追翼~それでも私は~

 数日後。その間沙耶は玲奈と話をすることはなかった。

 そして迎えた玲奈が留学先へと発つ日。沙耶は自宅にいた。


『本当にいいの?玲奈様とこれから会えないって言うのに』


「うん。いいの、やっぱり、玲奈様と何話していいかわかんないし。私が今あっても玲奈様は迷惑だよ」


『それで、後悔はしないの?』


「…………うん」


 沙耶が答えるまでの沈黙から、結衣には沙耶が玲奈との関係に自分がまだどうしたらいいのか迷っていることが何となくわかった。

 でも、そのことはしてしなかった。結局のところ、あとは当人同士の話だから。結衣はそう考えていた。


「……ごめん。誰か来たみたいだから切るね」


 玄関のチャイムが鳴り、結衣との通話を切り、応対に向かう沙耶。

 沙耶が玄関を開けた先にいたのは……


「……お邪魔します」


「……美穂さん」



 沙耶は突然の美穂の訪問に戸惑っていた。

 沙耶は美穂が学園に残ること自体は知っていたが、今日は玲奈の留学先に発つ日。当然、美穂も見送りには出向いているだろうと思っていたから。


「どうしてここに?玲奈様の見送りはいいんですか?」


「ええ。必要なことはすべて終わらせましたので……七瀬さんこそ行かなくてよろしいんですか」


「……私が行く必要なんてありませんよ。いったところで、玲奈様と話す娘なんて……私には……」


「……ひとつ、友人の話をしましょう」





――――とある友人の話。友人の家はとある名家に連なる家系で、父は、その名家の主の秘書をしていた。名家の主には娘が一人いました。

 名家のしきたりで、その人と年の近い友人の姉が彼女の高校進学と同時に仕えることに決まっていました。

 しかし、その姉は、不器用でいつも失敗ばかりでした。そこで、しばらくの間補佐として友人も一緒に行くことになりました。友人はいつもの事なので深く考えず姉と、彼女と始めて会いました……衝撃を受けました。

 

 彼女から見られただけで、体が動かなくなりました。

 友人は姉と違い、何事にも優秀すぎて、自身の気持ちも気づいてしまうほどに、すぐそれが恋だと気づきました。

 しかし、そのことを打ち明けませんでした。友人は女性ということももちろんあります。それ以上に、姉と、彼女との間を見て、二人が互いに思っていることに気付いてしまったから。

 姉と彼女はそれからしばらくして付き合いだしました。

 次第に友人は少しずつ距離を取っていくことにしたそうです。姉が一人でやらなければいけないためというのを言い訳にして。

 

 本当は二人の関係を近くで見たくなかったから。


 これでいい……そんな矢先でした。

 姉が倒れたのは。

 友人は姉から手紙を託されました。姉が彼女へとあてた手紙を。死後渡してほしいと。

 しかし友人はその手紙を彼女には渡せなかったそうです。

 渡さなければいけない。そう思っていても、自分の気持ちが邪魔をして渡せなかったそうです。

 やがて彼女は開いた穴を埋めるかのように多数の女の子、そして友人と付き合うようになりました。友人は彼女を見てるのがつらかった。

 でも何もできなかった。


「友人が手紙を渡したのはつい最近だそうです。それも、結局自分で渡す決心はつかず、親しい人に頼んで渡してもらったそうです。」


「その友人って、もしかして……」


「友人は、姉と、彼女には自分の気持ちを伝えることができませんでした。彼女には一生伝えるつもりはないそうです」


 美穂の話を聞いていた沙耶のスマホに玲奈から通知が入る。



『ごめんね、大好き』


 玲奈からの通知はそれだけ、沙耶はそれを見て、自然と玲奈との日々を思い出していた。玲奈と初めて会った時から、これまでの日々を。

 沙耶は気づいた。

 

 やはり自分は玲奈の事が好きなのだということを。



「七瀬さん。あなたには後悔のない選択をしてもらいたいです」


「……私は」





 玲奈は空港のロビーにいた。搭乗時間までまだ時間があった。

 スマホで沙耶にメッセージを送った玲奈は沙耶の事を考えていた。

 沙耶と会ってからの日々は、美月と一緒だった時と同じくらい楽しい日々だった。でも、やっぱり沙耶と一緒にいると、どうしても美月の事を思い出してしまった。


 今こうしているときでも、美月の事が自分は誰よりも好きなのだということに気付いてしまった。

 やっぱり、沙耶と一緒にいることはできない。


 自分の乗る飛行機の搭乗のアナウンスが流れ、搭乗口へと向かう玲奈。


「(これでいいのよ……これで)」




「……玲奈様!!」


「!!」


 玲奈は声がした方を振り返る。沙耶が玲奈の下へと走ってきていた。


「沙耶?どうして……」


 沙耶は、玲奈のもとまで走ってくると、その勢いのまま玲奈に抱き着く。玲奈は、バランスを崩さないように沙耶を受け止める。

 玲奈は沙耶が来たことに困惑していた。


 追い打ちをかけるように、沙耶からキスされた。玲奈は沙耶からキスされたことに困惑して、しばらく動くことができずにいた。キスは数十秒にもの間交わされていた。


「好きです……玲奈様……大好きです」


「……ごめんなさい。私は沙耶よりも美月の事が好き。愛してるの。だから沙耶の気持ちには―――」


「それでも!それでも私は、玲奈様の事が好きなんです!一緒にいたいんです!」


「沙耶……」


 この時、沙耶の気持ちを聞いた玲奈はそれでも断ろうとした。その時、


「(玲奈)」


「(玲奈には私の分も幸せになってもらいたいな)」


 どこからか美月の声が聞こえた気がした。玲奈には沙耶の背後に笑みを浮かべている美月が見えたような気がした。その時、自然と玲奈の頬を涙が伝っていた。


「玲奈様」


「美月の事。一生忘れられないと思う」


「私だって同じことになった時玲奈様の事絶対忘れられません」


「沙耶を見てるのに美月の事思い出しちゃうんだよ?」


「もっと私に美月さんの事教えてほしいです」


 玲奈が見た沙耶の目からも涙が頬を伝っていた。


「本当に?いいの?」


「はい……大好きです……玲奈」




 見つめあう二人の距離がゆっくりと近づいていき……



 

 ……二人の唇がゆっくりと重なる


                                ~完~

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それでも私は君を想う Ryo-k @zarubisu

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