスーツを着込んだプロダクツが必要、ということらしい。

 なぜそうなるのか未だにわからない謎の多さ。未来さきの見えない戦い。私たちプロダクツには未来がないのだから見えなくてもいいのに、見ようとしてしまうのはもしかしたらオリジナルのDNAに刻まれている本能なのかも。

 散漫な思考のまま元戦場を歩き、APCターミナルへ。仲間たちも戻ってくる。予定外の移動なのでしばらく待つことになるが、全員黙ってAPCの到着を待つ。このポイントに集まったプロダクツは、テリーの最期を皆知っている。

 プロダクツは消耗品。だけど……ここでAPCが来た。思考を停止して乗り込む。

 帰りのAPCの中で司令部からの放送を聞いた。要約するとこんな感じだった。


 新型ミノタウルスタイプミシックの撃破によりカルガリーの通信障害は回復。ミシックの排除に成功。

 新型ミノタウルスには牛頭ごずという名を与えることになった。

 プロダクツに300ほどの被害は出たが数日中に配備予定。

 カルガリーは工兵隊による拠点構築を行う。12月10日までには完了予定。


 ミシックは拠点にマザーと言われる大型がおり、それを撃破することでしばらくはその地域から存在が排除される。カルガリーのマザーは牛頭だったようだ。

 テリーの映像戦闘ログフラグメントのコピーをユニットから私の中に取り込んだ。脳内にきらめくフラグメント。

 次の作戦目標はレッドディア。カルガリーに拠点を作って、そこを足がかりに北上しながら途中の町を解放していくというプラン。

 工兵の仕事が終わるまでオコトクスの前線拠点からフォート・マクラウドの基地に戻されて待機。ボーッと過ごしていたらジャネット・ブライトン一等兵が私の部屋を訪ねてきた。

 部屋に招き入れ、小さなテーブルに紅茶を入れて置いた。椅子は一脚しかないので横に立って前を向いて、ジャネット一等兵の言葉を待っていた。

 しばらくジャネット一等兵は座ったままじっとしていたけど、ぽつり、と呟いた。

「その……テリー・レイクス上等兵は……」

 冷めた紅茶。そのカップの前に指を組んでいるジャネット一等兵の姿をチラリと見てから返答する。

「はい、いいえ、違います。テリー上等兵とは知人ではありましたが友人ではありませんでした」

「ジリアン……悲しいときには、泣いていいのよ」

 ジャネット一等兵は立ち上がる。その後そっと抱き寄せられた。

 不意に堪えていたものが切れたかのように涙が溢れ出し、自分でもびっくりする。

「あたしたちプロダクツは、十年ほどしか生きられない戦争の道具だけど、恋をしてもいいと思うのよ」

 ジャネットの優しい声に包まれ、彼女の肩に顔を押し付けて大声で泣いた。

「いつも無茶をして、私をかばって、あの人は先に行ってしまった! 私は! 私は!」

 脳内のフラグメントがくるくると回りキラキラと輝きながら消えていく。あの人が消えてしまう。

 ジャネットが私をぎゅっと抱きしめてくれた。


 12月6日、昇進人事が行われた。カルガリー奪回作戦に参加した二等兵は全員昇進。私は一等兵になった。これは近々消耗したプロダクツの配備が行われることを意味する。そして配備されたプロダクツたちとまた戦争に出かけることになる。

 12月7日、300人のプロダクツが着任。その中に、あの人がいた。

 敬礼をするあの人。

「はじめまして、ジリアン・ヘンウッド一等兵。アーサー・レイクス二等兵です」

 同じ顔、同じ声でそう言われた瞬間、私のなかにあったフラグメントが消し飛んだ。世界がモノクロに、その後暗くなり、そして、私は、私は。

「ジリアン!」

 ジャネット一等兵の声が遠くに聞こえる。私は、ジリアン……? 違うわ。もういやなのよ。いやいやいやいや。もういやなのよ。

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