交錯
「それで、昨日、玲奈様となんかあった?」
今日の沙耶は朝から憂鬱であり、気を抜けば溜息をついているような様子。沙耶は昨日の事を改めて思い出す。
あの時、確かに玲奈は沙耶にキスをした。唇同士が確かに触れ合った。それからの事はよく覚えていない。多分何もなかったはず……。それすらもうろ覚えなのである。
沙耶は無意識に自信の唇に触れる。まだ玲奈としたときのあの柔らかい唇の感触、柔らかさ……自身の唇にほのかに温かさが残っているのではないかと一瞬錯覚をしてしまう。
「あー。うん。何となくわかったわ。お疲れ」
「別に何もなかったんだってば!!」
「はいはい。分かったから。そんなに必死になると、何かあったって言ってるようなもんだから」
結衣はこういった色恋沙汰など、面白いと思ったことに関する勘は驚くほど鋭い。
なんでこういうことだけ……彼女の事を知る者は皆一度はこう思う。
最も、沙耶の表情や姿から、何かあったのを察するのは、そう難しいことではなかったかもしれないが。
迎えた朝のHRの時間。担任の先生はいつものように教室に入ってきて、今日の連絡事項を伝える。
今日もいつも通りの学校生活が始まる……そのはずだった。
先生の話を聞くまでは。
桜華学園生徒会。この学園では生徒の自主性を尊重する教育方針が薦められている。そのため、この学園の生徒会は、一般の学校と比べて、持たされてる権力も大きく、普通は教師が行うことの一部も生徒会で行うほどである。
その生徒会長を務めるのが佐伯玲奈である。
生徒会の仕事は生徒一人ひとりの要望の検討から、学校行事をはじめとした学園の事まで多岐にわたる。そのため仕事量は膨大となる。
そこで、桜華学園生徒会では、一般生徒の中から能力等を踏まえて判断し、生徒会の運営の手伝いに来てもらうという伝統があった。
今回それに選ばれたのは、なんと沙耶であった。
無論選ばれた生徒には拒否権はある。しかし、選ばれるとは、自身の能力を認めてもらえたという栄誉であり、今まで辞退した生徒はこれまで一人としていなかった。
沙耶としては、玲奈と会うことは気が進まず、できれば辞退したい心境である。しかし、周りの生徒の反応や、これからの学園生活を踏まえると、行かざるをえなかった。
放課後、沙耶の足取りは重かった。
沙耶としては玲奈と顔を合わせたくはなかったから……でも行くしかない……できれば帰りたい。
葛藤しながらも、生徒会室までたどり着いた沙耶は、覚悟を決めて生徒会室へと入る。
生徒会室は、応接用のソファのほか、折り畳みの机が複数向かい合っており、社長室と会議室を合わせたような感じの部屋であった。その中に玲奈はいた。
彼女は、机に置いてあるパソコンに向かって作業をしている。その横には積み重なった紙の束が積み重なっている。紙の束で机が見えていない。
データでは問題のある重要な書類等のみ紙媒体としているにも関わらず、これだけの量があることからも、その多忙さがうかがえる。
「七瀬さん?来てくれたのね?早速で悪いんだけど、そこにある書類、種類別に分けてもらっていい?」
「わ、分かりました」
玲奈は、パソコンから目を離すことなく、沙耶が来たことに気付き、指示を出す。
その間もパソコンの画面から目を離すことなく、プログラマー顔負けの速さでタイピングを行い、生徒会の仕事を行っていく。
その姿は普段生徒が見ている玲奈とは、また違った魅力と雰囲気を持っている。
沙耶はそれから、玲奈の指示の下、彼女の手伝いを行っていた。
時折、沙耶が分からないところを玲奈に聞き、玲奈がそれを教えていく。そのやり取りのみでそれ以外の会話は見られなかった。沙耶も目の前の作業をこなすのに精いっぱいで他の事など考える余裕などなかった。
この生徒会の膨大な仕事量の多さに、手伝いを辞退する機会を逃してしまう生徒も実はいたりいなかったり……。
それから1時間、机の上にあった書類はきれいに片付いている。
沙耶は、緊張の糸が切れたのだろうか、椅子にもたれかかり、ふーっと息を吐く。
そんな彼女の目の前に、ティーカップが置かれる。ティーカップの中には紅茶がほのかに湯気を出している。
誰が置いたのか沙耶が視線を上げるとそこには玲奈の姿があった。
「これ、玲奈様が淹れたんですか?」
「私の趣味なの。1年位前にはまってね。誰かに淹れるのは久しぶりだから自信ないけどね」
沙耶は、玲奈の入れてくれた紅茶を飲む。茶葉から入れたのであろう口をつけるときに感じる香り。飲んでみての甘さ。カップを通じて伝わってくる温かさ。
沙耶は実は、紅茶をあまり飲んだことがなかった。それでもはっきりと思った……
「おいしい……」
「そう?それならよかったわ。疲れたでしょ?少し休憩にしてていいわよ」
玲奈は自身も一口飲むと、カップをパソコンの横に置き、また作業に戻っていく。沙耶は、それを横目に一口紅茶を飲む。沙耶の体はポカポカと奥からポカポカと温かくなっていく。
きっと紅茶のおかげかな……そう思う沙耶。
「……ごめんなさい」
突然、玲奈が発した言葉に沙耶は何の事を言っているのかわからず戸惑う。
「生徒会の手伝い。私が無理言って貴女に来てもらったの」
思えば疑問ではあった。入学して1カ月の自分が選ばれたことに。自分より優秀な生徒はたくさんいるだろうことは沙耶でもわかっていた。
「どうして私を?」
「私のわがままかな?」
「わがまま……ですか?」
そういうと玲奈は作業してた手を止めると席を立ち沙耶の下へと近づいていく。
「玲奈様?」
「私がね……あなたの事をもっと知りたかったからよ?」
玲奈は沙耶の目の前に来ると、沙耶の手を取る。沙耶は椅子から立ち、その場から動こうとする。
しかし体は昨日と同じで自分の意思に反して動こうとしない。
自身の手を取る先を見ていくと玲奈と目が合う。
その瞳に吸い込まれるかのように目が離せない。
「本当はあなたもわかってたでしょ?私が選んだ事くらい。来たらどうなるかも……」
「それは……」
考えないようにしていた。あれは何かの間違い……夢なんだと。そう思い込もうとしていた。
そうしないと自分の中の何かが変わってしまう。そんな恐怖があった。
沙耶は今、玲奈に自身の心の中を丸裸にされているような。玲奈の瞳の奥はそう訴えているように思えている。
「教えて?あなたの事……」
玲奈との距離がだんだんと近づいてくる。
見つめあう二人……
耐えきれず沙耶は瞳を閉じてしまう……なお近づく二人
……やがて二人の唇が合わさる
――その寸前。
「失礼します」
生徒会室のドアが開く。
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