宛先のない手紙

佐野心眼

宛先のない手紙

前略


お前がそっちへ移ってから、もう何年になるだろうか。


元気にしているか?


爺さんと婆さんも一緒だから、寂しくないよな。


そっちの暮らしは楽しいか?


困ったことはないか?


意地悪されていないか?


友達はできたか?


お金はいるのか?


お前には親らしいことをしてやれなくて済まなかった。俺がもっとしっかりとしていれば、こんなことにはならなかったんだろうなぁ。俺が気を付けてさえいれば、お前を手元に置いて、今でも一緒に暮らしていたことだろう。


馬鹿な親父でゴメンな。


もう随分と大きくなったんだろうなぁ。早くお前の顔が見てみたい。お前と別れたときは、お前があまりにも小さかったから、今はまったく違う顔になっているだろう。


一体どんな顔をしているんだろう。どんな性格に育ったんだろう。

母親似なのか、父親似なのか…

心配してもきりがないね。


俺はもう大分年をとったよ。お前と遊ぶこともできないくらいに。母さんや姉さんは元気にしているけどな。


遠く離れているけど、いつかまた会えるよな。お前が大きくなって、俺が軽くなったら。


そのときは必ずお前に会いに行く。


それまで壮健であれ。


草々






拝啓


お元気ですか。


僕のことは心配いりません。こっちで楽しくやっています。


急いで僕に会いに来なくてもいいですよ。


そのうち、きっと会えるでしょうから。


僕のことを思い出すときは、目を閉じてみてください。


そうすれば、いつも近くにいますから。


お爺さんとお婆さんと、猫のタマも一緒ですから、何も寂しくはありません。


ただ僕が気になるのは、僕が“人間”になれなかったことです。


みんなが人間だとしたら、僕は一体何者なのでしょうか?


そういう者の生きる意味とは何なんでしょうか?


生まれて来なければ良かったんでしょうか?


初めから死ぬ運命だったんでしょうか?


では、運命とは何のためにあるんでしょうか?


役割りでしょうか?


それとも意味付けでしょうか?


あのゼリーのようなものに包まれた僕は、魚の形のまま、廃棄されました。


それに意味はあるのでしょうか?


神は何のために僕に命を吹き込んだのでしょうか?


意味など、あるのでしょうか…


敬具

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宛先のない手紙 佐野心眼 @shingan-sano

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