交錯(2)

 資料室。学園の旧棟の一番奥にあるその部屋には学園での過去の活動記録をはじめ、年度予算や会議の議事録等が保管されている。ここ数年に関しては重要な書類を除いでほとんどはデータ化しているが、創立当初の記録なども存在している。

 それらの資料は当時のまま保管されているため、資料の状態から歴史を感じさせるものである。

 

 その資料室に沙耶と副会長を務めている山王美穂がいる。


「こんな場所があったんですね」


「ここは教師もほとんど利用しませんからね。知ってるのは生徒会と一部の教師くらいです」


「それで、私は何を手伝えば……」


「ここには創立当初からの資料がすべて保管されています。その数は膨大になっており、過去の資料を探すのにも手間がかかっている状態です。そこで生徒会は、生徒会活動と並行して過去の資料をデータに直して整理していってます。七瀬さんには私が指示しますので街頭の資料を探してほしいのです」


「大変そうですね……分かりました」



 何故二人がここにいるのか……。

 

 時間は少しさかのぼり、生徒会室に入る沙耶。


 中には玲奈と美穂の姿が。



「こちらは副会長の山王美穂。七瀬さんには美穂の仕事を手伝ってもらいたいの」


「副会長の山王美穂です。よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします……」



 沙耶は棚から資料を探しては順次美穂に渡している。美穂は手元の資料を見ながら、パソコンに向かいデータに入力している。

 沙耶は美穂を見ながら昨日の事を思い返す。


 昨日、玲奈に迫られ、あと少しで玲奈とキスする寸前に生徒会室に入って来たのは美穂だった。

 美穂は二人の状況を見るも、何かリアクションを見せることもなく、玲奈に次の会議で使うデータを渡すとそのまま部屋を後にした。

 部屋に残された二人だった……

 玲奈が「続きする?」と言ってくるも沙耶は恥ずかしくなり、帰ってしまう。

 

 そのこともあり、実は美穂と二人きりは気まずかったりする沙耶だが、他にも沙耶は、美穂と玲奈の関係について気になっていることがあったのだ。



 「あの……」


「どうしました?何かわからない事でも?」


「そうじゃなくて……美穂先輩と玲奈様って……付き合っているんですか?」



 あの日……沙耶が見た玲奈が生徒とキスをしているところ。


 その時玲奈がキスしていた相手は……美穂。

 美穂はそれを聞いて作業していた手を止める。



「付き合ってる……私が……ですか」


「見たんです……この前二人が……キス、してるの……」


「そういうことですか……別に付き合ってないですよ」


「え?そうなんですか?付き合ってないのにキスを」


「何度も言ってるんですけどね。それでもたまにああしてくるんですよねあの人……まあ、理由は何となく分かるから強く言えないんですけど……っと話過ぎましたね。早く今日の分を終わらせてしまいましょうか」



 美穂は再びパソコンに向かい作業を続ける。つられて沙耶も、棚から資料を探すも、玲奈と美穂の関係が気になっている。




 玲奈の自室。部屋の中は余分なものはほとんどなく、必要最低限なものがそろっているだけ。

 部屋に置かれているキングサイズのベッドは特注の一点ものだということ。

 

 玲奈は部屋の隅に置かれている棚の上に置かれていた写真たてを手に取っている。

 中に入っている写真を見る玲奈の表情は、思い出を振り返り、懐かしんでいると同時に、どこか悲しさを思わせる。

 

 不意に自室のドアをノックする音がする。

 「失礼します」と美穂が部屋に入ってくる。

 玲奈は美穂が入ってきた後、もとの場所に写真たてを戻す……写真を見えないように倒して。

 美穂も玲奈のそのしぐさを見ているが、特に何も言わない。いつもの事かというような態度。



「彼女、見てたみたいですよ。私たちがキスしてたところ……この事知ってたんですよね?」


「ええ。だから彼女に手伝いをお願いしたんじゃない。何か問題でも?」


「……本当にそれだけですか?」


「何が言いたいのかしら?」


「いえ……何も。間もなくお夕食ですので。失礼致しました」


 美穂は特に何か言うわけでもなく部屋を出ていった。


「本当にそれだけよ……それだけ」


 自分ひとりしかいない部屋でつぶやく玲奈。彼女の手は写真たてに触れている。そのことに本人は気づいていない……。


 翌日も玲奈はいつもと変わらずに生徒会業務を行っている。すると、次の会議で使う資料を抱えた沙耶が部屋に入ってくる。


「失礼します。これ、美穂さんから次の会議で使う用の資料です」


「随分と多いわね」


「今回はいつもより重要書類が多いみたいで……きゃっ!!」


 玲奈は手伝おうと沙耶の下へ近寄ると何もない所で転倒する沙耶。

 転倒した拍子に資料が床一面に散らばる。

 「すみません」と手元に資料を集めている沙耶を見て玲奈も手伝おうとする。


 その時、資料を集めている沙耶の姿を見て、伸ばした手を止めてしまう。


「よし、これで全部」


 玲奈が気づいたときには沙耶は散らばった資料を集め終わっていた。玲奈はその姿を見続けていた。

 沙耶のその姿に、前に見たことのある既視感に襲われていた。もう二度と見ることのできない誰かの姿を重ねるかのように……。



 それから数日。今日も沙耶は美穂の手伝い。

 いつも通り美穂がパソコンに向かい、沙耶が該当の資料を探して渡す。しかし、最初と比べて変わったこともある。


「美穂さん。次の資料ここに置いときますね」


「ありがとうございます。次のが終わったら少し休憩にしましょう」


「分かりました」


 沙耶の作業のペースは最初と比べて格段に成長していた。今では、棚にある資料の種類とおおよその配置を把握しているほどである。

 それに、美穂に渡される資料にもほとんど間違いなく渡されるので、業務が無駄なくスムーズに行われていた。

 最近では、時間に余裕も出てきたのでこまめに休憩を取るようにしていた。それがより一層効率よく、作業を進めているのに繋がっている。


「こちらの作業もだいぶ慣れてきましたね」


「そんなことは、皆さんに比べたら私なんてまだ……」


「数日でこれですから、自信を持ってもいいと思いますよ」


「いえ、玲奈様や、生徒会の皆さんに迷惑はかけられないですから。もっと頑張らないと」


「そうですか……ならもう少し量を増やしましょうか」


「それは……ほどほどで」


「ふふっ……冗談ですよ」


「……前から疑問に思ってたんですけど。玲奈様と美穂さんの二人ってどんな関係なんですか?その……あんなことしてるくらいなんですから」


 沙耶は疑問に思っていた。玲奈と美穂の関係を。

 二人のキスするところを見ていたから。

 前に聞いたときには美穂は動揺することなくさらっと流していたから。


「そうですね……主従……ですね」


「主従?」


「会長の家は昔からある名家で現在は世界有数の大企業。この学園の出資者の一人でもあります。私の家は、先祖代々彼女の家に仕えてきました。今年から私は会長の侍女という立場です」


「玲奈様の家って改めて聞くとすごいんですね……あれ?今年からってことは他にも玲奈様の侍女の人がいたんですか」


「……そうですね」


 美穂以外の侍女についての話になった途端、美穂の表情がわずかに曇る。

 そのことに沙耶は気づいていなかった。


「私からも1つ聞いてもいいですか?沙耶さんは会長の事が好きなんですか」


「好きって……それはもちろん。すごい先輩だなーって、私もあんな風になれたらなーって思います」


「恋愛としてはどうですか?」


「え!?れ、恋愛!?」


「ええ。前に見た時も会長が迫っているように見えましたので。嫌なら私から伝えましょうか?」


「……い、嫌じゃなくて……心の準備が……いきなりでよく分からないうちだったし……今もうまく顔を見れなくて……」


「……可愛い」


「え!?かわっ……ええ!?」


「ごめんなさい。深い意味はないですよ。なんかその反応が懐かしくって。気

にしないでください」


「懐かしい?」


 美穂はそういうと、パソコンに向かい作業を続ける。沙耶は美穂の言葉に引っ掛かりを覚えるも、慌てて自分の作業に戻っていく。

 

 少しして、資料を見ていた美穂の手が止まる。


「15年度の部費の決算資料が抜け落ちてましたか……」


「すみません。すぐに探します」


 そういうと沙耶は棚から資料を探す。


「いえ。私の確認不足だったので自分で探しますから……」


「大丈夫です……確か部費関連の資料はこの辺だから……年度別で……15年度は……この辺かな」


 沙耶が探しているところは、棚の一番上の部分にあるところで、沙耶の身長では高い所の資料を取るために用意している木製の台座を使用してやっと届く位置にある。

 沙耶は台座を使用して資料に手を伸ばす。


「沙耶さん。私が自分で取りますから……無理しないで」


「いえ……大丈夫です。もうちょっとで……」


 沙耶は資料に手を伸ばす。

 伸ばした手は資料に届いた……その時。


 バキッ!!と何かが割れる音がした。


 その直後宙を舞う……沙耶。



――保健室。室内の椅子に美穂は座っている。美穂の足首には包帯が巻かれている。

 あの時、沙耶の乗っていた台座の足が腐っていたようで、バランスを崩して落下してきた沙耶を美穂はとっさにかばった。そのせいで彼女は足を痛めて保健室に来ていた。

「入るわよ」その声の後に玲奈が室内へと入ってくる。


「怪我はどう?」


「軽い捻挫だそうです。1日安静にしてれば治ると」


「そう、ならよかった。外に車を待たせてあるから。帰るわよ」


「かしこまりました。今日の分は明日やりますので」


「その心配はないわよ?」


「申し訳ありません。会長のお手を煩わせてしまいまして」


「何か勘違いしてない?私は何もしてないわ」


「それじゃあ誰が……まさか」


「ええ。沙耶がね」


「彼女が……」


 美穂が怪我したことで、本来彼女がやらなければいけない仕事が残っていた。

 沙耶は彼女のを保健室へ運んだあと、美穂の代わりに残りの仕事を一人で行ったのだ。

 幸いなことに、資料はそろっていたので、あとはデータに入力するだけであった。もちろん玲奈も手伝うつもりでいた。彼女の仕事も残ってはいたが、両方こなすことは可能な範囲であったから。

 それでも沙耶は一人でやると言って聞かなかった。


「私のせいで美穂さんが怪我して……そのうえ玲奈様にまで手伝ってもらうわけにはいきません……私にやらせてください」


 沙耶はこの数日美穂の手伝いで美穂の仕事を間近で見てきた。だから内容は分かっている。

 確かに任せられるならそれに越したことはない……悩んだ末玲奈は沙耶に任せることにした。

 この時彼女は沙耶の作業の進行次第では手伝うつもりで様子を見ていた。

 しかし、彼女は玲奈の予想より早く作業を進めていた。途中から玲奈も自身の仕事に集中していたほどに。


「そういえばあなたが怪我したのを見たのは初めてね……いつも怪我してたのはあの娘だったわね」


「彼女、似てますね……姉さんに」


 その言葉が美穂の口から出た時、玲奈の表情が一瞬曇った。普通の人なら気付けないであろう変化。

 しかし美穂にはそれが分かった。それと同時に理解した。

 

 玲奈は、彼女の事をあの人と重ねて見ているのだと……

 玲奈と美穂二人にとってかけがえのない、2度と会うことのできない彼女と……。




 数日後の日曜日。都内にある公園。都内でも有数の敷地の広さを持ち、テニスコート等のスポーツ施設も併設しているこの場所は、多くの人でにぎわっている。

 その中にある時計台はこの公園ができた当初から建てられており、生き物なのかよくわからない独特の見た目から観光地の一つになっていたり、待ち合わせの定番の場所となっている。

 この時計台のデザイン、噂では画伯と称される有名人が書いた絵を建築家がそのまま再現したとかそうでないとか……真相は深く追求されない。


「沙耶!……待った?」


「いえ、私も今来たばかりですから。それで、どこに行くんですか?」


「そうね……どこに行こうかしら?」


「決めてなかったんですか!」


「行きたいところが多くて決められなかったの。取りあえず歩きながらいろいろ見て回りましょ?」


 時計台にいた沙耶に声をかけた人物は玲奈。沙耶と玲奈はここで待ち合わせをしていた。

 

 何故二人が待ち合わせて一緒に出掛けることになったか……話は数日前にさかのぼる。




 その日は生徒会業務が遅くまでかかり、沙耶と玲奈の二人が最後まで残っていた。普段であれば美穂が残っているが美穂は玲奈の父親の下へと向かっている。

 普段、彼の下には専属の秘書が付いていて身辺警護から会社の経営までをサポートしている。その中で筆頭秘書を務めているのが美穂の父親である。

 美穂も、父親から将来のために各種技能を教わっており、こうしてたびたび手伝いを行うこともある。


「ごめんなさい。最後まで残ってもらって」


「そんな、いてもあまり役に立てませんでしたし」


「そんなことないわ。美穂も私もすごく助かってる。いっそのことこのまま生

徒会役員にならない?」


「私がですか?」


「大丈夫。七瀬さん問題ないから。最初のうちはみんなで手伝うから……私ももっとあなたの事が知りたいから……なんてね」


「えっと……それじゃあ……よろしくお願いします」


「そうだ!ねえ、今度の休みにデートしない?」


「デートですか……え?デ、デート!?」



 それから沙耶と玲奈の二人のデートの1日が始まる。とは言っても玲奈は特に目的地を決めてなかったため、二人で街を歩きながら目的地を決めることにした。

 そのため、まずは様々な店が立ち並ぶストリートへと向かう。

 そこには若者向けの店が無数に立ち並ぶ都内でも有数の場所で、娯楽施設から飲食、アパレルから家電量販店まであり、ここに来ればたいていのものはそろうとまで言われるほど。

 

 二人はその中で、目に留まったアパレルショップへと入る、店内には流行のトレンドの洋服から、アクセサリーまで女性向けのアイテムが取りそろっている。

 

 店内へと入った二人はというと……。


 

 ――試着室から出てきたのは、先ほどまでとはがらりと変わった沙耶の姿。

 それを見ている玲奈の手元にはまた別の衣装があった。

 沙耶の今日の恰好が決して地味というわけではない。

 実は彼女も今日のデートのために雑誌などで見て、おしゃれをしてきていたのだ。むしろ普段そこまで気を使っていない彼女にしてはセンスがいい方。

 しかし玲奈の目から見ると違った。

 

 彼女は普段から社交界にも出ている。彼女に家の関連企業には大手の服飾メーカーもある。衣装選びも超一流なのである。

 

 そんな彼女にとって沙耶は磨けば光るダイヤの原石そのものであった。今日会った時からいろんなイメージが彼女の頭の中で浮かび上がっていたのを店に入った途端爆発させた。

 

 かれこれ1時間は着せ替え人形状態の沙耶に疲労の様子がうかがえる。

 気付けば店員も一緒になって沙耶に着せる服を選んでいたのだから誰も止めるものはいなかった。


 それから少ししてようやく解放沙耶。玲奈が自分の服を探している間店内を見て回っている。

 店内を見ている沙耶の服が最初と変わっていた。

 結局その後玲奈が選んだ服に着替えさせられた沙耶だが、沙耶自身も驚くほどオシャレに変わっている自分の姿に玲奈の才能の高さに改めて驚かされた。


 沙耶は今、アクセサリーを見ている。

 そこには有名デザイナーの作品や、芸能人のプロデュースの作品まで無数に存在していた。

 沙耶はそこまで詳しくはないため、デザインの良し悪しはよくわからないため何となく見て回っている。

 

 ……ふと、立ち止まる沙耶。

 沙耶の目の前には一つのペンダントに目が留まった。


 ルビーの原石を加工してシルバーのチェーンで首からかけられるようにしてあるそれは、とあるデザイナーが自作した1点ものでとても沙耶に買える代物ではなかった。

 あきらめて元の場所に戻した沙耶に声をかける玲奈。

 その時玲奈は、店員と何か言葉を交わしていた。



 時間を見ると昼食の時間になる。

 沙耶はこの辺りでおすすめの飲食店はどこかスマホを出して調べようとすると玲奈がすでに店を予約しているという。

 この近くに玲奈がたまに利用するところがあるという。

 

 玲奈がたまに利用しているということに一抹の不安を覚えながらもついていく沙耶が見たものは……

 明らかに建物から見てわかるほど明らかな高級感漂う店。

 玲奈は気にする様子もなく店内に入っていく。

 

 店員に案内された席へと座る沙耶だが、終始周りをきょろきょろして落ち着かない。

 テーブルに並ぶ複数のナイフとフォーク。周りの客は見た目からして品が感じられるような客ばかりだ。

 手元にあるメニューを見る沙耶だが、何が書いてあるのかわからない。外国語が書いてあることしかわからない。

 

 玲奈は沙耶の様子に気付いていたので自身と同じものを注文してくれたようだ。出された料理や周りの状況から考えてフレンチ料理の店だということを理解する沙耶。

 出される料理には当たり前かのようにトリュフをはじめとした高級食材が並んでおり、沙耶は玲奈を見ながら見様見真似のテーブルマナーで食べていくが……

 緊張のあまり食材の味がよくわからなかった。


 実はこの店。セレブ御用達の店で、世界的有名なグルメ雑誌で取り上げられるほどの有名店。

 ここに来る客は大手企業の経営者や海外の貴族であることを沙耶が知るのは、まだ先の話。



 そのあとも二人は様々な場所を訪れていた。


 二人で映画館へ行ったとき、見たいものがそれぞれ違って両方見ることになったり……


 一休みのために入った喫茶店で玲奈がいたずら心で注文したドリンクがカップルが一緒に一つのドリンクを飲むためのストローになっているので、照れながらもストローに口をつけている沙耶を見ながら、終始ニコニコしている玲奈……



 二人の距離は自然と近づいていった……



 時間がたつのはあっという間で気付けば夕方になっていた。

 二人はこの辺りで唯一海が見える浜辺へ来ていた。

 この場所は夏場になると毎年観光客でにぎわう場所。

 しかし、まだ時期が早いのでそこには沙耶と玲奈の二人きり。潮風が吹くと少し肌寒いと感じる。


「七瀬さん。今日は楽しかった?」


「はい!楽しかったです!」


「そう、ならよかったわ。実は私も不安だったのよ」


「そうだったんですか?」


「ええ。こうして誰かと出かけるのは久しぶりだからね」


「いつも出掛ける時は一人で?」


「そう……ね」


「玲奈様?」


「……気にしないで。それより七瀬さん」


「何ですか?」


「少し目……瞑ってもらえる?」


「?……分かりました」


 玲奈に言われるまま目を瞑る沙耶。

 すると、何かが彼女の首にかけられているのが分かった。何かアクセサリーかなのかだろうということはうっすらとわかった。


「いいわよ」


 沙耶はその声を聴いた後、目を開けると、彼女の首にはペンダントがかかっていた。それを見て驚く沙耶。

 そのペンダントは先ほど店で見かけた時に気になっていたものであったから。


「うん。すごく似合う」


「これって……」


「これ、ほしかったんでしょ?」


「気付いていたんですか」


「もちろん。当たり前でしょ」


 あの時、玲奈は店員にペンダントの購入の話をしていたのだ。購入した後は、沙耶に気付かれないように後で店に取りに戻っていたということを。

 沙耶は、玲奈がいつ取りに戻ったのか全く分からなかった。


「サプライズ大成功~」


「あの……こんなのいきなりもらっても。かなり高価なものですし……」


「気にしないで。今日の記念に。ね」


「でも……」


「それじゃあ……お礼にまた二人で出かけましょう。今度は沙耶のデートプランでね」


「玲奈様……ありがとうございます」


「……駄目ね。我慢できない」


 見つめあっていた二人。自然と玲奈は沙耶に顔を近づけていく。

 沙耶も、緊張しつつも、瞳を閉じてじっとして待っている。


 やがて二人の距離がなくなり唇同士が触れ合う……



「――玲奈」



 



 自宅に帰った沙耶は、自分の部屋で、美穂とトークアプリでやり取りをしている。


「それで、今日の玲奈様とのデートはどんな感じ?」との美穂のメッセージに返事を返す時に先ほどの出来事を思いだす。


 あの時、玲奈からキスされると沙耶は思った。

 しかし、顔が近付いているのは分かったのに、一向に来ない。気付いたら、玲奈は沙耶から距離を取っていた。

 それからの玲奈の態度は何か考え事をしているのか暗かった。

 沙耶はそのことが気になって仕方がなかった。


 それから美穂とのやり取りを何度かしているうちに、夜も遅くなってきたのでもう寝ようとした沙耶の下に美穂から「明日は大変かなー」と意味深なメッセージ。

 沙耶は「それどういう意味?」と返すも既読にならず。どうやら寝てしまったようだ。

 沙耶はひとつ疑問を抱えたまま夜を過ごす。


 

 翌日、いつものように学校へ行った沙耶を待ち受けていたのは、クラスメイトからの質問攻めの嵐。

 

 どうやら、昨日の事を見ていた生徒がいたらしく、1日で学校中に広まったようだ。美穂が言っていたのはこれの事かとようやく理解する。

 あっという間にクラスメイトに囲まれて身動きができない沙耶。沙耶はこの学校に入学してから、うまく周りの人となじめていない気がしたから余計に。

 1日で広まる女子の横のつながりにか、話題の中心になる玲奈の存在の大きさにか、どちらに驚くべきところなのだろうか。

 

 収拾がつかない事態なってあたふたしている沙耶は、頼みの綱である美穂に助けを求めると……


「どんまい!!」


 とすごくいい笑顔で言われる。無意識に怒りがわいたのは仕方のないことだろう。



 休日。沙耶と玲奈は二人きりで出かけていた。

 場所は都心から離れた場所で佐伯家所有の別邸のある土地で、あたりは自然に囲まれており、緑豊かな場所。

 二人は学校では生徒会業務で主に玲奈の要望で一緒にいることが多く、休日はこうして出かけるほど距離が近付くまでになっていた。

 そんな中で沙耶は自分が玲奈の事を思ったほど知らないことに気付き、もっと玲奈の事を知りたいという話を玲奈にした。すると……


「それじゃあ、うちに泊まる?二人きりで」


 との話になり現在に至る。ちなみに今は近くの木陰に腰かけランチタイム。

 沙耶は、料理ができるというだけで得意というほどでもないため、無難におにぎりと卵焼きなどの簡単なものを作ってきていた。

 対する玲奈も手持ちのバスケットを開けると、中には手作りのサンドイッチがあり、おかずとしてから揚げや揚げ物、サラダとバランス重視した中身になっている。


「思ったよりも普通……いえすみません」


「もっと豪華なものがよかった?本格的なものはまた今度ね」


「今度って……これ玲奈様が自分で?」


「意外?」


「そうですね。美穂さんとかメイドさんが作ってるのかと」


「普段はね。よかったら食べてみる?」


「いいんですか?」


「あまり期待はしないでね」


「それじゃあ……いただきます」


「……どうかな?」


「……!おいしい」


「ほんと?じゃあ私も……うん、おいしい」


「ならよかったです。私も普段料理しないので、あまり自信なかったので」


「それにしても料理なんてしたの久しぶりだったけど、意外と覚えてるものね」


「前は料理とかしてたんですか?」


「……そうね。そういえば、前はよくしてたわね」


 その言葉を発した時の玲奈は何かを思い出している。

 そのことを懐かしんでいる……そんな表情をしていた。


「玲奈様?大丈夫ですか。なんか元気なさそうに見えたから」


「そう?疲れてるのかしらね」


「少し休憩します」


「そうしようかしら……」


「玲奈様何を!?」


 玲奈はそのまま自身の頭を沙耶の膝の上に乗せる。突然膝枕をされたことに戸惑う沙耶。膝から玲奈の体温を直接感じる。

 自然と体が熱くなり心臓の鼓動が早く立っているのが玲奈にも伝わってしまうんじゃないかと思うほどに。

 

 沙耶の頭でいろんな思いが巡っているうちに気付いたら玲奈は膝の上で寝息を立てていた。

 いつも学校で見せている完璧で皆の憧れの玲奈とは違う、無防備な姿を自分にだけ見せている。無意識に沙耶は玲奈の頭に手を当てて撫でていた。

 

 そうして二人きりの時間はあたりに吹く風のように優しく、ゆっくりと流れているかのよう……。



 …………辺りの空気が冷たくなってきていた。風の冷たさが肌を刺激する。沙耶は、ぼんやりとしていた意識を覚醒させる。

 体を動かそうとしたとき、ピキッと足に電気が走る。その瞬間、沙耶は玲奈を膝枕していたことを思い出す。


 ゆっくりと視線を玲奈に向けると、彼女のはまだ眠っていた。そのことに、ほっとしたとき、ポツっ……と何かが肌にあたる。

 冷たさを感じて空を見ると、空一面を所々黒っぽい色をした雲があたりを覆っていた。そのせいか、周りの明るさも暗くなっていた。


 予報では雨じゃなかったのに……。

 沙耶は玲奈を起こそうとして――――


「……――してる」


 玲奈様は夢を見ているのだろうか、その表情はどこか嬉しそうで、しかし……寂しそう。




「愛してる――――美月」





 自然に囲まれた場所にポツンと佇む場違いな大きさの建物が建っている。

 ここは、佐伯家が有する別荘の一つで、都内から一番近くに位置する。

 空は分厚い雲に覆われていて、激しい大雨が降っている。

 

 ここにはもともと、沙耶と玲奈、二人で一晩過ごす予定の場所だったため、家には二人以外、誰もいない。二人を急な雨が襲ってきたため、二人の体は雨に打たれて濡れていた。

 玲奈がつけた部屋の明かりは、部屋を照らすが、どこか、薄暗い印象を与える。



「突然の雨なんて聞いてないわ。すぐに風呂が沸くと思うから」


「あの……」


「どうしたの?」


「……美月さんって、誰なんですか?」


「!どうしてそれを」


「さっき玲奈様が寝言で言ってたから」


「そう……」


「愛してる……って」


「そっか……私、そんなことを」


「大切な人なんですか」


「そうね……あの子は、どことなく、貴方に似てる気がするわ。雰囲気が」


「私が、ですか?」


「いつも一生懸命な頑張り屋さんで、笑顔がかわいくて、とても愛おしかった」


「……玲奈様?」



 玲奈は、頬に冷たいものが伝っているのを感じて、自身の頬に触れてみる。

 その時、初めて自身が涙を流していることに気付いた。



「……ごめんなさい。今日は帰りますね」


「沙耶!」





 ――走る、――走る、――走る。

 沙耶は玲奈の別荘を出ていった。どこに行くでもなくただ走る。


 どうして出ていったのか、彼女自身にもよくわかっていなかった。ただ、無我夢中に、大雨にもかかわらず、走る。


 玲奈から他の子の名前が出たからなのか、愛してるというのを聞いたからなのか、彼女の表情を見た時、その場には入れない……そう思った。



「――――七瀬さん?」





 美穂の部屋は佐伯家の一室にある。この家で働く他のものと違い、部屋を与えられているのは、美穂だけである。

 それは、美穂が玲奈の侍女を務めているから。


 部屋には最近の流行りのキャラクターのぬいぐるみが無数に置かれていたりと、美穂のイメージとのギャップを感じさせるものとなっている。

 

 沙耶は玲奈の別荘を出ていったあと、偶然、美穂と出会い、美穂の自室へと連れられて行った。

 幸いなことに、現在、使用人は皆帰っており、玲奈も本日は帰ってこないため、沙耶と美穂の二人きり。



「あの、お風呂、ありがとうございます」


「気にしないでください。私の服ですがサイズは問題なかったですか?」


「はい……」


「……お嬢様と何かあったんですね」


「!……それは」


「全く、あの人は。帰ってきたらひとこと言っておきます」


「……あの、美穂さんは、美月さんって知っていますか」


「!どうしてその名前を……そういうことですか」


「教えてください!何か知ってるなら」


「本当に知りたいですか?知ったらあなたは、もっと傷つくかもしれないですよ」


「……それでも、それでも私は知りたいんです。お願いします!」


 ……しばしの間、二人の間に沈黙が流れる。

 沙耶は、美穂の雰囲気から、それだけ彼女と玲奈にとって、大切なことなんだと分かる。

 

 やがて、意を決した美穂は重い口を開ける。


「……分かりました。お話します。美月……姉さんについて」


「お姉さん?……美穂さんの?」


「名前は山王美月。私の姉で……お嬢様の恋人でした」

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