閑話~お嬢様の追想~

 ――彼女が出て行ってからどれくらい経ったのだろう。私は、悲しげな表情をしていたあの娘、今にも泣きだしそうだった。

 外は依然として大雨のまま。

 私は、彼女を追いかけることができなかった。

 追いかけなければいけないはずなのに、彼女に何かあったら私は……


 ――美穂から連絡があった。今は美穂と一緒にいるみたい。今日は、このまま、家に泊まっていくそう。

 よかった、彼女が無事で。私はそのことに心からほっとしていた。

 それだけ、彼女の事を想っていたのだろうと今になって気付かされた。

 それと同時に、その気持ちがあの娘と同じものだということに。


 ――私は、彼女が好きだ。でも本当に彼女の事を見ているのだろうか。

 彼女を見ていると、いつも、あの娘の事が頭をよぎる。あの娘と過ごした日々が……



「……美月」



 

 彼女と初めて会ったのは、今から2年前。私が高校生になった時だった。

 父からは、高校へ進学した私に、侍女が付くと聞かされた。

 これは、佐伯家では先祖から続いていることで、佐伯家と縁のある家の者で、同性かつ年の近いものがつかわされる習わし。実際、お父様の執事の人はもう30年近くになるのではないのだろうか。

 そして、今度は私の番……


「し、失礼します!、今日からお嬢様付の侍女として使えさせていただきます。山王美月です。よ、よろしくお願いします!」


「姉さん。落ち着いて。私は妹の美穂です」


「ふふっ……。よろしくね」


 彼女を初めて見た時は、おどおどして面白そうな娘。それがあの娘の第一印象。

 それと同時に疑問でもあった。

 本来なら、私に仕えるのは一人だけのはずなのに。

 山王の家の娘が姉妹だというのは知っていた。私と年が一番近いのは、私と同い年の美月だったはず。

 だったらなぜ妹に美穂まで私の下へ来たのだろうか……答えはすぐに分かった。


「きゃっ!?」


 床の掃除をしようとしたら、床を水浸しに……


「ごめんなさい!?」


 屋敷の掃除をしていたら、家に飾られている壺を割り……


「あ~!?」


 料理をしていたらフライパンが火を吹き、炭?が出てくる……


「これは……」


「す、すみません……」


「姉さん。だから私も手伝うって言ったのに」


「でも、私の仕事だし、一人でしっかりやらなきゃ!」


「やる気があるのは立派ですけど、姉さん、ポンコツなんだから」


「ひどい!?」



 あの娘が私の所に来てからは、毎日があわただしかった。

 毎日、何かしらのドジをあの娘は、起こしてたから。

 その度に美穂がフォローをしていた。時には私も。

 なんで私がしてるのか?何でだろう……。気が付いたら体が動いていた。その度にあの娘は申し訳なさそうにしていたわね。

 それは当然ね。使えるべき主に手伝われてるんだもの。


 でも私は、あの娘と一緒に過ごすのが楽しかった。隣で一緒に料理をしたり……。

 このころから、料理が私の趣味になったんだったわね。

 始めたころは、野菜を切るのも一苦労で、二人して美穂から教わったっけ。気が付いたら料理の腕があの娘よりも上達していたのは、ご愛敬?かしらね。


 そういえばこの辺りだったわね。私が生徒会に選ばれたの。

 といっても、私たちの関係はあまり変わらなかったっけ。生徒会もあの娘と一緒だったし。

 ここでもあの娘は持ち前のドジっぷり?ポンコツ?を発揮していたわね。

 そういえば、生徒会でもあの娘と一緒にいたから、私たちは一緒にいないときの方が少なかったんじゃないかしら。

 それくらい、気が付けば、私の隣にはいつもあの娘がいた……。



 きっかけは何だったかしら……。いつも一緒にいたから……。


 あの娘への気持ちが……。



 

 「好き」から「愛してる」へ変わったのは……。

 


「そ、そんな……冗談ですよね」


「本気よ、美月……愛してる」


「お嬢様――」


 続きの言葉を玲奈の人差し指が止める。


「違うわよ?前にも言ったでしょ。二人の時は」


「れ、玲奈……」


 見つめあっていた二人の距離はだんだんと近づいていき……


 やがて二人の唇がひとつになる。


 二人の間だけ時間が止まっているよう……そんな、淡い、儚い……一瞬でそれでいて永遠に感じる。



 美月との日々は毎日が輝いていた。

 美月といると、心が満たされていて、幸せでいっぱいだった。

 ただ、1つだけ変わったことがある。美穂が私の所に来る機会が、少なくなってきた。

 もしかしたら美穂は、私と美月の関係に気付いているのかしら。美穂、そういうところは鋭いから。


 美月も、前よりも失敗することは少なくなってきたからというのもあるのかもね。まあ、それでも失敗はするんだけどね……2日に1回くらい。

 最近はそれが日常になっているから、逆に何もないと美月が風邪でも引いてるんじゃないかと疑うくらい。


 そういえば、料理は毎日美月と一緒にしているわね。美月は私と一緒にするようになってから、料理の失敗だけはしなくなったわね。

 その時間は、二人だけ別世界にいるような、どこか非日常な、淡い……そう思わせる。

 ……うん。今日の料理もおいしい。


「ほら、美月、あーん……」


「うぇ!?……それは……」


「……」


「……分かりました。……」


「どう?」


「……緊張で……味が……」


「……ふふっ」


「玲奈!」


 幸せ。今私が感じているものがそうなのだろう。

 そういえば最後にお父様とお母様と一緒に過ごしたのは果たしていつだっただろうか。思い出せないくらい昔だったっけ。

 もしかしたら美月と一緒にいる時間の方が長いのではないだろうか。

 私はそれで構わないと思っている。美月と過ごす毎日は、満ち足りた日々の連続だから。

 私が望んでいたのはもしかしたらこんな生活なのだろうか。不自由ない生活より、大切な人と過ごす一瞬の方が。

 

 これからも私の傍らには常に美月が寄り添ってくれる。それだけで、私には十分、他には何もいらない。




――――――でも、運命は……残酷だ。




「玲奈、お茶の用意できた――――」


 ガシャン!と陶器が割れる音がした。また失敗したのね……振り返った私が見たのは、床に粉々になっているティーセットと……倒れている美月。


「美月!!」




――2か月後。美穂と一緒にとある病室を私は訪れる。

 突然倒れた美月はあれから入院生活を送っている。

 私たちが病室に入ると、美月はこちらに気付いて微笑みかけてくれる。ただ、その笑みは、どこか無理してるように見えるのは気のせいではないのだろう。


「どう?調子は」


「今日はまだ調子がいいです。これから検査をするみたいですけど」


「やっぱりどこか悪いの?」


「念のためって先生は言ってたから」


「そう。ならいいけど」


「お嬢様、そろそろ時間が」


「そうね。あなたはどうするの?」


「私はもう少しここに残ります」


「そう。それじゃあね美月、また放課後来るから」






――――美月のいなくなった病室


「それで、本当の事言わなくていいんですか」


「やっぱり気づいてた?」


「当然でしょ。姉さんの事に気付かないとでも」


「そっかぁ……」


「あとどれくらい?」


「3カ月……」


「!!」


「どうして……どうして私が……」


 私の胸の中で泣いている姉さんを私はただ受け止めるだけで、何も力になることができなかった。姉さんの……玲奈様の……。

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