第3話 ジリアン・ヘンウッド二等兵
2099年12月1日。
また朝が来る。
支給品の高タンパク食を飲み込み、身だしなみを整える。とはいえ軍人だから顔を洗って歯を磨いて少し髪を整えるくらい。
装備室へ移動。一応性別に合わせて装備室は異なるようになっている。スーツを着るには全裸になる必要があるからだそうだけども、裸を見るあるいは見られることに意味はないと思う。だって私たちは工業製品ですもの。
スーツのタンクに白濁した高タンパク液を注入していく。そう。
このところ私は多腕タイプのスーツを試している。狙撃兵にとって最大の問題は小ミシックの近接処理。狙撃銃からPDWへの持ち替えは慌てるとたいてい何かをやらかしてしまう。多腕なら持ち替える必要もなくなるだろう、と考えたのだ。実際、うまくいっている。
追加の腕は左右の肩にそれぞれ一本ずつ。人工筋肉と金属の骨でできていて両方とも6x35mmのPDWが埋め込まれている。
切り替えた当初は統合インターフェイス越しに拡張された腕をうまく扱えず戸惑ったものだが、慣れればいちいち武装の切り替えや再接続が不要で快適に使いこなせるようになった。
システム起動。人工筋肉に締め付けられる体。メッシュネットワークに接続される。予想遅延は2ミリ秒。良好な接続を確認。
25mmのバレットM115アンチマテリアルライフルを背中のハードポイントへ。もう一つのハードポイントへは20kWのアーカムNX20レーザーライフル。そしてレーザーライフルの弾倉代わりのプロペラントタンクを2本接続。タンクにもたっぷりタンパク液を入れておく。
「おはようございます、ジリアン・ヘンウッド二等兵」
冷たい合成音声が私の中に流れ込む。
「今回も前日と同様カルガリー奪回作戦を継続します。交代時間は四時間後。離脱が難しい場合はそのまま次の交代時間まで作戦行動の維持を行ってください」
定型文の指示。そう、プロダクツの私達はモノでしかないのはわかっている。
APCも男女別。上層部はバカじゃないかなと思う。現地に到着し、散開。
HMDに作戦領域が映される。追加腕のPDWのロック解除。弾倉状況を確認し、移動する。
指示された交代ポイントは廃ビルの屋上。狙撃兵はたいていそういう高い位置へ配置される。
特徴的な軽装スーツ。ジャネット・ブライトン一等兵。データリンク接続。戦闘ログ転送。ダイジェストを見る。
ダイジェストにミノタウルスを確認。狙撃兵の相手だけれども、だけど……なに、こいつ……。ジャパニーズペアはM67に比べかなり火力が上がっている。ミノタウルスなら2発も貰えば倒せるのに、このミノタウルスは倒れない。それどころか攻撃活性を上げて味方を蹂躙している。
ジャネットのバレットライフルから2発、左肩と右腕にヒットさせていてちぎれかけるところまでいったのに修復。ありえないタフネスさ。
「交代です、ジャネット・ブライトン一等兵」
ジャネット一等兵の戦闘ログを後送したあと、肩の通信ポートに接触し告げる。
「あら、ジリアン。気をつけてね。ログ見たでしょう?」
「はい。狙撃兵泣かせのタフガイっぷりですね」
「ヘッドショットを狙ったのだけど、寸前で回避されたわ。恐ろしいほどの勘の良さ、よ」
忌々しげな感情がユニットを通じ流れてくる。
「ジリアン、あなたNX20持ってきてる?」
「はい。我ながらいい勘だと思います」
「じゃ、あとはよろしくね」
ジャネットはそれだけ告げるとサムズアップをしてポイントを離れていく。
背中のNX20を手に取る。PDWの腕は周囲警戒モードでユニットに自律制御させる。ライフル接続。プロペラントタンクのタンパク液を燃料にした発電機が電力を供給し、キャパシタへチャージ。バレットライフルも脇に置き、伏せ撃ちの姿勢へ。
テリーの作戦変更要請を転送。遊撃任務ね、と思ってみていたら司令からの命令伝達前に窓から飛び降りているのが見えた。念の為司令部に連絡。入れ替わりに作戦変更許諾を転送。そして司令部から警告も来た。転送。
あの人はいつも無理をする。私たち狙撃手に小型のミシックが来ないようにわざと目立つ行動を取っている。それは命取りよ、と以前警告したことがある。私たち狙撃手だって軍人なのだから。
彼は笑いながら、お前ら女の子だからな、という。そして、男の意地ってやつだよ、カッコつけさせろよ、と返してきた。バカじゃないかしら。
ただユニットからの推論警告をうまく使いながらゴブリンをPDWで掃討していくあのセンスはすごいと思う。
巨大接敵警告。1時の方向、700m。射線確保。距離があるのでレーザーライフルからバレットに持ち替え、スコープで観察する。
ログにあったミノタウルス。テリーが廃ビルに走り込んだのをユニットからの情報で確認。移動速度を見ながらの狙撃。ヒット。頭に当たるはずだった25mmは首を曲げて躱され、肩にヒットした。音速を超える弾丸の気配を読み取るミシック。
私の推論を確かめるために距離はあるがレーザーライフルを構える。オーバーブーストモードで25kW出力。ユニットからの信号で照射するとやはり首を曲げて躱すミシック。私たちプロダクツの殺気を読んでいると確信した。
止まらないミノタウルスはそのままテリーのいるビルの壁に取り付く。私のところからは射線が通らなくなる。
突如
爆発は、テリーのいたビルだった。
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