ももたろう

乃生一路

 パシュ 「のぼヴッ」


 排出された薬莢が地面に落ちてモッ、というパッとしない音を出した。


(……kijiも鳴かずば撃たれまい、か)


 たった今射殺されたばかりの同胞の亡骸を見下ろし、動揺を抑えて一人の隊員が心中にそんな諺を過らせた。傍らにいる中肉中背の隊員と、小柄な隊員がゆっくりと首を振り、死んでしまった仲間を悼む。そしてもう一人、銃を構えたままの男が、ゆっくりとサプレッサー付きの銃口を下げた。彼こそがMMT小隊の隊長をつとめる熱血漢──peachである。


「気を付けろ。心を強く持て。この島には、受けた者を博愛主義者にする怪電波が蔓延しているとの報告があり、実際に僕たちはそれらしき変化を目の当たりにした」


 そう、peachは残りの隊員を手で制した。

 peachの眼の前には銃殺死体が転がっている。kijiなるコードネームを持つ隊員である。撃ったのはpeachだ。


『待て! 待てよ! こんな争いはもうたくさんだ! 間違ってる!!』


 いきなり、kijiはそう叫び始めたのだ。脈絡なく、唐突に。


『本当の鬼は俺たちの心の中にいたんだよ!!!! 分かるだろ? 分かってくれよ! 分かれよぉおおお!!! なあpeach! monkey!! dog!!! 』


 溜め込んでいた不安が爆発し、怪電波に思考をやられ、叫び、錯乱し、銃口をpeach率いる残りの小隊の隊員たちへ向けて更には発砲までしてきたものだから、peachは無力化の為にも撃つことを余儀なくされ、引き金を引き、身振り手振りで暴れるkijiに向かって射出された9mmパラベラム弾の弾道は目当ての箇所から僅かに逸れて、苦楽を共にした同胞の心臓を撃ち抜く羽目になった。


「……くそっ。なんだってこんな、クソッタレな任務を受けなきゃならない」


 肩を落とし、peachは悪態を吐く。


「気にするな。kijiだって任務の遂行中に自分が死ぬのを勘定に入れていなかったわけじゃない。撃ち損じたのはお前だが、元を辿れば鬼のやつらがいるせいだ。まあ、撃ち損じたのはお前だがなっ、気にすんなよ!」


 肩に手を置き慰めるのは中肉中背の男、monkeyだ。


「そうだよ。kijiはほら、この任務が終わったら故郷に残してきた幼なじみと結婚して親孝行するって言ってたじゃん。死亡フラグの申し子みたいなこと言ってたし、仕方ないってボクは思うよ」


 小柄な隊員──dogもまた、peachへ慰めの言葉を伝えた。

 peachは残っている隊員の顔を見渡し、分かった、と頷く。


「ああ……kijiの死を無駄にしないためにも、僕たちは進まなきゃならない」


 進んだ。

 建物があった。

 鬼がいっぱいいた。


(……なんだってんだありゃあ)


 目を丸くしている隊員の前で、隊長であるpeachは「絶景か?」と凝視していた。興奮する小隊メンバーたちに対し、dogだけはそんなにだった。

 MMT小隊の隊員たちの目の前にいるのは、ぼいんのちゃんねー達だった。むわっと情欲を煽るような汗の臭いに満ち満ちた室内で、ビキニ着てるの? と思うほどに乳頭とわずかな範囲の乳房しか隠していないトップとローライズにもほどがあるんじゃないかというボトムだけの格好で、宴もタケナワとばかりに酒盛りをしてぼよんぼよんとはしゃぎまくっていた。鬼である証拠は、頭部に生えている角ぐらいだ。あとはまったくもってちゃんねーのぼいんである。peachはひたすらの凝視だった。なんせ巨乳と巨尻しかいないのだ、なんだここは、「楽園か?」そのようにpeachがこぼし、「違いねえ」とmonkeyが賛同する。dogは冷めた眼で彼らを見ていた。

 

「突入、するんでしょ?」


 ずっと酒盛り中の鬼(ぼいん)達を眺めているpeachたちへ、冷めた口調でdogは言う。


「ああ、あの中に突入して、そのまま突入してえなぁ……」


 monkeyが言う。ニュアンスがキモイな、とdogは思った。


「チクショウが……! あんなにたくさんいるなら一人ぐらい僕のことを好きになる子がいたっていいだろ!」


 peachが急にキレ出した。なにこいつ、とdogは若干引いた。


「落ち着けpeach。ありゃあ確かにボンキュッボンの美人の姿だ。だが姿だけだってのを忘れたわけじゃねえよな。あいつらは人のフリをする。もちろんフリだけだ。あいつらが人じゃねえ事実は消えねえんだよ。そんなに叫んじゃあ、あの鬼どもに気づかれちまう」


 monkeyが努めて冷静さを振り絞り、視線は鬼たちの何ともoniめいたボリュームに釘付けで、残りの隊員と一緒になってpeachを抑え込む。


「放せお前たち! やっと僕にも春が来たんだよ、モテ期が来たんだ! 決めたぞみんな! 僕はあの中の一人を口説き落としてそのままいっしょに本島へ帰還して余生を共にすることに決めた! 鬼退治の財宝は鬼そのものだったんだ!」


 抑え込んでくる四本の腕を振りほどき、peachは叫ぶ。「帰っていっしょに暮らす!」


「待ってpeach! 血迷ったの!?」


 駆けだそうとしたpeachを、それまで見ているだけだったdogが慌てて止める。


「離せdog!」

「離さない! ねえ早く手伝ってよ! peachもきっと怪電波にやられたんだ! このままだと勝手に突入して死んじゃう!」


 暴れるpeachを必死で抑えつつ、dogは助力を乞う。


「なんか素のような気もするが……まあいい、ほら落ち着けってpeach」

「落ち着いていられるか! 僕のきびだんごが食べられたがっているんだよ! 僕のmomotarouであの鬼たちをよだれと涙まみれのみっともない顔で痙攣させてやるんだ!」

「ほら! やっぱり怪電波のせいだよ! 怪電波のせいでpeachがこんなに気持ち悪くなったんだ!」

「そいつが気持ちわりぃのは素からだと思うぜ。MMT小隊はみんな男だってのに、こいつ結構お前の前ではキャラつくってたしな」


 そう、monkeyはdogへと言う。「え?」dogはpeachを抑えつつ、戸惑いを浮かべた。


「意識してたのかもしれねえ。気を付けとけよdog。この桃野郎、お前のこと食うつもりだった感ある。よほど飢えてたんだろうな」

「え、えっ……」


 困惑するdogの様相に、「ぴ、peachってボクのことが……」乙女が、混じる。


「はあ!? んなわけないだろ僕は巨乳巨尻派だ! dog、お前みたいな貧乳貧尻なんておよびじゃないんだよ分かったならさっさと離せ! それにこの前にdog、お前が風呂に入っているのを覗いた時に見たぞ! お前の身体、古傷だらけじゃないか! そんなんで興奮するわけないだろ、タトゥーみたいで怖いんだよ! 貧乳のタトゥーなんざ壁画だよ壁画ァ!! いいからさっさと離せぇあッ!!」

「ッ……!」


 peachに暴言を吐かれ、dogは言葉に詰まり、ふと拘束が緩む。「おっと暴れんなって」すかさずmonkeyがpeachを羽交い絞めにし、二人がかりで抑え込んだ。

 

「落ち着けって言ってるだろpeach! 頼むよ隊長!」

「捨てるんだ、僕はあの鬼どもで捨てるんだッ……!」

「捨てるって、なにをだよ」

「僕の股間にあてがわれているこの忌々しい純潔をだよ! あの鬼たちの邪悪なonigashimaの出入り口に出し入れして相殺してやるんだ!」

「おいおい。おいおいおい! peachピーチなのにvirginチェリーってか! なあ坊や、もしやお前、ママ以外の異性の裸を見たことないんじゃないだろうな! ハハハッ!」


 そうmonkeyがからかった──瞬間。

 ぴたりと、peachが止まった。

 そして、ひとこと。


「……僕に母親なんていない」


 peachは『〇〇桃』と名称の入った段ボール箱に入れられて、どんぶらこどんぶらこと川を流れているところをMMT小隊が所属する組織に運良く拾われ、九死に一生を得たのだ。彼の両親は普通に逮捕された。

 peachの瞳には怒りと、憎悪が宿っている。

 慌ててmonkeyが弁解を行うも、


「あ……わ、わるい。つい勢いで、お前の事情は知ってたんだが、悪気はな」


 パシュ 「お゛」


 もう遅かった。

 頭部を撃ち抜かれて倒れたmonkeyを冷たく一瞥すると、


「お前も、邪魔するんだろ。あの鬼どもに欲情してるから、お前は僕の邪魔をするんだ」


 peachの充血した眼が、残りの隊員を捉える。


「待ってよピーチ。もうボクたちだけだ。なんでか知ってるかい? きみが二人殺ってしまったからだよ。だからまあ、落ち着きなって。恋人が欲しいんだろ、peach? ボ……わ、わたしなら」

「うるさい……! そんなこともっと胸が大きくなってから言えよ!」


 だが、引き金は引かれてしまった。


 パシュ 「ん゛ん゛ッ」


 倒れる同胞の亡骸を背に、peachは荒い息を吐きつつ、鬼へと向かう。

 鬼たちは相変わらずの酒盛りで、一向にpeachの姿に気づかない。ずんずんと前方の鬼たちへと近づいていくpeachの頭部が────パシュ 「ん゛お゛」撃ち抜かれた。背後から。


 ◇


 MMT小隊は壊滅した。

 島の中ほどに、心臓を撃ち抜かれて死んでいる者が一人。

 島の奥、鬼の住処の入り口付近に、頭を撃ち抜かれて死んでいる者が三人。

 死体だけでも回収して丁重に葬らなければと、後に突入した別の小隊により、計四人の死体が本島へ持ち帰られた。

 三人を殺したのはpeachだ。

 そしてそのpeach自身も射殺された。


 残り一人の、今や行方不明となっている者の手により。






 ◆


登場人物

・peach…MMT隊長。本名は桃山太郎。桃だけど桜桃の方の桃。風呂を覗いた際にdogの股間を見、女であることを知った。

・dog…隊員。本名は犬飼葵。最年少。小柄。絶対に他の隊員といっしょに入浴しない。実は女。隊長のことを密かに想っていた。

・kiji…隊員。本名は雉島秀雄。中ほどの年齢。中肉中背。隊長のことが嫌い。

・monkey…隊員。本名は猿飛良介。上ぐらいの年齢。中肉中背。隊長のことが嫌い。

・nobori…隊員。本名は日本ひのもとはじめ。最年長。長身無口。隊長のことが嫌い。




 ◆◆


 最後に一応、言っておくけど。


 鬼の人たち意外と良い人だった。泣いているボクを見つけたかと思うと、口々に覚束ない言葉でダイジョブ? ヘイキ? ドコカイタイ? と聞いてきたから、心が、胸が痛いんだと返したら、胸ケガシタ? オオウ、アナタ胸チギラレタ。ダカラソンナ胸チイサイ。とか言って悲しみに満ち満ちた表情で心配してくれたから、そのデカい胸をひっぱたいてやったんだ。元からだよばか!

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ももたろう 乃生一路 @atwas

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